クラッシュ(2005) : インタビュー
70年代から数々のTVシリーズの脚本を手がけ、昨年のオスカー受賞作「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本家として一躍脚光を浴びたポール・ハギスが、監督デビュー作として作り上げた群像劇「クラッシュ」。ロサンゼルスを舞台に、貧困、人種問題などを絡めつつ人間の心を真摯に見つめた本作について、監督に語ってもらった。(聞き手:木村満里子)
ポール・ハギス監督インタビュー
「物語を頭で追うのではなく、心で感じてほしかった」
──緻密に計算された群像劇で、各エピソードが絶妙に交錯していて面白かったのですが、登場人物の背景は何の説明もないため、イラン人は頑固などと人種的偏見、誤解を招く恐れがあります。彼らがそんな人物になった理由を、観客自身に考えて欲しかったのでしょうか。
「確かにすごく危険な作り方だと思うし、悩んだよ。でも登場人物をありきたりの見方で簡単に判断することによって、物語が進んでそれぞれの人間像がゆっくり見え始めた時に、自分の先入観に居心地の悪さを感じて欲しかったんだ。差別ジョークで思わず笑った後に、背筋がヒヤリとして欲しかった。だからキャスティングも、観ている人の先入観を利用して、あれっと思うようなものにしたんだ」
──人種間の誤解だけでなく、親子や夫婦間の心の行き違いまで描いたことで、社会派映画ではなく、信頼も思いやりも人種ではなく人間同士の問題だというヒューマン・ドラマになりましたね。
「単に人種差別、人間の不寛容を扱うのであれば、ドキュメンタリーとして作る方が良いからね。人は皆、他人をあまりにも表面的に判断し、平気で厳しく批判しすぎる。その一方で自分のことは複雑な人間だと思い込み、様々な愚行を正当化しようとする。それが我々の人生にどんな影響を及ぼしているのか、人間らしく生きるために何を強いられているのか、そういったことを描きたかったんだ」
──思いやりも与えるだけではコミュニケーションは取れない、受け取る方の勇気も大切だと、ドン・チードルの優しさに気づかない母親や弟を見て感じました。
「家族でさえも簡単に相手を決めつけてしまうことを描きたかったんだけれど、そこまで深く考えていなかったな。ちょっと待って……(暫し沈黙)。うん、確かに! 思いやる気持ちは与えるだけでなく受け取る方もすごく大切だ。そう描かれていたなら嬉しいな」
──そんな風に後で意味を発見していくタイプなのですか?
「脚本は本能的に書いているから、後になって書いた意図を理解することが多いね。例えば車が燃えるシーン。パワフルなインパクトを持つ事も、非常にエモーショナルな強さを持つ事もわかっていたけれど、なぜあのシーンを書いたのか、書いた時にはわからなかった」
──では魔法のマントについては? 群像劇では各エピソードを結ぶ鍵が重要ですが、ここでは父親が幼い娘に聞かせる魔法のマントの話がすべてを結ぶ鍵になっています。なぜならそれは、信頼することで初めて見える透明のマントなのですから。
「それも後でわかった(笑)。なぜ魔法のマントの御伽噺なんだ!?って書いた後に随分考えて、ようやく信頼というキーワードを見つけて、ラストシーンにつなげたよ」
──そして魔法が奇跡を起こします。ラストは秀逸なのですが、そこに至るまでのミステリーが多すぎて、途中迷子になってしまいました。
「何かが起こっている真っただ中に、観客を何の説明もなく引っ張り込んでしまうからね。でもそれは、意図的に観客をオフバランス状態にしておくためだったんだ。物語についていけなくていい、映画の中のひとりになって、頭でなく心で感じてほしかった。面白かったと言われる映画ではなく、強く何かを感じて、その感情について誰かと話したいと思ってくれたなら、この映画は成功したと言えるね」