カーテンコール(2004) : 映画評論・批評
2005年11月15日更新
2005年11月12日よりシネスイッチ銀座ほかにてロードショー
懐かしさの向こうにある父と娘の物語
もしかしたら昭和という時代はしあわせだったのではないか?という疑問を最初に投げかけたのは「クレヨンしんちゃん/嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」だった。世界を20世紀に戻そうとするイエスタデイ・ワンスモアのケン&チャコに感化されたのか、それともなつかしモードにスイッチが入る時期だったのか、その後「昭和」は雨後の筍のようにジャンルを超えて日本に蔓延した。
「カーテンコール」が流行りの「昭和映画」(あえてそう呼ぶ)と違うのは、「過ぎ去りし時間はかくも美しい」で終わってないところだ。昭和30~40年代。地方都市の映画館。幕間芸人……と、なつかしさのツボは揃ってる。が、泣けてしまうのはその向こうにある父と娘の(そして果たせなかった恋の)物語だ。「がんばったな」。夏八木勲の言葉で、娘たちは長い時間の呪縛から解放される。
昭和がしあわせだったのは「しんちゃん」にもあるように、みんなが夢見ることを信じていたからだろう。いつでも夢を持ち続けるのは容易ではないと知りながらも、懸命に生きていたからだろう。これはそんな時代を生きた人すべてに贈るカーテンコール。夢のその先は苦くても、そこには必ず待っていてくれる人がいる。
(三留まゆみ)