秋菊の物語のレビュー・感想・評価
全3件を表示
チャン・イーモウ最初の方向転換
それまで『紅いコーリャン』『菊豆(チュイトウ)』『紅夢』と1920~30年代を舞台に鮮烈な色彩を基調とした表現主義的な映画を撮ってきたチャン・イーモウ監督が、現代のド田舎を舞台としてコン・リー、レイ・ラオション、コー・チーチュン、リウ・ペイチーの4人以外は地元の素人に演じさせるというネオ・レアリズモ的な手法で撮った映画。チャン・イーモウは当初はコメディとして撮ろうと考えていたそうだが、スタッフの反対が強かったため風刺的な要素を含んだヒューマンドラマ映画として作ったとのこと。
僕は公開当時、それまでのチャン・イーモウの表現主義的な作品にすっかりイカれていたので、全く作風の異なるこの映画には正直かなり戸惑った。今になってみるとチャン・イーモウは、ずっと作風の変わらないホウ・シャオシェンやウォン・カーウァイとは違って、何度も作風を大胆に変化させていく監督だったんだが、最初の上記3作に魅せられていた僕としてはやはりこの映画には今ひとつ没入できなかった。
ただ、前作『紅夢』とは180°異なるような役を見事に演じていた主演のコン・リーには改めて魅了された。この映画でベネチア国際映画祭の主演女優賞を20代の若さで受賞した彼女は、紛れもなくこの頃の中国映画を代表する女優だったと言える。この頃の中国の国際的女優と言えば彼女一択だったのだ。
イライラして、そして面白い
「ベネチア金獅子賞、主演女優賞」も、納得の面白さであった。
裁定に納得のいかない主人公・秋菊が、次から次へと上訴を繰り返すので、どんどん行政単位が大きくなっていくのが面白い。
村、郡、県、市、そしてついに北京へ。北京では、さらに控訴・・・。
1992年制作とのことだが、当時の中国の景色や風俗が活写されているのも、また興味深い。
舗装路のない寒村から出発して、ビルが建ち並ぶ交通量の多い都会まで。
農村の祝いの行事から、シュワルツネッガーのポスターまで。
人々の服装も替わっていくし、物価もどんどん上がっていく。
インターネットの無い時代、地方から出てきた田舎者は、右も左も分からず、こんな感じだったのかもしれない。
ストーリーも良くできている。
話は堂々巡りで、対立する秋菊と村長の双方に、イライラさせられる。
しかし、ラストでは急展開を見せ、意外な結末に驚かされる。
ただ、実際の役人はもっと冷淡で、悪質な人間も多いはずだ。リアリティには欠けるが、そこが本作品の面白さでもある。
ストーリー、行政システム、時代を感じさせる風俗、そして様々な風景。
美貌のコン・リーが、田舎者の妊婦を演じ切っているという、コントラスト。
中国では女性が強いのか、秋菊は周囲の人間から「困った奴だ」とあきれられながらも、「女のくせに」と言って差別・抑圧されないのも、興味深い。
いろんな意味で面白い。決して、話の筋だけが見どころではない。
一粒で、何度もおいしい映画である。
<中国映画の展開(@国立映画アーカイブ)にて鑑賞>
全3件を表示


