劇場公開日 2025年7月11日

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ザ・ウォーク 少女アマル、8000キロの旅 : 映画評論・批評

2025年7月8日更新

2025年7月11日よりアップリンク吉祥寺ほかにてロードショー

難民問題に切り込む若き女性監督の、力強く、叙情的で、示唆に富んだ映像の数々

本作は2023年の映画で、シリア難民の問題をテーマにした案件です。その後、ウクライナやガザなどでさらなる紛争が起き、今となってはシリアの件はやや古い話として忘れられがちな印象も受けます。

テーマとしてやや新鮮味を失っている感も覚えましたが、それでもこの映画を見ようと思った理由は、監督が気になったからでした。

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この映画の監督は、2019年製作の「ハニーランド 永遠の谷」のタマラ・コテフスカ。マケドニア出身の女性監督です。同作は、アカデミー賞で長編ドキュメンタリー部門と国際長編映画部門の2部門にノミネートされました。

「ハニーランド」は、バルカン半島の小さな村で、養蜂業を営む女性の素朴な生活に密着したドキュメンタリーです。山間の村の風景や、そこで慎ましく暮らす人々を切り取った映像が非常に美しい。見始めてすぐに「世界ふしぎ発見!」みたいな気分になった後、「クレイジージャーニー」的な展開に転じる映画で、個人的にはその年(2020年)のベストドキュメンタリーだと思った作品でした。

さて、本作はどうでしょうか? そもそも「ザ・ウォーク」というのは、「9歳のシリア難民の少女」という設定で「アマル」と名付けられた3.5メートルの人形が、世界中を歩いて旅をするというアートプロジェクト。エルサレム出身で、パレスチナ人の父とユダヤ人の母を持つアートディレクター、アミール・ニザール・ズアビが中心となって始めました。

EU諸国を中心に、17カ国、800キロを移動した、その行進(=The Walk)に帯同して、訪問先での人々とアマルの交流や、町の人たちのリアクションを記録したのがこの映画なのです。

「ハニーランド」でもそうでしたが、コテタフスカ監督の映し出す映像は力強く、叙情的で、しかも示唆に富んでいます。例えば本作では、鳩の群れが羽ばたく映像が繰り返し挿入され、映画のアクセントになっています。青空に羽ばたく鳩は自由の象徴なのか? それは、難民キャンプに暮らす人々の窮屈な暮らしとの対比を表しているのか? 見る者の感情の揺れを、さらに刺激するような挑発的なカットです。

また、行進する人形アマルは、訪問先で必ずしも歓迎されるわけではありません。都市によっては、あからさまな拒絶や排斥のリアクションに遭遇するケースもあります。十字架を持つ手を高く掲げ、アマルに向かって「恥を知れ!」と罵る群衆の姿は衝撃的です。難民問題が抱える非常に難しい側面を浮き彫りにしてみせる映画です。

タマラ・コテフスカ監督の手腕は、相変わらず見事でした。プロフィールを調べてみたら、1993年8月生まれ。まだ31歳なんですね。「ハニーランド」は、マケドニアの先輩監督リューボ・ステファノフと共同で監督した作品でしたが、今作は単独での監督作品。見事にひとり立ちしたコテフスカ監督の次回作が、すぐにでも見たいと思わせられる1本でした。

駒井尚文

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