「蝶に想う」異端者の家 SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
蝶に想う
面白かった。ただし、この映画は宗教にあまり関心のない人にとっては、完成度の高くないサイコスリラーのように思えただろうと思う。
実在の宗教団体である末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)を出しているのは、監督が「そうでなければ描けないテーマ」のためだと思う。
モルモン教というのはキリスト教系の新宗教の1つで、創始者であるジョセフ・スミス・ジュニアが1820年ごろに起こした宗派。独特なのは、カトリックなどが用いている聖書のほかに、ジョセフが神の啓示により発見したとされるモルモン書を使用している点。日本でも二人組で自転車に乗って布教活動している姿をよく見る。
宗派の特徴として、排他性が強い(自分たち以外の宗教を間違っているという信念を持つ)、根本主義的である(モルモン書を神の言葉とし、真実のよりどころとする)、伝道活動に熱心である、という点がある。キリスト教の各宗派はそもそもこれらの性格が強い宗教だが、モルモン教は特にこれらの傾向が強いと思う。
wikipediaによると、全世界で1700万人の会員がおり、キリスト教の教派としては米国で4番目に大きいらしい。政治にも大きな影響力を持つ。
映画の冒頭の「飲み物」「一夫多妻制」「モルモン教の由来」のやりとりは、たぶんアメリカでは「あるある」の議論で面白く観れるところなんだろう。
リードがねちっこく、やや茶化してモルモン教の奇異に見える点、教義の矛盾点を遠回しに指摘するのに対して、バーンズが(相手への嫌悪をおさえつつ)できるだけ誠実に答えようとする、というやりとりは、実際の伝道の現場でよくある光景なのだろうな、と想像できる。
この映画の登場人物である3人はそれぞれ異なる信仰への背景を持つ。
シスター・パクストン
いわゆる宗教二世で、信仰にさほど疑問を持たず、無邪気に布教活動を行っている。良くも悪くも信仰に対する葛藤がなく、深く考えていない。布教活動をまさにセールスのように考えている。
リードの示す「信仰」「不信仰」の扉で、安易に「不信仰」を選んでしまったのは、信仰に対する自分自身の信念を持っていないことを表している。
終盤では、自分の意志で選択したように見えて、実は他人の意志で選択させられている(自分は信仰によって支配されていた)、ということを自覚する。
シスター・バーンズ
親の改宗により信仰の道に入った。熱心で真面目な信仰者だが、その裏には信仰への葛藤があった。信仰への迷いがあったからこそ、それを打ち消すために熱心だった、ともいえる。
リードがトリックによって死者の復活の奇跡を見せたとき、バーンズは「これは単なる臨死体験であり、奇跡とは違う」と反論した。この反論は実は彼女自身の不信心を告白した(自覚した)瞬間でもあった。
彼女が冒頭のリードの宗教批判に対して論理の穴を指摘できたのも、彼女自身がそうした信仰への疑いに対して、以前から自問自答していたから、とも考えられる。
ミスター・リード
おそらくはもともとは熱心な信仰者で、「真実」をクソ真面目に追ううちに、「神はいない」「宗教は単なる支配のシステムに過ぎない」という結論に至り、闇落ちした。神に反抗して地獄に落ちた堕天使の絵が彼を象徴的に表している。神を熱烈に求めながらも、神はいないと絶望している、というゆがんだ精神をもっている。
「信仰」「不信仰」の扉は、どちらも正解ではない。これは、「信仰」の道に進んでも、「不信仰」の道に進んでも、どちらも地獄だと彼が考えている、ということ。
彼は、「熱心な信仰者」を支配することで、「神はいない」こ証明しようとすると同時に、その試みを打ち砕いてほしい(神がいると証明してほしい)と考えているのではないか。
映画の最後で、シスター・パクストンは祈りの効果は無い、と分かっていながら、祈りをささげる。この彼女の態度こそが信仰の本質ではないかと思わされる。
パクストンの手にとまった蝶が、次の瞬間に消えたのは、いろいろな解釈がありうる。蝶は、バーンズが「死んだあと蝶として戻ったとき、自分だと分かるように手に止まる」と語っていたこともあるが、リードの語っていた「胡蝶の夢」も連想させる。
この映画では、リードによって何度も「二者択一」の選択を要求される。「信仰」「不信仰」の扉もそうだが、シスターたちがリードに会った瞬間から、常にリードに「どちらを選ぶ?」と聞かれている。「胡蝶の夢」の話も、「現実」か「非現実」か?
リードは、「どちらを選ぶか人間にゆだねられていること」が自由意志ということだが、実は真の自由意志というものは存在せず、「どちらを選んでも実はそれは選ばされている」、という主張なのだと思う。
蝶がバーンズの魂か、そうでないか。それを考えるとき、はっと気づく。それをはっきりさせる必要があるのだろうか?ということに。二者択一を考えることが無意味なこともあるし、ときに有害なこともある。
共感ありがとうございます。私はヒュー・グラント演ずるMr.リードの「異端者」というよりサイコキラーとして底が割れてしまっているところに目がいってましたが、確かに貴レビューの通り、2人のシスターの宗教観と選択に注目すべき作品なんでしょうね。もう一回観てみようかと思いました。
ノーキッキングと申します。
そんなに宗教色がつよいでしょうか?米現政権下で増長している福音派ですが、宗教が社会の分断を煽るとして反撥も強いので、映画の興行収入面における保険会社(ストーリーを変える権限を持つ)の示唆は、“宗教は揶揄する程度にしろ“というものです。たしかにモ教は9ランクも天国を設けていたりする異端です。しかし、あくまで興収を得るためのエンタメが其れ等を過激にディするのはありえません。ここは、穿つた見方をせずに、『ヒュー・グラント主演』のスリラーという文脈で理解すべきかと思います。
こんばんは。
いつにもまして鋭いご指摘のレビュー拝読m(__)m
特にシスター2人の信仰への背景についての解説が素晴らしいです。
バーンズがリードの宗教批判に対して論理の穴を指摘出来たのは、彼女自身が信仰への疑いに対して以前から自問自答していたから!!!
その通りだと思いました。
そここそバーンズという人物を形成している大きな軸に違いありません。
いや〜参りました!
本作好みの作品でしたが、より一層思い入れが深くなりました!
こんなに納得させられたら、
SP Hitoshi教の信者になりそうですw
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。