シティ・オブ・ゴッドのレビュー・感想・評価
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面白すぎて絶頂しました。
臨場感がすごいです。
なんせ聞く分には俳優さんが現地の人達で採用されているらしく銃を撃つシーンとか他のアクション映画とは違く一発一発に重みがあるように感じました。
途中で誰が主人公か忘れるくらい登場人物が豊富でストーリーが盛り上がりました。
最後らへんは心臓バクバクでこんなことあったかな、と思うくらいに手に汗握りました。
是非とも大家族でテレビ囲んで見てください、
僕らからすれば衝撃的な内容。 映画の中の人達には普通であり日常なん...
僕らからすれば衝撃的な内容。
映画の中の人達には普通であり日常なんだろう。
この世に奇跡はあるのか?きっとあるんだと思う。
でもそれは多分ひっそりと起こってるだけ、うまくいけばずっと後に「アレは奇跡だったんだ」って誰かが気づくかもしれないってぐらいひっそりと。
誰かが歩いてて蹴飛ばした石が、その後何かに影響を与えても石を引っ掛けた人の知るとこではない。
認知されないコトはないってことと同じ。
映画の感想にはなってないんだけど、観終わった後になんとなく思ったこと。。。
【”神の棲む街で行われた子供達による凄惨な犯罪・殺人・抗争ををドキュメンタリータッチで描いた作品。何とも救いようが無い結末であるが、今作は貧しき貧民街の負の連鎖を描いた作品なのである。】
■“シティ・オブ・ゴッド”と呼ばれるブラジルの貧民街。60年代、3人のチンピラ少年とギャングに憧れる幼い少年、リトル・ダイスはモーテルを襲撃し警官と撃ち合いに。それから数年後、身を隠していたリトル・ダイスは、街を乗っ取るために再び現れる。
◆感想
・冒頭の小さなリトル・ダイスが、モーテルで笑いながら人々を撃ち殺す姿が気持ち悪いが印象的である。
ー 彼が、貧しさ故の根っからの極悪人になった瞬間である。-
・60年代に入り、リトル・ダイスは”リトル・ビ”と名を変え、クスリを牛耳り、町の若きギャングのトップに立つ。
ー だが、彼は踊れないなどの屈託を抱えている。-
<ラストは、強烈である。アッサリと若きギャング達に殺された”リトル・ビ”の代わりに新たに台頭する子供達。
何とも救いようが無い結末であるが、今作は貧しき貧民街の負の連鎖を描いた作品なのである。>
19歳と39歳との鑑賞で感じ方が変わった。
初めて鑑賞したのは、確か19歳頃だったと思う。
それから何度も鑑賞し、ここ数年観ていなかったところ、39歳にして久しぶりに鑑賞した。
この映画は、今まで観た映画のなかでも一位二位に好きな映画である。
「世界一陽気な地獄」とキャッチコピーが付けられている通り、地獄であるが陽気な世界であり、この世界観が素晴らしく思える。
六十年代から八十年代のブラジル貧困街での出来事を映画にしたノンフィクションであるが、これは本当に実話かと疑わせるほど、驚きに満ちている。
子供が平気で銃を手にする世界。人がバタバタ死んでいく。ギャング同士の抗争はまるで戦場のようだ。
一見悲惨に思わせるけど、その悲惨さを感じさせなかったのがこの映画のよいところだと思う。
実に陽気に描かれており、ある種のファンタジーを感じた。
どの人物に自分を投影しても、実に楽しそうに感じた。
それが19歳の頃に観た『シティオブゴット』だ。
そして、二十年を経た現在、鑑賞すると、また違った見方ができる。
若い頃と比べて、ある程度社会の常識だとか倫理観を蓄えた身として観ると、愉快さ一点張りだった映画も、実は悲惨な一面もあったことを自覚させる。
あの二枚目マネの物語など、妻をレイプされ、弟と叔父貴を殺され、実のところ、実に悲惨であったのだ。
19歳の頃にはそうした感情など湧いてこなかった。
ただただ愉快に楽しめた19歳での鑑賞、それから悲惨さを感じさせた39歳での鑑賞。
面白い映画であることには変わりないが、19歳の頃に観たこの映画の方が楽しかった。
人は老いるものだ。
また、年寄りになったら観てみたいと思う。
【実話&ガチギャング出演】で圧倒的にリアルな映像とその熱量に晒され続ける120分
開始1秒から響き渡る不愉快で不気味な刃物音。騒がしい声。そして何かが始まっている事を予感させるチェイス。軽快なカメラワークと常に飽きさせない展開は刺激的で笑い事じゃないのにちょっと笑えてくるくらいで、もうただただ魅入ってしまう。そうして一瞬でシティ・オブ・ゴッドに連れて行かれます。
日本での知名度が恐ろしく低い本作。自分もタイトルだけは薄っすら聞いた事が有るくらいで今回初めて観たのですが、、凄まじかった。
マジで凄まじかった。。。。。
なんてったって”出演者ほぼ全員”現地のスラムから公募したガチ素人のガチスラムキッズなので迫力が半端じゃないんです!!!この映画を超える迫力と人間の熱量を感じさせる映画にはそうそう出会えないと思う。。。。誓います。
そして物語のテンポも軽快で、目の前に広がる凄惨な光景に一々悲しんだり衝撃を受けている暇なんて有りません!!!どんどん話が進んでどいつもこいつもすぐ撃って!殺すし!死ぬし!で諸行無常です。
しかも普通ギャングと言ったら大人で豪邸を舞台に『一儲けしようぜ!』みたいなそういうイメージですが、この映画での主役は子供達です!
なので彼らは無邪気だし計画性にも乏しいのですぐに撃って殺してやりたい放題。慈悲のような心にも乏しく見ていられない危なっかしさが有ります。無邪気って一番怖いんだなと知れました()
でもこれが現地のリアルを表現しているようで、娯楽的な側面と没入感の両方を演出出来ていて見事でしたね。
『出演者が素人?ならやっぱりちょっと、”アレ”なんじゃないの?・・・・・・・・』
全っっっっっっっ然そんな事無いので安心してください。
マジで本当に素人!?そういう筋書きでデビューしてんじゃないの?というほどみんな演技が上手くて迫力が凄いんです。マジで『リトル・ゼ(メインの悪役)』とかチビリそうになるほど怖いです(笑)。特に少年時代のゼの溢れ出るオーラは凄まじいので時間が無い人は少年時代のゼだけでも観てください(笑)。
まあそれもそのはずで、彼らは舞台となったスラム出身のリアルな現地人ですので画面で浮く事も無ければ振る舞いや口調も自然で普通に本物なんです。演技も殆どアドリブらしく、まさに現地の振る舞いと言葉を映し出しているのでリアルで迫力が有って当たり前なのです。
現地のスラム民パワーはここまで凄いのかと。やっぱりただの演技では出せない本物の熱量ってモノがこの世には存在するんだなというのを学べます。文春キャバクラで捕まった某土下座系俳優がオフでも似たような事をしていたように、『演技の究極って本性と融合する』んだなって、そんな映画人も学べるような作品です。
それとこんな内容なのに、どこか青春映画的な側面も持っているのが面白いんですよね。ある意味これがブラジルの、シティ・オブ・ゴッドの人生であり青春であり生き様なんだぞという。傍から見たら『こんな所に生まれなくて良かった』っていう感じですが、彼らからしたら人生を映し出したドキュメンタリーなのです。
なのでそういった凄惨な抗争だけに焦点を当てず、結構クドいくらいに恋愛を描いているのも印象的でしたね。でもそういったところに安っぽい感動は無くて、誰かに固執する話でも無い。
とにかく鉛玉の速度と同じように凄惨な”日常”が、月日がただ流れていく。そこにカメラを入れたような感じで、まさに諸行無常なのです。犯人も解決も救いも懺悔も有りません。ただの順番で、また誰かがゼになるのです。
あと最後に、見終わったらもう一度観てください。色々発見が有ります。
この先微ネタバレ
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二度目の鑑賞で気付いたのですが、ブスカペは序盤から出演していたのですね。てっきり途中から出てきたような印象でしたが、最初のシーンでPKを守っているGK役の男の子がブスカペです。ブスカペは当時のリトル・ゼよりも身体が大きく年上に見えますが、終盤のシーンではゼの方が大人っぽくブスカペはまだまだ青年くらいに見えます。
まあ新聞社に雇われている時点でそこそこの歳だと分かるのですが、どうもブスカペがずっと14歳くらいに見えていたので最初の体格差的にゼより年上かよ!!っていうちょっと個人的な衝撃が有りました(笑)。
あとマネっていう弟を殺されたヒーローがとある少年に裏切られるという件が有りましたが、その理由となったシーンを遡って見てみるとちゃんと映ってるんですよね!しかも結構意味深に。細かいところまで凄いです。
そして最初のロゴが出てくるシーンのロゴの一部が終盤のゼが死ぬシーンを壁越しに撮影している影絵になっています。このアングルは実際にもそうだったという事なんでしょうかね。とにかく絶対2週しないと駄目ですねこの映画は。
幼い子がおもちゃ同然に持つ拳銃がどの映画よりも怖かった それと同時...
幼い子がおもちゃ同然に持つ拳銃がどの映画よりも怖かった
それと同時に生きる力、躍動感のようなものも感じた
生きるために小さいころから銃を持ち窃盗強盗を繰り返し人を殺す。本能的。
その中でも学びや夢があるキャラが一際光る
最初の鶏の逃走劇が全てを比喩していた
スラム街の暴力のシステムと権力闘争はこんな風な仕組みになっているの...
スラム街の暴力のシステムと権力闘争はこんな風な仕組みになっているのだということがだいたいわかる映画.「神の町」のボスは敵対組織との争いで力を失って,少年たちへと世代交代する.そのシステムには腐敗した警察,武器と麻薬の承認などが主なプレイヤーなんだろうか.ジャーナリズムの従業員はほとんどが白い肌をしていてこぎれいなオフィスで働き,家のシャワーからお湯が出る.有色人種の血なまぐさい争いをネタにして,彼らがきれいな暮らしをしていることについてももやもやとするし,それはそれで現実として存在しているのでどうすることもできないんだろうか.いつまで再生産されることについての悲しみを感じるようで,軽快な描き方によってそれほど落ち込まずに済むのがありがたい.
エネルギッシュな悪
希望や光が見えないものを、これだけ情熱とリズムを持って描き切ることが出来るというのが、驚きだ。
将来を捉えた主人公をよそに、銃でパン屋を襲撃しに行く子どもたちが、なぜ魅力的に映るのか。
暗い現実をどう生きるか?
愚痴や不平を言う前に、まず下を向いた顔を上げよう。
生きることは、行動することだ。
リオデジャネイロといえば、キリスト像、コパカバーナ海岸、カーニバル...
リオデジャネイロといえば、キリスト像、コパカバーナ海岸、カーニバルと観光都市のイメージ。そこにこんなスラムがあるとは…。子供が銃を手にし、死が常に隣り合わせにある環境。負の連鎖。それをエンターテイメントとして描いた力作
複雑で濃厚な2時間
良い映画は2時間があっという間というのがこれまでの自身の中での価値観だったが、この作品に覆された。
とにかくストーリーが濃厚。
登場人物、時代が入り乱れ、ややもすると多くの人が付いていけず脱落してしまうであろうほどの分量をカメラワークと編集で収めきった監督の力量に感激する。
加えてスラムの空気感と緊張感を感じさせる映像美も相まり、この濃厚な2時間はまるで一つの人生を丸ごと体感したかのような満足感が得られた。
すぐに忘れてしまいそう
期待していたけど目新しさがなかった。
何度も同じような舞台とシチュエーションで映画化されているので
なにか記憶にのころようなものがないと同系列映画の一つとして埋もれてしまうと思う。
言葉がから回る
何を言えばいいのだろう。この映画を観た後で。
街を牛耳る3世代の絵巻。
だのに、フォーカスされる人物のほとんどが10代。
底なし沼。
あえて、自ら、その沼に身を投じるものもあれば、
無邪気に、目の前の手本と同じことをする者もいる。
この町の沼から抜け出す道を選んだはずなのに、つかまってしまった者。
あの時、あの場に行かなければ…。
バイオレンスに身を投じる者を追っているから、町全体がバイオレンスに覆われているようにも見えるが、
まっとうな道を選ぶことを望んでいる大人たちもいるのだが、
それでも、その人たちが無力に見えてしまうことに愕然とする。
この映画より残虐な映画はある。
やるせなさを感じさせる映画はある。
でも、時にポップに、時にコメディタッチに、それでも基本は淡々とそこに起こっていることを映し出す映画。
その演出に言葉を失くす。
それでも、幸運さが味方したとはいえ、自ら生きる道を選び取って、この町の沼から抜け出した少年が、狂言回し的な主人公であることに、一筋の光を見たいと、願ってしまう。
『トラッシュ』と合わせて観ると、良いかもしれないが、『トラッシュ』が作りごとに見えてしまうのは何なのだろう。
ガキには要注意
公開前の予告を観た時から期待大で、公開してからの鑑賞後は、そんな期待を上回る出来で大傑作だった。
サントラも最高で、今でもたまに聴いてみたり。
久々に観たが、まぁ時代と共に作品自体の影は薄くなている感は否めないし、多少なりとも説明過多な場面が気になったりもする。
実話を元に、ア然としてしまう内容に興奮して、それぞれのエピソードに飽きることもなく一気に物語にハマれるテンポの良さと、キャラクターは特に逸品。
バイオレンスを含めた様々なジャンルが入り乱れ、一つの青春モノとして楽しめる。
編集でのリズム
ハリウッドみたいな超巨額予算じゃなくても、こんなに心を動かす作品は作れる!
ブラジル映画で最も有名な作品、映画の教科書のような巣tレオタイプな概念にとらわれない手法が完璧にはまっている作品。何を伝えたいのか、何をフレームにおさめたいのかが明確でリアルを切り出すことに尽力したことがうかがえる。決して、観やすい作品では二が、観始めるとキャラクターたちの行方に他人事にはなれない気分になる。
編集
この映画といえば編集。ドキュメンタリータッチな撮影を利用した、カットのチョイス、リズムの作り方、音楽のチョイスはえげつない。
まず、この作品にはメインキャラクターのロケットという少年がいるが、各セクションでロケット以外のキャラクターがメインとなり、ストーリーが進んでいくところがこの映画のすごいところだし、編集するには難しかったであろうところ。しかし、キャラクターアークが完璧で、キャラクターと視聴者の距離を映画を通してコントロールしていた。ブラジルのスラムの中での少年ギャング達の物語であるが、ギャングの一面と少年の一面でその距離を生み出していた。笑顔で銃を放ったり、すごいスピードで薬物がお金に変わっていくところでは、視聴者は彼らを悪者ととる。キャラクターと視聴者の距離は遠い。一方で、ギャングの中にも、心優しいやつ、自分の好きなことを心から愛するやつ、周りで起きていることについていけずに怯えているやつなど、人間らしい奴らがいる。その子たちも命の危険にさらされる。そのとき視聴者は、その子達へと感情移入する。「殺されないでほしい、逃げないでほしい、夢を叶えて欲しい」と。この映画のすごいところは、それが映画の中で入れ替わるということ。逃げられない状況、周りの影響などで、ギャングの色へと染められてしまう少年や、嫉妬、友情、慈悲から急に少年の心を持つギャングなど、そこがあるからここまで多くのキャラクターを理解できるし、愛し、感情移入することができる。その移り変わりには常に死が付きまとってくるから、この作品のテーマだったり、伝えたいことがキャラクターを通して伝わってくる。
リズムの作り方は、オープニングから爆発している。1つ目のシーンでこの映画の多くが伝わってくる。時代や場所、テーマなど。さらに、これまでの常識を無視した、ブラックフレームの使い方。それが写真という主人公の趣味へと繋がっていく。キャラクターの心情が一番伝わるならば、正しい方法というものはない。特にクラブでのシーンはすごかった。4つの視点がだんだんと近づいていき、クラブミュージックの店舗なのに、時間を引き延ばした編集は圧巻。あれは簡単じゃないと思った。
撮影
だからフィルムの見た目が好きだ。黒人という被写体、日差しの強い外というロケーション、スラムという環境。シネマとグラファーにとってみればなんとも難しくお金のかかりそうな状況。ダイナミックレンジ20ぐらいいるんじゃないかというほど、コントラストの強い状況、これをデジタルで撮影するとなると、ホームビデオのような感じが出るか、めちゃめちゃお金かけてやるかのどちらかだろう。今作のフィルムでの撮影はその全てを武器に変えた。コントラストをあえて残し、室内でのシャドーと太陽光のハイライトはクリップしている。しかし、フィルムだから、クリップというよりも人間の目に近い感覚。言葉で表現するのは難しいのだが、クリップして潰しているというよりも、あふれているという感じかな?ビット深度がデジタルカメラとは比べ物にならないのだろう。だから、リアルに見れる。情報が失われている感覚はなく、その照明から現地の状況を感じられるような感覚。
次にカメラの動き。基本的に本作は、ハンドヘルドで撮影されているのだが、動きまくるフレームには確実にそのショットで伝えたい表情やもの、動きが捉えられている。だから、こんなにリズミカルな編集であっても、ストーリーは前に進むし、キャラクターアークは描かれていく。特に最初のパートは多くのキャラクターが出てきて、我々外国人からしてみると混乱しかねない部分ではあるが、各キャラクターのキーとなるものや象徴的な言動を確実にフレームにおさめることで、誰のシーンなのかということを瞬時に伝えさらにはスピード感の出るハンドヘルドでリズムを作っている。
このように、演技、撮影、編集がそれぞれ完璧じゃなくても、同じメッセージや目線を持ってくるからこそ、各部門のクリエイティビティが相乗的に覚醒したのだろう。
こんな嘘みたいな話がスラムじゃ当たり前で日常なのかと思うと信じられ...
こんな嘘みたいな話がスラムじゃ当たり前で日常なのかと思うと信じられないしすごい。
悪が栄えないのは結局こういう事なんだろうな。
そして悪がなくならないのも結局こういう事。
あんな子ども達が遊び感覚で銃で人を撃ってんだから。
スラムは人としての生活というよりはもうサバンナの獣達に近い弱肉強食。
まあこの映画を観たからといって何かしようとか思ったりはしないけど、文化の違いにただ驚く。
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