ヒストリー・オブ・バイオレンス : 映画評論・批評
2006年3月7日更新
2007年3月11日より東劇ほかにてロードショー
無垢な時代など、私たち人類は持ったことがない
邦訳すると“暴力の歴史”。したがってそれなりに陰惨な物語を覚悟しておいた方がいい。とはいえ、「ミュンヘン」や「マンダレイ」といった同時期に公開中の作品も似たような暗さと悲惨さを持つ。それらを“エンタテインメント”と受け取るなら、これもまた十分に立派な娯楽作品となる。それにアメリカ映画は昨年の夏、「エピソード3」というとことん陰惨な一大エンタテインメントをリリースしたのだった。映画はかつてあったかもしれない“娯楽作品”の境界線を、どこかで確実に踏み越えてしまったのだろう。
だからこの映画の主人公のように、ささやかな幸福を願う小市民の父親が、ある日突然、本人さえも意識しなかったような別の姿を見せてしまったとしても、それもまた、恐るべき事ではあっても、あり得ないことではない。もはやそのような時代に私たちは生きている。物語の最初の方で、彼の妻が彼に向かって「10代の頃に出会っていたかった」というような台詞を言う。しかしそこには戻れない、というのがこの映画のポイントである。しかも、その時代が良かったかどうかも分からない。無垢な時代など、私たち人類は持ったことなどない。だが、そこで生きてきたのだ。何かを踏み越えて、何かを犠牲にしながら。その痛みだけが、この映画を分厚く覆っている。それを現代の“娯楽”と言ってもいいように思う。
(樋口泰人)