劇場公開日 2025年12月19日

チャップリン : 映画評論・批評

2025年12月23日更新

2025年12月19日より角川シネマ有楽町ほかにてロードショー

偉大なる父を持った子息の愛憎と確執

スタンド・バイ・ミー」(1986)や「恋人たちの予感」(1989)のロブ・ライナー監督が刺殺された事件が衝撃的だったのは、彼の息子が容疑者として逮捕(本稿執筆時)されたことだった。犯行に及んだニック・ライナーを“脚本家”だと説明する記事を散見させたのは、彼が脚本を手がけた「ビーイング・チャーリー」(2015)という作品が存在することに起因する。この映画は自身の薬物依存症体験と父親との関係が基になっており、父・ロブによる監督作でもある。皮肉なことに、苦境にあった息子に父親が寄り添った果ての出来事だったのだ。本件は殺人にまで至った極端な例だが、カーク・ダグラスマイケル・ダグラスジョン・ヴォイトアンジェリーナ・ジョリーなど、ハリウッドでは偉大な父を持った子息・子女たちの確執と複雑な親子関係が語られる例が数多存在する。

サイレント映画時代に<喜劇王>と呼ばれたチャールズ・チャップリンの人生を描いた「チャップリン」(2024)は、チャップリン家が全面的に協力した初公認のドキュメンタリー映画。監督のカルメン・チャップリンはチャールズの孫娘にあたる人物だ。また、劇中の証言者として、チャールズと妻ウーナ(3番目の妻なのか、それとも4番目の妻なのかは本稿では問わない)の子息・子女たちが登場。その中でも、伝記映画「チャーリー(1992)」ではチャールズの母親であるハンナ役を演じた、第一子の俳優ジェラルディン・チャップリンが、最も成功した例として紹介されている。一方で、対照的な存在として作品の行方を牽引してゆくのが、第二子のマイケル。彼には偉大な父親との確執を綴った自伝本に対して、出版差し止め命令が出されたという過去がある。差し止めようとしたのは父・チャールズだった。

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チャールズ・チャップリンの人生を描いたドキュメンタリー作品もまた数多存在するが、今作が特異であるのは一族が公認した作品だという点だけではない。息子であるマイケル・チャップリンが抱えてきた父親に対する愛憎を作品の軸にすることで、“チャールズ・チャップリンを題材にしながらマイケル・チャップリンの人生を描いた作品”に仕上がっているのである。劇中では、チャールズにとって最後の監督・主演作となった「ニューヨークの王様」(1957)で共演した子供時代の姿を挿入し、(映像には残っていないはずの)親子による押し問答のメタファーとして機能させていたりもする。他方、親子の物語が紡がれてゆくこのドキュメンタリー映画は、チャールズのルーツに踏み込んでいる点も重要だ。かつて<放浪の民>と呼ばれたロマの血を引いているという、チャールズの(世間ではあまり知られていない)アイデンティティの在処を検証しているのである。それは、チャールズの一族が作品に関わっているからこそ為せた技だといえるだろう。

興味深いのは、チャールズが演じてきた<放浪紳士>というキャラクターの源泉に<放浪の民>であったロマが影響しているのではないかという見立てを、ライブラリー映像やチャップリン作品のフッテージを積み重ねることで、モンタージュを実践してみせている点。証言を連ねるだけでなく、視覚的にも説得力を与えている演出は見逃せない。奇しくも日本では先述の事件と同時期に劇場公開された「チャップリン」。監督のカルメンは、マイケル・チャップリンの娘にもあたる。つまり、著名人の2世の姿を慮った3世の視点で描かれていることも重要なのだ。他界したロブ・ライナーが「ミザリー」(1990)や「ア・フュー・グッドメン」(1992)など多ジャンルの作品を監督してきたのは、「オー!ゴッド」(1977)や「スティーヴ・マーティンの四つ数えろ」(1982)など、コメディ映画で名を馳せた偉大なる父カール・ライナーの存在に対する抗いであったのではないかと推察させる。それゆえ、3世の視点で製作された「チャップリン」を観ることで、否応なくライナー父子の悲劇にも思いを馳せてしまうのである。それは、父を殺めたニック・ライナーが自身を投影した劇中の人物名を、奇しくも“チャーリー”としていたから尚更なのだ。

松崎健夫

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