黒澤明ほど自分の理念を追求し、それを映像として表現できる監督は他にいないだろう。
『七人の侍』は黒澤明の内面を見事に映像化した、集大成とも言うべき作品である。
七人の侍はそれぞれが社会の内にある
①知恵 ②実務力 ③ユーモア ④優しさ(弱さ) ⑤武士道 ⑥理想 △本能
を象徴している。
特に三船敏郎演じる菊千代は、農民出身でありながら侍を名乗り、理性と情念のはざまで揺れ動く人間の矛盾や葛藤を体現している。
彼が水車小屋の赤ん坊を見て涙する場面は、その象徴的な瞬間だろう。
本作全体にも、理性と情動の対比構造が流れている。
武士たちは秩序と統御の象徴であり、農民たちは日常の不安定さや生存欲求を抱える存在として描かれる。
黒澤は、この両者の緊張と共存のバランスの中に共同体の在り方を探ろうとしているように見える。
また、本作は戦後の日本社会のメタファーとしても読むことができる。
農民たちは当時の一般国民、侍たちは外部から秩序を提供したアメリカ、野武士たちは戦前の軍部を象徴しているとも解釈できる。
黒澤はこうした外部から与えられる秩序(統治・保護・支配)が共同体を救うという一つの理想モデルを描きたかったのだろう。
本作で特に評価されているのは、その映画技法である。
屋外撮影の自然光を活かし、カメラ位置・構図・役者の動きが一体化した立体的な画面構成は驚異的。
4Kリマスターで鑑賞したが、立体感はまるで3D映像のように感じられた。
戦闘描写のリアリズムも秀逸で、CGでは決して描けない「馬と人間の泥まみれの混沌」が展開される。
その中で描かれる必要な死。そして最後に生き残るのは知恵・ユーモア・理想である。
私がこの映画を観るたびに感じる腑に落ちない感覚──それは黒澤明が理性を少し信じすぎているのではないか?という違和感だった。
今回再見して気づいたのは、完璧に構成された作品ゆえの、その「完璧性」が持つ限界(ある種の矛盾)である。
4K UHD Blu-ray (クラリテリオン版)で鑑賞
92点