「ポール・トーマス・アンダーソン監督が最もメジャーに接近した映画」パンチドランク・ラブ 村山章さんの映画レビュー(感想・評価)
ポール・トーマス・アンダーソン監督が最もメジャーに接近した映画
今となってはアダム・サンドラーはしみじみとした名演技を披露する俳優としても認知されており、本作の公開時の驚きを伝えるのは難しくなってしまったが、当時はポール・トーマス・アンダーソンがサンドラーと組むというだけで衝撃の組み合わせだった。アメリカンバカコメディの旗手としてヒット作を飛ばしまくっていた大人気コメディアンが、突然作家性の強い気鋭監督の映画に主演することになったからだ。
アダム・サンドラーのコメディはもう「サンドラー映画」というジャンルであり、別系統の映画に出ているサンドラーはコメディ色が強い作品であっても、あくまでも別のジャンルに「俳優」として参加していた。ポール・トーマス・アンダーソンが特異だったのは、彼自身がサンドラー映画のファンであり、アダム・サンドラーがやりそうなコメディと、自分自身の個性や世界観を折衷しようとしたこと。
いささかヘンな個性で世間から浮いた主人公が恋に落ちて勇気を振るうという物語は完全にサンドラー映画のフォーマットでサブキャラたちがいちいち変な個性を発揮しているのもいかにもアメリカンコメディの趣き。主人公の抱える孤独の深さや人間的な弱さによりダークに踏み込んだり、旅行が当たるクーポン目当てにプリンを買いまくった男のヘンな実話をセレクトする辺りはアンダーソン色を感じる部分だが、本質的には登場人物や観客を応援するハッピーなロマコメ映画になっている。
勇気を手に入れた主人公が悪役のフィリップ・シーモア・ホフマンと対峙したときに、たちまちホフマンが撤退を決めるシーンが好きだ。結局は小悪党でしかないホフマンが恋する男には太刀打ちできないとたちまち悟る。ショボい男2人の間に戦わずして勝つ剣豪の果たし合いみたいなものが成立してしまう。とても粋で潔いクライマックスだと思う。
