博士の愛した数式 : 映画評論・批評
2006年1月17日更新
2006年1月21日より渋谷東急ほか全国松竹・東急系にてロードショー
「晴明」という価値観に明確な輪郭を与える美しい映画
とかく映画の中の数学者は、奇行ばかりが強調されがちだ。数式に対峙して内向する姿を表現する困難からくる、苦し紛れの演出でもあるのだろう。ここに描かれる数学者(寺尾聰)は、事故で記憶を80分しか保持できない。静かな格闘は行き詰る前にリセットされ、絶妙な設定と寺尾の枯れたキャラから際立つのは、数学の美しさに取り憑かれた純化した魂である。
その魂に魅せられたシングルマザーの家政婦(深津絵里)と10歳の子供。自然界の法則を数式で表わす真理への心酔という絆で結ばれた、友情よりも、擬似家族よりも強固な関係性。原作を改変し、この子が成長した姿である数学教師(吉岡秀隆)が、生徒たちに向かって素晴らしき人物の逸話を話して聞かせる構成が活きている。吉岡の誠実な個性を形成した、括弧に括られた過去。それは「潔さ」や「清明」といった言葉に象徴される、こんな時代に忘却された価値観を尊重する心に明確な輪郭を与える。
読む者に居住まいを正させるような原作者・小川洋子の凛とした文章は、小泉堯史の風格と品性を伴う演出によって見事に映像に転換された。泣ける映画や愛の物語などと呼ばないでほしい。これは、ただただ純粋に美しい映画である。
(清水節)