ストレイト・ストーリー : 映画評論・批評
2000年3月15日更新
2000年3月25日より丸の内ピカデリーほか全国松竹系にてロードショー
リンチが誘う“ストレイト”な心の旅
デビッド・リンチらしくない、と人は言う。確かにある意味ではそうだ。でも、だから何なんだ? リンチは広大なアメリカの原風景の中に、ゆったりと一人の老人の旅を描き出した。これはその老人が自分の人生を見つめる、贖罪の旅。シンプルでストレートに、誰の心にも響く掛け値無しの傑作だ。
老人は、73歳のアルヴィン。10年前に喧嘩して以来、疎遠になった兄の病気を知り、和解しようと旅に出たのだ。時速8キロのトラクターで、560キロ、6週間の旅に。道中で出会うさまざまな出来事、人々が、アルヴィンを過去への思いに駆り立てる。些細なことから仲違いしてしまった兄ばかりでなく、これまでの人生、過ちすべてへの思いに。アルヴィンは頑固で、寡黙だ。しかし、演じるリチャード・ファーンズワースの年輪、重み、存在感が、有無を言わせぬ 説得力で、彼の「思い」を見る者の心に染み渡らせるのだ。
ここには小さい人もちぎれた耳も登場しないし、心の闇にずぶずぶと入り込むようなビザールな感覚はない。しかし、登場人物と適度な距離をとりながら、その心の内側をじっくりとあぶりだしていく語り口は、まさにリンチのものではないだろうか。
(若林ゆり)