メメントのレビュー・感想・評価
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人間不信の頂点
人間不信の頂点にあるのが、本作だと思う。
他人は信じられないから、自分を信じる。メモを残し、メモにある事実を信じる。しかし記憶がない過去の自分が他人のように思えるならそのメモは果たして事実を語っているのだろうか…?〈私〉も他人も誰も信じられない。徹底的な不信。
信じられるのは映画の「力」のみだ。しかし映画もメモの集積みたいなものだ。ショットとして現れるイメージは事実を語っている。ただその事実はどこまでいってもフィクションだ。そこには意図があるし、あるがままではない。現実の部分を切り取ったメモでしかない。それなら私たちは映画のメモをどこまで信じられる…?編集で再配置されているならなおさらだ。
時制を遡行して鮮やかなサスペンスを語ることは本当に凄い。ショットを事実と信じさせるためには、巧みな事実の再構成がもちろん必要だし、語りが騙りへと裏切られるにはドラマが必然だ。
やっぱりノーランは凄いと思いつつ、この語り方は後出しジャンケンではとも思ってしまった。確かに現在から遡行して他者や出来事を理解することは往々にしてあるから、感覚的にも分かるし、巧みだからあっと驚かされる。しかし「過去には実はこのような出来事があったんです」とか後から言われても、私たち観賞者はそんなこと知る由はないし、それは物語の語り手に独占された方法のように思えてしまう。しかも語り手だけが勝ちを許される。
そんな不満がありつつ、出来事の整合性を確認するために冒頭をもう一度見直した。そうしたら、ファーストシーンから既に観賞者にも分かる事実が語られていて衝撃を受けた。語り手と観賞者は平等にゲームに参加しているのに、ノーランが強すぎて一方的に負けているだけだと思い知らされた。ノーランは恐ろしいし、やっぱり凄い。
なにを「忘れるな」?
○作品全体
タイトルの『メメント』はメメント・モリから来ているという。メメント・モリは「死を忘れるな」という意味で、生きている限り必ず死が訪れることを覚えておかなければならない、という言葉だが、本作の主人公・レナードにとって、この言葉は真実が開示されていくと意味合いが変わってくる。これが鳥肌の立つほど衝撃的で、痺れる映像演出のギミックだった。
序盤から早速、レナードがモノローグやダイアローグで障害を説明するシーンで、この作品のルールともいえるレナードの障害が語られる…と、言うような捉え方をしてしまうとレナード(の後ろにいるクリストファー・ノーラン?)の思う壺なわけだが、そう思わせてしまうのは作品の構成力が成せる技だろう。過去に遡る時間軸と過去から近づく時間軸によって、シークエンス単位で切り取られていくが、このシークエンスがそのままレナードの記憶の保持していた時間と合致する。そうすることでレナードの「短期的な記憶のもろさ」がシークエンスの時間と同期して、映像からレナードの記憶の脆弱さを感じとることができる、という仕掛けだ。
ただ、一方でこの演出は事件前後の真実がどういったものだったのか、というところから目線を向けさせない演出にもなっていて、私たちを「レナードは短期的な記憶は怪しいものだが、事件前後の記憶をレナードは覚えている」と誤解させる。事件前後の記憶はシークエンスを跨いでもほぼ同じ内容でレナードから語られるから、対比的にそう思わせるのだと思う。そしてそれは「信頼できない語り手」としての役割を静かに強化させる要素だった。終盤になると事件前後の記憶や、事件前のことだったサミーの話はレナードによって都合良く改ざんされたものだと判明する。この映像演出によって作られた強固な真実への壁が崩壊した瞬間は、衝撃とともに真実に辿り着いた、というなんともいえない気持ちよさがあった。
妻の死に報いを、という動機から妻の死を生きる糧として、という動機へ復讐劇は変わった。レナードを騙しはしていたものの真相を知ってサポートしていたギャメルもその犠牲となり、後に残るのはナタリーのような単純に自己の利益のためにレナードを使う人物だけになってしまった。ギャメルが死んでからは本当に同じ「復讐劇という名の殺戮」を繰り返すだけなのだろう。でもレナードはそれでいいのだ。生きる理由が体に刻まれている限り、レナードは生きる目的を忘れないでいられるのだから。
○カメラワークとか
・映像におけるカット、シーン、シークエンスは意図的に制作者が物語のはじめと終わりを編集したものだ。この作品でももちろんそうなのだが、レナードの記憶が途切れるとシーン、シークエンスが終了してしまうため、レナードの記憶の限界がもう一つの時間軸へカットバックするというのが、ほんとに素晴らしいアイデアだった。
○その他
・真実がつまびらかになったところも面白かったけど、一番鳥肌が立ったのはナタリーが暴言を吐いた後、車の中でレナードが忘れることを待っているカットだ。ここのナタリーが作中で一番明確に悪意を持ってレナードの障害を利用しようとしていたと思う。ナタリーのじっとレナードを見る目線。めちゃくちゃ怖かった。やっぱり一番怖いのは幽霊でも化け物でもなくて、人間の悪意だ。映画の中でもそれは変わらない。
昔観たときと印象が異なった。実は難解じゃないか。
10年ほど前に鑑賞し「なんというオチだ」と強烈なインパクトをくらったのですが、今回久々に観ると「オチを正確に把握するには時間を要す映画」でした。
レビューサイトを徘徊してようやく全容がわかってきた。
10年前は「お前が犯人かよ!」というどんでん返しの印象が強すぎて細かいことは気にならなかったのだろうなあ。
・レナードの記憶障害を利用しようとする面々。
テディ、ナタリーだけでなくモーテルの受付係も。
・そればかりかレナードは自分自身にも利用されていた。(ジョン・G探しを終わらせない。)
・妻の真実の死因と、サミーの話。
・サミーの妻が確かめたかったことは?
実は深かった。。
正確に把握できてよかったけど
この手の映画の2回目はインパクト薄れるね。難しいところだ。
今の自分は10分前の自分と同じ人間なのか
クリストファー・ノーランの時間解体の構成術が、非常に強く効いている作品。10分しか記憶が持たない男のある復讐事件の顛末を時間軸を巻き戻すように見せていくことで、スリリングさを演出している。記憶が持たないために、主人公は過去が定かではない。過去は僕らにとっては固定的なものという認識だが、その前提がこの男の場合、ない。
未来に何をするかも、過去に何をしたのかも、どちらも不定形であるというのは、こんなに不安なものなのか、と見る人に納得させる。人間の同一性は何を持って保たれているのかという問いを突き付けられたような気分だった。10分前の主人公と10分後の主人公、姿かたちは一緒でも、同一人物なのかどうかわからない、というぐらいに行動が変わっていることがある。
この人格すらバラバラに感じさせる雰囲気作りに、時間を解体する構成が非常に上手く機能している。個人的には、これはノーラン作品でベスト3に入るくらい好きだな、と改めて思った。観終わった後にも、自分の中に不安が残るのだ。
今の自分と何分か前の自分って本当に同じなのか、みたいな。
ノーラン作で好きな映画
クリストファー・ノーラン監督の作品は、時間を逆行させる映画が多いが、この作品は、その中でも理解しやすい方で、効果も成功している映画だ。主人公は、10分前のことを忘れてしまうという短期記憶力が著しく損傷している男。暴漢2人組に自宅を襲われ、妻は殺され、一人は射殺した
が、残りの一人に殴られたと記憶していて、脳の高次機能障害に陥っている。
一連の物語の最後から映画は始まり、10分位の物語を少しずつ過去に遡りながら真相が明らかになっていく。記憶が残らないっていのは、痴呆症と同じ心理状態に陥るはずだが、このレナードは、記憶を補うために、メモや入れ墨等を残して、それに基づいて行動している。
しかし、記憶がないということは、悲しいもので相手に騙されてもわからないし、相手が自分にしてくれた配慮も覚えていない。
主人公の視点になって、相手が何者かわからないが、状況やメモから即時にわかったふりをして対応するのは、とても不安になるし、ふわふわした感じになる。緊張感と不安感を演出するという点で、この手法は素晴らしい効果を上げている。後期の作品は、あまりにも凝り過ぎていてあり得ないので、「メメント」は、適度な効果で好きな映画である。
最後にわかる真実は、なかなか衝撃的。自分の妻は、暴漢に殺されたのではなかった。サミーとその妻の話は、レナードとその妻の話であったということ。事実を受け入れられず、都合がよい他の人の物語にして、覚えていたのだった。事件後、妻は、夫が記憶障害になり心労が重なっていたところに、絶望した糖尿病の妻をインシュリンを打って死なせてしまったのだった。また、麻薬取引きに関わって、お金を着服しようとしたテディの計画に載せられて、第二のジェームズ(ジム)=ジョン・Gを殺してしまうのだが、それを受け入れられず、自らの過去のメモに従ってテディをジョン・G(第三)と思って殺してしまう。1年前にジョン・Gを殺していたのだが、それを受け入れていないのであった。麻薬の売人ナタリーもなかなかの悪女で、ジムが持ち逃げを疑われたお金でドッドに脅された際、レナードが記憶障害であることを利用して、レナードに殴られたのを、ドッドに殴られたと嘘をつき、ドッドを襲撃させて保身を図っていた。更には、車の持ち主を探してあげると言い、テディの車を、知り合いのジムが死んだと知りながら、持ち主をジョン・Gと告げている。
実際、記憶が10分しか持たなかったら、不安すぎて精神がおかしくなってしまっているだろうと思う。主人公のように、確信をもって生きようとしたら、周囲と衝突してトラブルばっかりになってしまうだろう。
自分も高齢になってきて、以前程記憶力が定かでないと、自信をもって確信するということが苦手になってきている。
難解な映画
いやぁ…難しい
ずっと観たかった作品。
時間が取れてじっくり観ましたが、まぁ難しいというかなんというか。
時間逆行型と記憶が持たないという前情報だけで観ましたが…
観終わったあと解説をみて自分の解釈と全然違ってビックリした 笑
この人生は辛すぎるし人間不信になりそうだけど、自分の選択でこうなってるんだなというのが最後にわかった時には本当に驚きましたね。
見事なパースペクティブ
クリストファー・ノーラン監督の名を一挙に世に知らしめた出世作が劇場でリバイバル上映です。
妻を殺されたショックで、直近の記憶が10分程度しか続かなくなった男が犯人を追うミステリーですが、その造りが頗る刺激的なのです。
何の説明もないままに、現在から過去へ向かう時間軸と過去から現在への時間軸を並行して描かれます。しかし、何の説明もないので、「これは一体何なんだ?」とはじめは混乱するのですが、その構造が腑に落ちると、「一体どうなるんだ?」の興味を惹き付けて、入り組んだ複雑な構造にもかかわらず、全く混乱する事がないのはクリストファー・ノーランならではの卓越した力です。これがカッコいいからと下手に真似しようとすると大火傷必至だろうな。
時間と記憶に拘った作品作りが処女作の『フォロウィング』(1998)から更に発展され、やがて『テネット』(2020)にまで続く歴史を2023年の地点から振り返ると見事なパースペクティブです。
傑作。
タイトルなし
ノーランのデビュー作フォロウィングを観る事ができたので久々に観返してみた。
初見の時はストーリーはともかく、メチャクチャ頭の良い人が作ったんだろうなと感心した事を覚えている。話が結末から遡って進んでいくものだから、記憶障害を持った主人公と同じ様に、何故今のような状態に陥っているのか解らないという不思議な体験をしながら観賞できる稀有な作品。
時間の逆行そして順行。
クリストファー・ノーラン監督の長編2作目。
2001年公開作品。
この長編2作目で俄然注目の的となった記念的作品。
妻を殺されて自分も殴られて、記憶が10分間しか持続しなくなる主人公。
ポラロイド写真で会った人を写して、写真にメモ書きする。
それに飽き足らず身体中にタトゥーを彫り込み身体を記録簿にする
異常者。
そしてこの事件の真相を知る男テデイ。
実は始まりのシーンでレニー(主人公の保険調査員で妻を殺された男)を
演じるガイ・ピアースは、テデイを殴り殺している。
ここが結末なのだから、最後に知ると唖然とする。
だから10分間しか持たないレニーが、なぜテデイを殺したか?
その理由を追って行くミステリーだと言える。
記憶が続かないのを良いことに、レニーは利用されまくる。
ナタリー(キャリー・アン・モス)の情夫のジミーを殺させたり、
テデイは実は刑事だがジミーの相棒で麻薬取引で手を組んでいて、
罪をレニーに、なすりつけようとしているし、
レニーは記憶が続かないのを利用されて、周りは悪人ばかり。
キャリー・アン・モスの悪女ぶり、
テデイ役のジョー・パントリアーノの親切を装うテデイの悪知恵。
そして一番哀れに思ったのは、レニーが顧客のサニーという男を
妄想で作り上げるところ。
保険金の申請に来てレニーに偽の記憶障害と決めつけられて、
却下される。
サニーの妻はそれを信じきれない。
自分の糖尿病のインシュリン注射をサニーに頼む。
時計の針を3回も戻して注射を受け続けて、意識を失い妻は
死んでしまう。
精神科病棟で呆けたように座る男こそレニーの実像かも知れないのだ。
しかしラストでは記憶の障害も乗り越えて、ジミーを見事に
殺して復讐を果たすレニー。
スカッとするけれど、やはり妻る訳でもなく、
切ない。
3回観て理解出来るかな…いや無理笑
多少難解
時系列の一番未来が冒頭にあり、シーンを遡りながら何があったのか展開するカラー映像と同時に白黒映像はある時点から順に時間を進み、最後に時間軸がつながり全てが明らかになる。主人公の記録が事実であるという意識誘導で、謎が明かされるまで色々と推理しながら物語にひきこまれて行くが、真実がかなり救いようのないものだったことでカタルシスを得られなかったが、凄い作品ではあったという印象は残るテクニカルなサスペンスだった。
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