LOFT ロフト : 映画評論・批評
2006年9月5日更新
2006年9月9日よりテアトル新宿ほかにてロードショー
多くの要素を詰め込んだ、黒沢清による怪奇映画
霧のかかった沼にミイラにクラシックなロマンス。ホラーというより怪奇映画というべきか。
中谷美紀演じる小説家に、担当編集者(西島秀俊)と大学教授(豊川悦司)の2人の男が絡んでくる。彼らは“現実と悪夢の間”をさ迷い、死んでなお体だけが残っているミイラと、死んでなお魂だけが残っている霊は、“生と死の間”に対峙し、小説家を生業とする主人公は、“現実と虚構の間”に生きている。2つの世界の境界線はどこにあるのか、そもそも存在するのか。やがて編集者との日常はだんだんと小説よりも奇怪なものへと変貌し、一方教授との恋は徐々に小説の世界へと入り込んでいく。このグラデーションの見事さ。主人公と教授の会話は途中からどんどん小説(文学)的な台詞になっていくが、観客はどこから別世界へ迷い込んだのか気づかないだろう。恋愛小説を書けない小説家は現実を作品として作り上げてしまったのか、それともこのロマンスは彼女の書いた小説なのか、観客もまた2つの世界をさ迷うことになる。だからラストで、呆然と佇む主人公と共に考えてしまうのだ。滑稽なのはこれが小説だからなのか、はたまた現実だからこそ人生はここまで滑稽なのか、と。
これだけ多くの要素を詰め込み、観客を翻弄しても迷子にはせずラストまで確実に引っ張っていく。その筋力に、やはり黒沢清という人はたいした監督なのだと改めて驚かされる1本である。
(木村満里子)