「スチーム・ボール」スチームボーイ Moiさんの映画レビュー(感想・評価)
スチーム・ボール
感想
2004年公開時大友克洋先生の本作品の存在は勿論知っていたが、当時の所在地は遠隔地の山中であり地理的理由から映画館に行く事が一度も無い年であった。それから21年。本作の世間での風評や評価、あるいはテレビ放送等にも全く触れる事なく過ごしてきた。今回たまたまVODの作品欄に名前があったので何の前触れもなく鑑賞した。
19世紀の英国産業革命の礎を担った蒸気機関の発明。機関運動の源となる蒸気の圧縮と解放による巨大エネルギーの生成と動力伝達のための機械要素が独創的に創造された世界に於いて、政治経済権力制覇を目論む謎の組織の存在。片や権力制覇を阻もうとうとする自由主義者との熾烈を極めた闘争など、明解で古典的な経済主導権争いが主要なテーマとなっており、更に動力伝達のための機械要素に究極の美学を求めている大友イズムの炸裂している映像表現である。
話はどこか懐かしいレトロスペクティブな超空想科学映画の程を成してはいるが、映像技術的にも勿論かなり面倒なプロセス経て創造され描かれている表現はレジプロ気質の自分の感性にどハマりしてとても楽しむことが出来た。面倒くさい程に拘りを持って制作されている大友先生らしい作品である。
ストーリー
世界中を探しても一部の極特殊な場所のみに存在する鉱石から抽出した揮発誘爆性の高い液体に強力な圧力を掛け続けて水の何千倍もの高圧力を発生させる。さらにその圧力に耐えうる容器を多大な犠牲者を出しなからも3つだけ創りあげる。その名もスチームボール。3つが一体となり強力な機械装置動力システムが完成するのだが、第3番目のスチーム・ボールの行方を巡り開発者達が敵味方に別れての大争奪戦が繰り広げられていく。
映画の舞台もアイスランドから当時はロシア領であったアラスカを経て1866年のロンドン万国博覧会会場という現実の場所や歴史的イベントをメインに据えている。登場する機関類や兵器などは現実には存在しないものだが、我々の世代が子供の頃から読み耽っていた戦記物と多くのB級空想科学小説の内容を豊かな創造性とすぐれたデザインワークスによって咀嚼した感のある自由でオリジナリティ溢れる映像と物語が展開される。さらに当時緑がまだ数多く残されていた産業革命勃興期のマンチェスターの住宅地や街の風景が緻密に美しく描かれており、秀逸な美術と機械装置の動きの不思議なコントラストが物語を引き立てる。
観ている方も大興奮でかつてのディズニーの「海底2万哩」1954「地底探検」1959 に始まり「アルゴ探検隊の大冒険」1963 「シンドバッド黄金の航海」1973 、「地底王国」1976に至っては初鑑賞時に大感動した「鉄土竜」の蒸気機関主体のメカニカルデザインが鮮烈に記憶に残っておりこの頃のB級特撮大冒険活劇を彷彿させる出来映えが素晴らしい。
本作のキャラクターについて
全ての登場人物に馴れ合いのない頑固な性格をあてがい、各登場人物はたとえ親子関係であっても自分の主義主張は曲げずに容易ならざる心理と行動をもって展開する姿が描かれる。
これは19世紀頃迄の西欧白人社会の間で至極普通の本人達が正しいと考えた民主主義に元づいた基本的人権の尊重、個性の尊重である意味多様な人格の個性を認めていくという許容の精神の現れである。様々な考え方の中からベストオブベストの思考や政策を模索する行動を作品中に表現している。協調圧力・精神的抑圧が強く、個人の主義主張や考え方、行動を制限してしまう東洋の日本人的な社会思想の感覚では一概に理解できない感覚をあえてデフォルメして描いていると感じる。
本作を観て各キャラクターが自分勝手で話が纏まっていないと感じた方は広義な意味で世界の近現代史、特に産業革命時代の白人社会構造の思想・科学の再確認を今一度する事をおすすめする。何も知る事なく単なる限定的で狭い画一的な世界観を持つ日本人的な発想と感想で括る事の出来ない世界観が本作には描かれている。
⭐️4
