シネマ歌舞伎 歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼 幸四郎版のレビュー・感想・評価
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朧の森は、人を試す
ライは、英雄でも被害者でもない。
嘘と欲だけを武器に、自分から地獄に踏み込んでいく人間だ。
彼が出会う朧の森は、救いも罰も与えない。
人間の望みを嗅ぎ分け、その選択を最後まで見届ける場所として存在している。
国王になる代わりに命を差し出すという取引は、予言ではなく、ライ自身が選び取った自己決定の地獄だ。
物語の骨格には、明確に マクベス がある。
森で出会うオボロ(魔女)たちは未来を決定する存在ではなく、ライの内側にある欲を言語化する鏡にすぎない。
これは予言に導かれる悲劇ではなく、欲を自覚した人間が、自分で破滅を選び続ける物語として描かれている。
この作品は、善と悪の対立では成立しない。
ライの嘘を見抜き、正義の立場からそれを暴こうとするのが、エイアン国四天王のひとり・サダミツである。
だが彼は、ライの策略によって逆に陥れられ、命を落とす。
それは正義の敗北というより、欲の露呈に近い。
嘘を自覚して踏み越えるライと、正義の名のもとに欲を隠すサダミツ。
二人は長く描かれるわけではないが、鬼と正義が地続きであることを一瞬で示す存在として配置されている。
この構造をさらに際立たせているのが、ライとサダミツをダブルキャストで配する演出だ。
誰が鬼になり、誰が裁く側に立つのかは固定された本質ではなく、選択の違いにすぎない。
その中で、今回ライを演じた 松本幸四郎 の存在が、強く印象に残った。
端正な美しさの奥に骨太さと厚みがあり、登場した瞬間から舞台を支配する。
物語を通してその圧は緩むことなく、最後まで凄絶で圧倒的な存在感として在り続けていた。
ライという人物の行き着く先が、その身体そのものによって示されていた。
中村時蔵のツナ将軍の存在も、この世界に深い陰影を与えている。
女でありながら将として立ち、秩序を体現する彼女は、一人の人間として揺れる存在でもある。
一時はライの才覚や強さに心を動かされながらも、自身の立場と感情の狭間で煩悶する。
しかし最終的に彼女を突き動かすのは、夫への愛だ。
裏切りによって夫を失ったツナは、ライを憎み、復讐を誓う。
その怒りは正義でも義務でもなく、愛ゆえの感情であり、だからこそ彼女の決断には迷いと痛みが伴う。
そして、物語を最終的に締めるのが尾上右近のキンタである。
無垢で一途であるがゆえに、最後に見せる強さが際立つ。
キンタは、恨みからライを殺すのではない。
罰するためでも裁くためでもなく、解放してあげるために剣を振るう。
人間であることを降り、「森になる」ことを選んだライを、これ以上苦しませないための行為として、その最期は描かれている。
長尺で情報量も多く、一度ですべてを掴むのは難しい。
だがこの作品は、理解するより先に、ざらりとした感触を身体に残す。
物語を「分かる」ための映画ではなく、森に入り、その湿気を持ち帰るための作品だった。
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