「素晴らしかった」果てしなきスカーレット メガネさんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしかった
現実主義者と理想主義者の相互理解により自己理解が深まっていく、といった表現が心に響いた。
部分的には仏教的であり、憎しみという「執着」から解き放たれるお話だった。
日中関係に亀裂が生じている中、この映画が公開されたことは運命的でもあり、タイミングが悪かったとも受け取れるが、このタイミングだからこそ、細田監督は「持ってる人」だなと私は思う。
扱いが難しく、でも今世界的に大切ではないかと思われるテーマをご自身の言葉で正直に描いているのも素晴らしい。傑作だと思う。
作中何度も登場する竜は「天罰」を与える神様のような存在ではないと思う。
憎しみや怒りを抱えたまま生きた人間は新たな憎しみを呼び、そのループの中に彷徨い続ける。
竜はそのような「終わらない悪意や怨恨」を象徴した存在であるように思う。
少し突飛な想像かもしれないが鳥の集合体として描かれる竜は、鳥をシンボルマークとしているTwitter(SNSに渦巻く悪意)のメタファーのようにも解釈できる。
クローディアスは天罰をくだされたというよりは、悪意を肯定し尊重することで悪意を呼び込んだように見えた。
悪意を自分の原動力として動く集団に取り込まれてしまったような印象を受けた。
竜が現れるタイミングには決まりがあるようで、人が人から悪意を持って何かを奪う瞬間に現れる。
聖が終盤で矢を放ち相手の命を奪ったシーンが肯定され竜が現れないのには意味があると思う。
大切な人を守るために戦う行為は作中否定されていないということだと解釈している。
むしろ、力とは「大切な人を守るために使う」ものだと。
道中でキャラバンの女性から譲り受けた楽器を売り弓具に買い替えるシーンがあるが、
険しい道中を覚悟し、大切な人を守るために戦う覚悟を持った瞬間を描いていたのかと想像する。
聖は通り魔に刺されてしまった時に、意識が薄れていく中で、守りたい人(子供たち)を守れたのか
判別できない状況を後悔したのだろう。
老婆に「お前がここにいる意味は何だ?」と問われ、強く「守りたかった」と思ったのではないか。
聖はあの場面でやっと自分が「死んでいた」ことに気付いたと思う。
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