劇場公開日 2025年5月9日

リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界 : 映画評論・批評

2025年5月6日更新

2025年5月9日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー

ミラーの眼差しを共有させる、ウィンスレットの名演が浮き彫りにする戦争の傷跡

マン・レイのミューズとしての見られる側から、自身もカメラを手にして見る側に転身し、第二次世界大戦が起きると報道写真家として名を馳せたリー・ミラーは、女性のエンパワーメントの草分けのような存在と言えるだろう。彼女に魅せられ、本作でプロデュースをも買って出たケイト・ウィンスレットも、そんな劇的な生涯を送ったミラーの人生がこれまで映画化されなかったことに驚きを感じたと語る。

しかしこの作品は、ミラーの華麗な生涯を追う伝記映画とは異なる。戦前に彼女を取り巻いていた華やかな芸術界から抜け出し、カメラを片手に戦地に赴いた彼女が、そこで何を見てどんな影響をもたらされたのか、その時代にフォーカスすることでミラーの人間性に迫るとともに、戦争が人間に与えた爪痕を浮き彫りにする。

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物語はある若いジャーナリストが、70歳を迎えたミラーに過去の体験を尋ねる回想形式で始まる。酒のグラスを手放さず、あきらかに過去のトラウマを引きずっている彼女の態度はつっけんどんだが、やがて少しずつ語り始める。南仏で芸術家仲間たちと気ままな別荘生活を楽しんでいたのも束の間、ヨーロッパが取り返しのつかない事態に追い込まれたこと、女は出入り禁止だった最前線に乗り込み戦争の現実をカメラに収めたこと、ドイツの敗戦とともにナチスの収容所を訪れ、悪臭を放つ死体の山を前に懸命にシャッターを切ったこと、ヒットラーの自宅の浴槽に浸って撮った有名な写真の誕生の経緯。しかしそれらの貴重な写真は英ヴォーグ編集長の「過去を忘れたがっている人々にショックを与える」という判断で掲載されず、激怒し大量の作品を屋根裏に封印したことなど。

これが初長編作となった監督のエレン・クラスはこれまで撮影監督だった(「エターナル・サンシャイン」など)だけに、ミラーの写真を要所要所で紹介しながらカメラマンとしての彼女の眼差しを丁寧に掬い取る。

だが、本作に血肉を与えているのはなんといってもウィンスレットの溢れんばかりのエネルギーだ。奔放な人生を謳歌してきた彼女がなぜ戦場に出向いたのか、なぜ身も心も危険に晒すほど使命感に駆られたのか。それらは言葉で説明されることなく、ただ彼女の行動、シャッターを押しまくる姿により表現される。

ウィンスレットは、「ミラーが使用したカメラはローライフレックスで、それはいまのカメラと異なり上から覗くもの。つまり被写体と彼女の間にカメラが入ることなく空気を共有していたことが、大事な要素としてあったのではないか」と語っている。そんな深い分析を経て、たぐいまれな演技力により、振り子のように世界の光から闇に振れたミラーの人生を体現する。

ラストの発見に至るまで、我々は2時間、彼女のエモーションの旅を体験するのである。

佐藤久理子

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