ミリオンダラー・ベイビーのレビュー・感想・評価
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アイリッシュアメリカン
フランキーがマギーに授けるガウンは、アイルランドを象徴する色である緑であり、そこに記された「モ・クシュラ」という言葉は“愛する人よ、おまえは私の血”という意味のゲール語である。これは、フランキー、マギーともにアイリッシュアメリカンであることを示唆している。
アイリッシュアメリカンとは、アイルランドに出自を持つアメリカ人のことで、約3,600万人のアメリカ人がアイルランド系であると自認している。初期の移民は警察官、消防士、軍人などの職業についていることが多いが、これは移民としては後発だったために命がけの危険な仕事にしかありつけなかったという歴史的事情に起因している。血気盛んなアイルランド気質ともマッチしていたらしい。
ボクサーとトレーナーという職業もその系譜に連なるかもしれない。中西部の田舎町からやって来たマギーはうらぶれたロスアンジェルスのボクシングジムを経営するフランキーにトレーナーになってくれと願い出るが、女性ボクサーを育てる気はないと断られ続ける。しかし、ジムを一緒に切り盛りする親友のエディは彼女にボクシングの才能を見出し、またフランキーも彼女の真摯な態度に心を動かされたため、弟子入りを了承する。マギーの才能は徐々に開花していき、プロボクサーとしてデビューを飾るまで至った。連戦連勝で勝ち進むマギーにある日100万ドルの賞金が掛けられたタイトルマッチが用意された。しかし、対戦相手は卑怯な手を使うことで知られるボクサー。彼女は試合で全身不随という大怪我を負うことになってしまった。
マギーの家庭環境はあまりにも悲しい。大怪我を負う前にはファイトマネーで家族のために一軒家を購入したが、母親から生活保護が打ち切られると文句をいわれ、全身不随になってリハビリ施設に移ってからも家や財産を横取りされそうになる。愛情や思いやりは微塵もない家族にマギーは深く傷つき絶縁を突きつける。
「モ・クシュラ」の意味を人生の最後に知るマギーの笑顔が忘れられない。この言葉は実の親子以上に固い絆が芽生えたマギーとフランキーの間にのみ成立した。ラストに呆然自失した。
言葉もない
観よう観ようと思いつつ20年近く経ってしまった。
何となく避けてきた理由としては、監督が主演をはる作品に少々抵抗があることと、ヒラリー・スワンク主演映画は、「ボーイズ・ドント・クライ」でこれまた少々トラウマになっていたということ。
観終えてと言うか…観てる途中からすでに「言葉もない」としか言いようがない。モーガン・フリーマンが見舞時に呟いたセリフそのまま。
間違いなく良い作品だと思うが、個人的にはあまりに残酷過ぎて、やはり「言葉もない」。
この映画を評価している
人はとっても多いのですね。
映画としてとてもよい作品なのでしょう。だからこその高い評価だと思います。
ただ、この映画の根本に流れる考え方を、こんなにも多くの人が支持していると考えると、私はとてもこわくなりました。私が彼女の立場だった時、あるいは彼女の恋人の立場であった時、あるいは彼女の親の立場だった時にも、多くの人は「主人公の行動は正しい」と考えるのだと思うこわさです。
いろいろな考え方を自由に表現できるのが映画のよいところです。ですから、この映画そのものを否定しているわけでも、この考え方に賛同する人を否定しているわけでもありません。
このレビューを読まれていやな気持ちになられた方。申し訳ありません。
思いがけず考えさせられた
ハングリー精神で勝ち上がるサクセスストーリーかと思って見ていたらテーマは違うところにあり、思いがけず考えさせられた。
もしもマギーが家族に恵まれていたら同じ決断をしただろうか?家族が彼女を献身的に支える意志を示していたら?
この物語に登場する人物はみな社会的弱者だ。貧困、身体的または知的障害、家族と疎遠で身寄りがないなど問題を抱えた人。尊厳死について議論するときにまず考えるべきはこういった人々のことではないか?作品は問いかける。家族や経済的に恵まれている人が自分自身の人生の選択肢の一つとして死を選ぶのではなく、死を選ばざるを得ない人に尊厳死をすすめるような社会でいいのか。
暗いテーマだが、最後姿を消したダンのその後に思いを馳せながら余韻に浸った。
作品の内容について何の前知識もなく観た。途中まで女性ボクサーのサク...
作品の内容について何の前知識もなく観た。途中まで女性ボクサーのサクセスストーリーかと思って観ていたが、後半予想もしない展開に。こんなに重いテーマの作品とは思っておらず、観終わった後は頭が重く、心が苦しく、暫く放心状態で立ち上がることが出来なかった。
自分がマギーだったらどうしただろう、あるいは自分がフランキーの立場だったら、どういう選択を取っただろうか、、、と色々と考えさせられた。
日本人には語れない
ボクサー映画でもなければ、尊厳死の映画でもない。
血のつながりと愛の映画でもない。
映画を見た後、少しだけ歴史の勉強してみた。
新大陸を求め、アメリカに渡った最初の民族はイギリス(イングランド人)だ。
その後、フランス。そしてオランダ、ドイツなど。
イギリス人やフランス人は先住民であるインディアンを排除しアメリカを建国した。
その後、アイルランド人移民が入ってくる。
先に入った英仏はその後に来たアイルランド人やイタリア人を差別し
迫害する。
※アジア人(中華系)や黒人(アフリカ系)が入ってくるのは、さらにその後。
故郷アイルランドではイングランドやスコットランドからの植民地化が進み、
新天地アメリカでは迫害を受ける。そんな因縁を持つ民族。
それがこの映画のバックボーン。
憎きイギリス(青のイメージ)青い熊ビリーは汚くズルく、
そして強い「完全な悪」として描かれる。
一方、主人公マギー=アイルランド(緑のイメージ)は、
我慢強く努力を惜しまない「モ・クシュラ」として描かれる。
その二人がアメリカという地で激突する。
しかし、突然悲劇が訪れる。
2人が選んだ結末を否定する意見も多いが、
アイルランド人のほとんどがカトリック信者で
あることが深く関係している。
敬虔なカトリック信者ではない日本人には
理解しがたい。理解しようとしてはいけない。
と、思う。
そうした背景があってこそ、
アカデミー主要4部門受賞に意味がある。
アメリカのアメリカたる権威「アカデミー賞」受賞に
意味がある。のだ。
とかいう、私の浅い知識を差し置いても
キャラクター設定、物語のテンポ、人間関係の描写など
さすがイーストウッド監督と言わざるを得ない傑作で
あることは間違いがない。のだ。
壮絶なストーリー、メッセージ性にも感動
お互いに父娘の関係が切れた、トレーナーと女性ボクサーというのが、お互いに娘と父の影を追っているんだろうと思うと、それだけでもジーンとくる話だ。私も思春期の娘がいるので、なおさらジーンだ。
助演のモーガンフリーマンは、名作「ショーシャンクの空に」と同様に、主人公に寄り添う優しさが、またまた感動ものだ。
それぞれのアカデミー賞の受賞は、納得がいく。
寄り添える優しさ
ボクシングである程度の結果を残し
タイトル戦で怪我して
脊髄を損傷
寝たきり状態に…
自力で呼吸することもできない
出来るのは話をすることぐらい
家族に愛されず…愛する母親からも
寄り添ってもらえない
本人としてみたら希望も持てず
未来もなく生きる望みも
…持てない
いままで努力して得た栄光を留めて
最期を迎えたいと願う
…彼女にとって
果たしてこのまま生きて
いくことが幸せなのか
…または苦痛なのか
クリントイーストウッドは
私たちに問いかけている
絶望をもっと楽しもうよ
僕とはイデオロギーが合わないので、低評価せざるをえない。これでは、安楽死賛成を訴えているとしか解釈できない。現実はそうせざるを得ないのだろうが、何か別の答えを映画で訴えて貰いたかった。イーストウッド監督が好きだったが、少し幻滅した。絶望を楽しむって言う結論はないのか?尊厳死は一番現実的だと思うが、絶望の中で生きている方々も沢山いる。
少女終末旅行に絶望をもっと楽しもうよ。って言葉がある。その言葉の方がよっぽども癒やされる。この映画を見ても何も癒やされる事は無い。彼女の境遇に涙して [私はそうでなくて良かった。]って事だ。この映画で僕は絶対に泣きたくない。また、そう言った境遇の方々は絶望なんてしていない。ずっと強いはずだ。生きる事に希望している。ボクシングに勝つことだけが人生じゃないのだから。
こんな風に終わらないで欲しい、と思ったのに終わってしまった。それで余計に頭から離れない。ずるい映画だ。
①てっきり女子ボクシングの世界を舞台にしたスポ根ものだと思っていたのに(だから観るのを躊躇していた)、こんな映画だったとは。見終わった後、しばらく思考停止だったとも言えるし、思うことが多すぎたとも言える…②
少し気になる点がある。
キャストと前半の勢いあるサクセスストーリーから予想もできない訴えかけられるような後半。ここはかなり感情も揺さぶられ、色々なことを自分に重ねて考えさせられた。
ただ、前半のボクシングの試合。ほとんどが一瞬で終わっていたのに対して後半の病院シーンは何となく締め方が分かってからも長くないかな?
個人的に後半にここまで時間を割くならば、前半の試合シーンを躍動感溢れる長時間ファイトにして、昂らせて欲しかったなと思ってしまった。
あとは試合シーンでのBGMもかなりチープで、笑ってしまったところがある。もう少し何とかなりそう。青い熊ビリーとマギーの家族があまりにも酷すぎて切なさよりも憎しみが勝つ点からも名作と言われる所以は理解できなかった。
それでも前半のバイト中客の残飯を持ち帰るほどの貧困ながら、一直線に夢に向かって努力するマギーが印象的で、後半の変わり果てたマギーの姿とプライドを捨てて生きるよりも死を選択するシーンには感動した。尊厳死をテーマに人々に訴えかける点は一度この映画で体感する価値はあると思う。
薄っぺらい印象
俳優陣の演技は素晴らしい。特に主演のヒラリースワンクが輝いている。
しかし次の点で薄っぺらい印象。
主人公マギーの成長が順調過ぎてドラマが感じられない。従って勝ち取った成功が軽い。最終盤でどん底にたたき落とされるが要因はシンプルに対戦相手の邪悪さによる物で、外的な不可抗力というか、マギーの内面が反映されていない。成功した人生のまま終わらせるため自死する、という結末が、前述の成功が軽いためか、呆気なく感じる。
また、マギーの家族の描き方が、生活保護受給者=クズ人間という安直なステレオタイプになっており、違和感を禁じ得ない。これによりマギーの人物としての背景に深みが出ていない。
なんとなく、勧善懲悪的な悲劇のヒーローショー的で、薄っぺらく感じた。
オスカーにしては地味
尊厳死についての映画という予備知識でしたが、それは最後の30分だけで、主題はそこまでの女子プロボクサーのサクセス・ストーリーのようです。ただロッキーのような高揚感とは逆で、よく言えば抑えめで淡々と、悪くいえばうらぶれて疲れたトーンで展開してゆきます。話が平面的でメリハリがないのと、牧師やハリキリボクサーの位置づけが不明で少し退屈です。松本薫選手は、オスカー取るほどの名演技かなあ?でもご贔屓CEとMFの大御所演技はさすがの貫禄、それだけで十分なので良いお点をつけました。
夢は叶わず、でも人生を全うした女子ボクサー
2005年にアカデミー賞作品賞を受賞した作品です。
貧しく家族からも恵まれない女性マギーが、必死でボクシングの成功を夢みて戦うストーリーです。
サクセスストーリーではないですが感動する内容で、人生について考えさせられる重たいテーマです。
教養としていかがでしょうか。
内容ですが、、、、
31歳になるマギーがやっとの思いで憧れのコーチに指導を受けられることになり、掴みかけた夢の一歩手前で事件は起きてしまいます。
順調に勝利をおさめ、あと一歩でチャンピオンという夢
をつかみかけたとき、相手の反則行為が急所に当たり、それによって選手生命を絶たれ植物人間状態になってしまいます。
マギーは、フランキーとの出会いが自分の人生を変えたと感謝を伝え、今のボクシングができないことの絶望に耐えられない旨をフランキーに話します。
マギーの苦しみを開放してやりたい。娘同然のように可愛がってきたフランキーは思い悩みます。
フランキーは決断し、致死量のアドレナリンを彼女に投与し、マギーは眠るように命を引き取ります。そしてフランキーは二度とジムに現れなくなり、姿を消しました。
「死」についても問題提起も含まれていると思います。
医療によってただ生かされている命を絶つことは罪なのか。。
人生を全うに生きるというのはこういうことなんだな。
と感動的な作品です。
モ・クシュラ
ボクシング物はだいたい好きなんだよねーと気軽に観始めてしまって終盤でやられた。傑作すぎる。前半のサクセスストーリーと、クライマックスの悲しすぎる選択、構成が天才すぎて辛すぎる。全体を通して表情がギリギリわかるくらいの暗さと緑色のトーン。モ・クシュラ。
!けいを逆のとこいたりや。だんいなゃじ屈理はグンシクボ
この映画を観た直後に印象に残ったキーワードを書き出してみると、「110回目のプロポーズ」という言葉が残ってしまいました。「自分自身を守れ」とか「タフ・エイント・イナフ」よりもずっと強烈に・・・そして、アカデミー賞の結果は嘘じゃなかったと座骨神経にフックを食らってしまった気分です。ラスト30分に自然と涙が流れるというコピーも嘘じゃありませんでした。観る前にはボクシングを題材にした普通のスポコンドラマだと信じきっていましたから、衝撃は強かった。しかし、終わってみると、重いテーマだけど、どことなく心が洗われるような感覚にもなりました。
最も印象に残ったのはヒラリー・スワンクの演技でしょう。映画の中で、彼女は13歳からダイナーのウェートレスで稼ぐのですが、彼女本人が幼い頃はトレーラーハウスで暮らすほど貧しかったらしく、客の食べ残しを隠すシーンなどはリアルに演じてました。もちろん鼻が折れる等の痛いシーンもすごかったです。
クリント・イーストウッドとモーガン・フリーマンもおじいさんコンビとしていい味を出していました。過去の贖罪と娘との確執を背負い、必ず送り返される手紙と毎日通う教会。静かな演技であってもボクサーを守るという信念。どれをとってもイーストウッドらしい演技でした。彼が贖罪を感ずる本人であるモーガン・フリーマンの語りも渋く、23年間ずっと一緒に働いてボスに罪の意識を感じさせないよう生きている姿も、何発もジョブを食らうかのようにじわりと感動を与えてくれました。脇役ではあるけど、デンジャーやウィリーもインパクトあったし、世界チャンピオンの青い熊もボクサーだけあって睨みつける目は強烈でした。
伏線である「モ・クシュレ」というゲール語の言葉。真の意味を知ってからは、アイルランド人の観衆が歓喜した理由もわかり、カウンターパンチを食らってしまいました。それよりも、ラスト30分の意外な展開そのものが、ビリー・ザ・ブルーベアの放つ反則技くらいインパクトがあるもののだったかも・・・「父親が犬にやったこと」と言葉を発したときには、もう涙が・・・
【2005年5月映画館にて】
久しぶりに
鑑賞しました
ちゃんと観たの2度目かな
一度観て、2度は観たくないと思った映画だけどチャレンジしてみた
なんと言っても序盤は貧乏でボクシングにしか夢を託せない女の子が
伝説的なトレーナーの元で選手として成功していく様を描いてて好印象
が、後半はそこからの転落人生を描いてて活躍を知ってるだけに
とても心に重い物が残る印象
クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマン
の演技がとても良いと思った
ボクシングシーンはそんなに良いと思わなかったが
でもボクシングを見せる映画として作ってないと思うのでこれはこれで良いかな
音楽もクリント・イーストウッドで独特な味わいや余韻を表現している
年齢、性別、職業、成功と失敗、貧富、家族などの問題も提起して
色々考えさせられる作品となっている
イーストウッドの映画が好きな人は必見な映画かも知れない
いい人生
夢や目標に向かって挑戦する、努力をする、たまには後悔することもあるかもしれないけれど前に進む。そうすればたとえ人生の最期が最悪なものだとしても「いい人生だった」
と思えるかもしれない。
そうやって生きていきたい…
いい人生とは「努力をし続ける事」かもしれない。
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