ワールド・トレード・センター : 映画評論・批評
2006年10月3日更新
2006年10月7日より日劇1ほか全国東宝系にてロードショー
社会派オリバー・ストーンによる9・11映画のはずだったが…
救助活動に命を懸けた2人の男が、瓦解し灰燼と帰した建物の暗闇の中に閉じ込められ、生への執着心を失わず、精神と肉体の限界を超えて愛する家族のもとへ帰還する――ここに描かれているものだけを読み取るなら、やがて静かな感動が訪れる決して珍しくはない救出劇である。
しかしこれは、オリバー・ストーンによる9・11ムービーなのだ。ベトナム戦争やケネディ暗殺に挑んでアメリカのはらわたを引きずり出し、体制を批判して物議を醸してきた作家が、あの忌まわしきテロを描いた映画だというのに、まことしやかに伝えられる陰謀説に触れることも、テロを引き起こした世界の構造に迫ることも一切ない。まるで、過激なメッセージを声高に叫び続けてきたシャウト系ロックンローラーが、明日へのささやかな希望を歌うフォーク歌手に転向してしまったような印象を受けるほど、予想外な物語に落胆を覚える。
いや、オリバー・ストーンをしてここまで抑制の効いたタッチにさせた事実を直視し、未曾有のテロによる傷は癒えていないと解釈すべきかもしれない。現に全米の批評家や大衆は、概ね好意的に受け入れている。絶望感を振り払う過程で必要とされた映画であることは確かだろう。
(清水節)