エターナル・サンシャインのレビュー・感想・評価
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出会い直す尊さ
これぞ映画!って感じの映像作品。
時間軸をぐちゃぐちゃにしたり、記憶の断片を繋ぎ合わせるシーンとその演出であったり、映画における映像表現が盛り沢山でとてもおもしろかった。あと記憶の半焼けを、シーンを重ね合わせることで表現していることもいいなって思った。
このように映像表現に着目すると、セットをどうつくったのかだったり、編集をどうしたのかだったり、作り手の方に関心が向いちゃう。
物語も面白い。別れたカップルが楽しかった記憶などを回想する物語はよくあることだが、記憶を消去する科学技術を使いながら、その消去作業中に回想するってのは中々ないのではないかと思う。回想の最中、記憶を消去する技術者の話し声がジョエルにそして映画の鑑賞者にまるで頭の中で反響する音のように伝わる表現もすごいと思った。
「出会い直す」尊い。
ただ博士と女性の不倫は物語を繋げる上で、必要なんだが、蛇足にも感じる。あとジョエルの記憶を消去している間、技術者たちはしゃぎ過ぎでは?笑
なにはともあれ、映像表現の凄さをひしひしと感じ、物語もよかったので、いい映画を観たと思った。友人とかにも勧めたい。
近未来の、しかし素晴らしいファンタジー
映画を見始めてしばらくして、ストーリーを忠実に追ってゆく必要はないと思った。覚えたばかりの短期記憶だけならともかく、特定の記憶だけを消し去ることは、今はまだ難しい。それを請け負う企業が出てくるこの映画は、基本的に近未来のファンタジーだ。
誰しも忘れてしまいたいことはある。主人公ジョエル(怪優ジム・キャリー)にとっては、付き合っていた魅力的な女性クレメンタイン(あのケイト・ウィンスレット)の記憶だろう。それを消すためには、一度脳の中で記憶を呼び覚ます必要がある。すると、本人はその記憶と戦うことになる。そこで、消去作業は途中で何度も中断する。それでも脳の中に残っているのは、心の深層にあって、一番その人が大事にしていることか、人には絶対見られたくないことだろう。彼が、最後まで脳にしまっておきたかったのは、母親との思い出だった。
この映画では、ジョエルの現在と過去が交互に出てくる。しかも、時間をシャッフルして。途中で、ジョエルが朝起きられなかったのが記憶を消した翌日と分かって、環が閉じた。その日、彼は出勤しないで、最寄駅から勤め先とは反対方向のモントークの海辺に出かけ、お互いに相手の記憶を消したはずのクレメンタインと再会する。これだけわかればストーリーは十分なのだろう。
一番面白かったこと;ジョエルは記憶の消去を依頼するときに、クレメンタインの悪口を散々に言った、それを録音したカセットテープが彼の許に送られてきた時、彼女にわざと聞かせ、「ちょっと間を置けばいいんだよ」と言ったところ。ジョエルは、自分の本当の姿をクレメンタインにも知ってもらいたかったに違いない。そこがとても良かった。この映画の脚本(アカデミー賞を取っている)よりも、設定が秀逸。
一つだけ気になったところ;途中で、ケイト・ウィンスレットが全く別人のように見えた。新しい映画にも出ているが、彼女は体調が変動しやすいのでは。さらに節制して、素晴らしい演技を見せ続けてほしいものだ。
だとしても、その時までは
公開当時は知らなかったが、リバイバルの予告に惹かれて。
2人の出会いから始まり、アバンが終わるとクレメンタインが記憶を消している。
彼女の距離の詰め方は日本では成立しないだろうな。
それでも美人にあんな接し方されたら男は弱い。
事実を知り、自らも記憶を消そうとするジョエルだが、この担当スタッフがかなり不快。
勝手に飲み食いするし、いちゃつくし、パトリックに到っては業務上寝盗り案件(?)だよ。
記憶の中で意識があって動き回れる、というのはそういうものとして受け入れるしかない。
しかし中盤まではなかなか退屈。
ジョエルが心変わりして、クレメンタインと逃げようとするあたりから面白くなる。
正確には、幼児退行の演技から、かな。笑
“閉じ込めた記憶”の筆頭が母に自慰を母に見られたこととか…。
20年前の作品なので演出処理にややチープさはあるが、映像表現の発想も際立って良くなった。
そこにメアリーの件が重なり、その流れでアバンが未来の話でした、と繋がるのは見事。
距離の詰め方もそれ故か、とも取れるし。
「たとえまた飽きられるとしても」というオチも悪くない。
でも、終盤ビミョーに引っ張った割にスッキリせずに、少しモヤモヤした。
プロットはよいのだけど、感動とかまではいかない。
主人公はじめ背景がまったく描かれない上、キャラ的にあまり魅力がないからだろうか。
最後はメアリーが一番可哀想に思えてしまった。
着想が興味深かっただけに、もう一歩整理されてたらなぁ、と惜しく感じた。
愛する人のクレメンタインになりたい
ロマンチックラブというより遥かにSFだった。
『トゥルーマン・ショー』と『インセプション』と『マトリックス』を混ぜたような世界観。
クレメンタインの記憶を消されまいと、夢の奥深く奥深くと逃げていくジョエル。
クレメンタインにも話したことが無かった幼い日の記憶の中にクレメンタインを隠す。
そのクレメンタインはすべてジョエルが思い描く想像のクレメンタインに過ぎなくて、でもそれはどれも彼女らしく奔放で勇敢に振る舞う。
思春期の自慰行為を親に見つかってふさぐジョエルをクレメンタインが笑い飛ばす。
いじめっ子に脅されて殺したくもない鳩を殺す羽目になり、大泣きする幼いジョエルを、幼いクレメンタインが救い出す。
『私がいれば全部大丈夫』
私も、愛する人のなかで彼を守るクレメンタインとして記憶されたい。幼い彼の辛かった日にワープして、彼を強く強く抱きしめてあげたい。
と願う、そんな映画だった。
映画冒頭の『記憶を消した直後のジョエル』と、『クレメンタインと長く過ごしている時期のジョエル』の演じ分けにも意味を感じる。
冒頭のジョエルはつまらなくて、空っぽで、語彙力が無くて、魅力に欠ける。
でも、クレメンタインと居たときのジョエルは生き生きと愛を語っていた。
ジョエルは知らずとクレメンタインの影響を受けていたのに、記憶が消されるだけでそれがリセットされるのが面白い。人格は記憶によって作られてるんだ。
記憶を無くしても、何度も出会い直してしまう人がいる。きっとジョエルとクレメンタインはまた上手く行かなくなる。だからまたやり直せばいい。
タイトルがしっくりくる作品になっていたらもっと良かった
1度見ただけではあまり良く理解できなかった作品。ストーリー設定的にも、時間軸をまたぐような伏線がいくつも絡んでいたので、理解力の乏しい私には鑑賞1回では難しかったのはしたかないと思います。
あらすじも読んで、もう一度鑑賞すると、確かに「そういうことだったか」と理解度は上がったのですが、モヤモヤ度合いはなぜかあまり変わらないように(むしろ上がったように)感じました。
ジョエルとクレメンタインの関係について、惹かれていく理由やエピソードがあまりはっきりしなかったというのが1回目よりも感じてしまったからだと思っています。
記憶消去の施術によって発生した様々なネガティブな出来事を乗り越えてでも、2人でいたかったのだなあと思えるエピソードが乏しかったからでしょうか。ジョエル側のストーカー的とも言えそうな一方的な思いまでしか見えてこなく、クレメンタインにしてみたら確かに記憶を消したくなるのかも、とも思ってしまいました。
記憶消去というSF的な要素も恋愛ストーリーの要素もどちらも、もっと私にも感情移入できる作品になったはずですが、どっち付かずになってしまったように感じてもったいなく思いました。
作品タイトルが何を意図したものか、結局わかりませんでしたが、もっと恋愛ストーリー方向に舵を切って描いていれば、ああなるほどという題名になっていたのかもしれません。
こんな気持ちは初めてだ
こないだ鑑賞してきました🎬
ジョエルにはジム・キャリー🙂
クレメンタインと喧嘩別れしたことを悔やみつつも、どこか素直になれない男。
私も心のどこかで自分が悪いと思っていながら、当時交際していた女性に謝罪しなかった過去を思い出しました。
そんなだから、今は一人になってしまったのかも😔
とまあそれはさておき、キャリーの演技は意地張り男を感じさせるに十分でした👍
クレメンタインにはケイト・ウィンスレット🙂
今作ではいくぶん弾けていて、それが髪色にも表れています。
大体似合っているのがすごい🤔
破天荒ですが、純粋なところもある…そんな女性をウィンスレットはエネルギッシュに表現します👍
記憶を消せる会社の受付嬢メアリーにはキルステン・ダンスト🙂
うむ…これは映画なのでアレですが、こんな女性が受付していたら大した用もない男たちがわんさか来るでしょうな😅
金髪のツヤとどこか甘えたような喋り方が、ダンストの魅力を引き出していましたねえ🤔
記憶を消せるとはまたファンタジーですが、クライマックスはちょっとした展開もあり、飽きさせません👍
現実にあったらどうするか、思わず考えましたが…。
私は迷いつつも、記憶は保持します👍
嫌な記憶がないわけではありませんが、それも今の自分の一部ですからね😀
月並みですが、嫌な記憶も良い記憶も合わさって、それが自分を形づくっていると思うので、それを捨て去るのは惜しい。
あくまで私の主観ですがね🤔
ちょっと弾けたウィンスレットと困り顔のキャリーは、なかなかいいコンビでした😁
記憶を超えるもの
ネットフリックスで配信が終わるということで視聴。
最初の冒頭は音楽のチープさとともに主人公と女性との偶発的な出会いが描かれる。
ここの冒頭がこの映画をわかりにくく、ストーリーに入りにくくしてる気がする。
一方でここの描写が今作の肝になってる。ここが記憶をけしてからのジョンの行動になるのだ。
そしてオープニング後、また時系列変わって、クレメタインと別れて記憶を消す夜の描写に変わる。
で次はクレメタインが記憶を消えてから、それを知らずに会いに行き、傷ついて記憶を消す決意を描写に変わる。
この辺が普通は古い記憶から新しい記憶、または新しい記憶から古い記憶にたどっていくのだがバラバラに描かれる。
ここで基準と、なるのはクレメタインの髪色だ。なんで、こんなにコロコロ髪色を変える設定にしたかと思うとそこを整理するためなのだ。
青→現在
黃(茶)→倦怠期
赤→ラブラブ
緑→出会い
ここは冒頭でも提示されてる、『青の破滅』『赤の脅威』『黃熱病』『緑の革命』この名称で状態を比喩してたのだ。
ここに気づけばどこの時期がどんな状態か、どの時期を描いてるか理解できるようになる。
ここのトリックは気持ちいいのだが、肝心のラストは少し煮え切らない。クレメタインの別れた理由がカセットで浮き彫りになりづらかったのがキレイに丸まらなかったところかと思う。
キャストも豪華。当時ロードオブザリング(イライジャウッド)、スパイダーマン(キルスティンダンスト)などがわきを固める。
※あと時代違うけどハルク(マーク・ラファロ)も!
ジムキャリーが主演というところもあり、コメディ要素も少しあったが詰め込みすぎな気が。
もう少し削ぎ落とせば、傑作から名作になった作品だと思う。個人的には似た感じの作品で恋愛に焦点を当てたアバウトタイムのほうが好き
記憶を消しても残るものがある
最初はなんだか時系列がよくわかんないなぁ?と思って見ていたけれど、話の大筋がわかると今が記憶の中でこっちが現実で…とわかって面白い。
記憶の中だから自身が幼少期の頃を思い出すと、感情や理性なども揺れ動いたり、体格の変化などもあって良かった。
病院の先生と受付の人が不倫していたのは全くの予想外で驚いたけれど、最終的にみんなが消した過去をばら撒いてくれたおかげで、くっつくことになって良かった。
フジテレビのドラマ「アンメット」の
三瓶先生のセリフに記憶が消えてもその時に感じた気持ちが消えるわけじゃない、ってセリフを言っていたのを思い出した。
途中記憶が消えていく時に必死で抗う主人公を見た時には胸が張り裂けそうなほど辛かったけれど、記憶が消えても思いが消えたわけじゃなかったから、最終的に結ばれて本当に良かった。
またみたいです。
タイトルなし(ネタバレ)
記憶を消す過程では描かれるのだが、記憶を消す前の段階で、付き合ってる状況があまり多く描かれていないので、感情移入できない。
出会いもあまりあり得ない逆ナン?で、女性もあまりまともじゃなさそうな感じなので、個人的には共感出来なかった。
何かしら示唆するものはあるんだろうけど、面白いかと言われれば面白くはない。
意味わからないが一緒にいる。一緒にいたい。
記憶を消す🟰別れる
として物語を現実の恋愛と照らし合わせ、ストーリーを考えると、(記憶がなくなった2人の描写が強調されていないから)
彼女に振られたが恋しくなり彼女とやり直そうと試みる。しかし既に別のパートナーがいて落ち込む。自分も前へ進もうと彼女との思い出を整理し始める。でも思い出すのは楽しい思い出だけ。やはり別れたくないと思う。そして復縁をする。復縁してすぐに彼女の嫌な部分が見えてきて思い出す。でも一緒にいたいと思った。だからやり直そう。
こんな感じだと思う。
刺激を求める女。衝動的な女。酒が大好きで飲んだくれている女。深夜3時に帰ってくる女。これらの要素から彼氏は彼女を疑う。
被害妄想の激しい男。2人としての変化を喜んでくれない男。退屈な男。だから彼氏を振る。
彼女が彼氏を安心させていれば子供を作ることにも前向きになてくれたかもしれない。
彼氏が子供を作る選択を受け入れれば彼女は落ち着いたかもしれない。
この映画を観て、改めて恋人がどういう存在かを定義することが馬鹿馬鹿しくなった。
尊重し合える関係、協力し合える関係、素を出せる関係。恋人の定義はいろいろあるが、どれも正解だがどれも間違っている。
尊重し合えるから一緒にいたい。
いいと思う。
恋人とは尊重し合える関係だ。この人は尊重してくれる。一緒にいたい。
これはダメ。
一緒にいたいと理由なんて人それぞれだし、自分で理解している人の方が少ない。理解する必要もない。
一緒にいたいと思っている間、一緒にいればいい。
そこに定義とか一般論とか持ち出してはダメ。
主人公は「誰とでも寝る女は良くない」という一般論から彼女に苛立っていた。でもそう思っていても一緒にいたいと思ったから別れなかった。
ヒロインは「退屈な男は付き合っていてもつまらない」という定義から彼氏と別れた。でも定義から外れていても一緒にいたと思ったからもう一度付き合った。
結局、なぜその人といたいのかなんてわからない。でも一緒にいたいんだから、一緒にいればいい。
というのがこの映画のメッセージなのかと思った。
一回では良さはわからないのか
映画好きの方が絶賛していたので、期待していたが、何が良いのか正直わからない。
意外な展開で、設定は面白いと思ったが、ラストはなんでそうなるの?と納得はいかない。
もう二度と思い出したくないと記憶を抹消するほどの相手とまたやり直そうとはどうしても思えない。
ただところどころに重要なセリフは出てくるので、もう一度見てみようとは思う。
また失敗してもいい
どうせまた失敗する、次は上手くいくかなじゃなくて、また失敗してもいいじゃんっていうのはとても素敵なメッセージだなと。
恋愛というよりSFコメディかな?
作業のために記憶を思い起こすんだけどやっぱり楽しい記憶も多くて消したくないってなるとことか、消えて行く記憶の中で彼女を連れて逃げるんだけどもう最後逃げても無駄になった時に楽しもうと最後の記憶を楽しむところとか、自分は大好きなんだよなぁ。
最初の出会いが実は2回目の出会いだったとか、「どうせまた退屈って思うよ」の返事が「いいよ」なのとか、本当に美しい映画。
2025年12月ついに劇場で観られて感無量です。
何度も
記憶を消した男。記憶を消した女。
それぞれが元々が恋人同士である事。
記憶が消されてからの2人は、別の人物、別の人生を歩んでいた。
この物語は、一度観ただけだとなかなかに理解するもの難しいと感じた。
自分の中のイメージ的に主演がジムキャリーという事もあり、どこか「トゥルーマンショー」のような要素も感じた。
記憶が消される前の人生が幸せだったのか?
それとも、全てを忘れて、新たな人生の方が幸せなのか?
その答えは、分からないと思う。
けども、失敗したっていいさ。
それが一番だなと感じました。
もう一度観る必要があるな。
2回見るべきか?
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主人公は恋人とうまく行くが、やがてお互いに不満を持つ。
そして、この世界には記憶を消す手術のようなものがあり、
彼女がこの手術を受け、主人公を記憶から消す。
主人公も逆にこの手術を受け、彼女を記憶から消す。
が、手術が不完全で、手術中に夢の中で意識がはっきりし、
彼女との幸福な日々を思い出して記憶消去を中断したくなる・・
で、この後どうなったんかよくわからんが、再び彼女と出会い、
で、付き合うことなった?が、そのうち手術前に録音したテープが見つかる。
そこでは互いに相手の不満をぶちまけまくり。
で、自分らが手術を受けたことを知り、
同時にこのまま交際を続けても同じことの繰り返しになると悟る。
が、そうなってもいいや的な感じになり、交際を続ける。
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なかなか面白いテーマではあるが、いかんせん意味がわかりにくい。
それが今なのか、過去なのか、現実なのか、夢なのか・・・
もう1回見たら面白そうな感じがした。
でも恋愛映画は好きではないので2度目は見なかったけど。
ジムキャリーがコメディ以外のに出てるのを初めて見た。
っていうか、誰なんかわからんかったってホンマw
永劫回帰を受容
事務員と技師の関係は、いかにも茶番のように見せつつ、重大な伏線となっておりストーリー全体が見事にまとまっている。
回想のシーンは劇中劇のような演出で、ジムキャリーの持ち味が存分に発揮されている。
歪み合うことすらも受け入れる事が愛なのだと、ラストで全ての行いが肯定され前向きになれる。
運命なのか、覚えていたのか。
こちらもはじめは普通のラブストリーの始まりと終わりを見ているような気になるが、実は二人は二度目のラブストリーの始まりだったというのが、期待していなかったところ。
大きな失恋をしたときみんな、なにもかも消したくなるけれど、消えてしまうとなると思い出の尊さに気付く。
自分にとってその人がどれだけ大事だったか、どんなに楽しかったか。嫌なところ、相手が自信を持ってないところも愛しく感じたこと。
全部消したいけど大事な思い出。それを見ることができた映画。
そして果たしてジム・キャリーはモントークに行くことを潜在的に覚えていたから衝動的に行ったのか。
クレメンタインもいたということはそれだけお互い潜在的に気持ちが強かったのだろう。
好きな映画の一つになりました。恋人と喧嘩したときにみたら仲直りできたりして。
恋から愛へ
鎮火した恋の辿るべき道は少ない。ジョエルとクレメンタインはその最も常套なアンサーとして別離を選択する。しかしこの別離において本作は少し不思議(つまりSF)な道具を用いる。それは記憶の消去だ。2人はそれぞれ相手についての記憶の消去手術を受けた。
記憶という時空の前後も位置も曖昧な領域を、ジョエルがウディ・アレンの『アニー・ホール』よろしく縦横無尽に飛び回るような映像記述にはそれだけで一見の価値がある。
もはや場所も服装も髪型も不明瞭だけど、それでも強烈に浮かび上がってくる映像、言葉、交流。心の奥底にいつの間にか深く刻まれていたもの。ジョエルはそれらを追憶することを通じて、次第にクレメンタインとの思い出の代替不可能性を実感する。彼女の不在はもはや自己自身の不在にも等しいのだと、ようやくジョエルは気が付いたのだ。
紆余曲折を経てジョエルとクレメンタインは再び結ばれる。しかしそこには出会った当初のように熱烈で刹那的な恋の気配は存在しない。代わりにあるのは愛だ。両者の記憶の底で分かち難く結びついた相手の強烈なイメージが生み出した愛。そしてその愛は、凡庸や退屈や停滞をすべて優しく呑み込んでいく。
ありきたりな男女問題をひねって見せます
別れるとなると男の方がひきずるという話は聞いたことがある。思い出を消すには普通は手紙とか写真を燃やすとかなのだが脳科学で記憶消去なんて危ないプロットをよくも思いついたものです。
施術が上手く行ってしまえば話にならないので気を揉ませます。葛藤の様を脳内フラッシュバックのように見せることで二人の出会いから破局の一端が垣間見てくる仕掛けです。
恋愛初期はあばたもえくぼだが暮らしてみれば欠点も見えてくる、「オドオドした退屈な男」とか「尻軽女」とか侮蔑の毒舌が飛び交うが要するに熱が冷めたのだろう。
結婚するにあたって先輩から「夫婦喧嘩しても相手の親兄弟の悪口は出すなよ、それだけは修復し難いしこりを残すから・・」と言われたことがある。
精神カウンセラー好きのアメリカ人といっても脳施術は行き過ぎでしょう、性的虐待や暴力沙汰なら別ですが映画はよくある別れ話。
恋愛ドラマは数多出尽くした感があるのでひねりの効いたプロットにしたかったと言うのは解らないでもありませんがカットバックも時系列ではないし妙にループするので観ていて多少の混乱、同様は否めませんね。
そもそも粉を掛けてきたのはクレメンタインの方だし覇気のない男性と言うのは初めから分かっていた筈、そもそも合わない二人なのに破局、修復の繰り返し、途中からいじくり廻す意味が分からなくなって来ました。悲しい記憶を忘れるのではなく向き合うことも大事でしょう、中森明菜の「セカンド・ラブ」ではありませんが「恋も二度目なら、少しは上手に~♪」の歌詞が頭をよぎります。
SFっぽい
前知識なく見たので、最初はこれはSFかサスペンスものかと思ってしまった。ややこしい時系列と断片的な記憶の消滅シーン、クレメンタインの性格が気にいらず、映画の中に入り込むことができなかった。最後は一応ハッピーエンドのようではあるが、2人とも相手の嫌いな部分が心の片隅にあるみたいで、どうもしっくりこなかった。そもそも嫌いでなかったらなぜ記憶を消そうとしたのかが疑問である。結局そのことが最後のシーンでも出てきてしまったことも、ハッピーエンドとは言い難い一因だ。キルスティン・ダンストが綺麗だったので、そこだけは見る価値があった。
施術に行ったジム・キャリーが受付のキルスティン・ダンストに恋するストーリーだったら面白かったかかも。
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