劇場公開日 2025年4月25日

「意思決定を相手に委ね、それでも支配するーー恐怖の前半が秀逸」異端者の家 ノンタさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0意思決定を相手に委ね、それでも支配するーー恐怖の前半が秀逸

2025年4月27日
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鑑賞方法:映画館

怖い

知的

何となく観に来たが、オープニングクレジットでA24制作と知り、期待が高まった。予告編では無邪気な若い女性が監禁されるホラー映画であることしかわからなかったけれど、実際に観ると、そうでありながら、そうではなかった。

ホラー映画らしい怖さの演出は控えめ。しかし、暴力性を排除し、100%相手の判断を尊重しつつ、いつのまにか相手の主体性を乗っ取る知性的な対話の怖さが際立つ。
自我の未熟な人物に、宗教や思想が入り込んでしまう怖さでもあるし、なんか現代の企業組織でもコーチングや1on1とも相似形でもあると感じた。なんかおかしいなと思いつつ、自分の考えを問われて答えているうちに何か最初思ってたのと違ったところに立ってしまっている、そんな違和感を感じたことがある人なら共感して怖がれる映画ではないか。

主人公の二人は、キリスト教系の宗教が多様に存在するアメリカで、ある宗教団体の勧誘活動をしている。ノルマがあるのかはわからないが、勧誘活動に一生懸命取り組むことが良きことであると内在化されている。
その二人が訪れたのは、一神教について深く研究し、自ら宗教論を組み立てた中年男性の家だった。
村上春樹の「1Q84」ではNHKの集金人の姿で、現代の企業活動の潜在的暴力性が描かれていたけれど、この映画ではそうした暴力性に無自覚な勧誘者が、、逆に思想戦に巻き込まれて報復される流れになっていく。

ヒューグラント演じる最初は凡庸で気のいい中年男性に見える人物が、宗教が持つ共通性や矛盾を、論理的に、かつ冷静に語りながら、二人を精神的に追い込んでいく。
しかし、その語り口は終始暴力的ではなく、オープンクエスチョンを使い、相手の自由意思を尊重しながら進められる。それでも会話が進むごとに、明確な力関係が浮かび上がってくる。知識量や意識レベルの圧倒的な差、そして自己著述的な思考の有無が、じわじわと二人を追い詰めていく。

この前半が圧倒的に面白かった。だが、日本では宗教に関心を持つ人が少ないこともあり、この面白さに気づかない観客も多いかもしれない。
後半では、この前半の構図が具体的なアクションとなって展開される。ホラー映画としての展開ではあるが、むしろ前半の精神的な支配構造の方が、個人的には強く印象に残った。

ヒュー・グラント演じる男の姿は、自分自身を見るようで、嫌悪感も感じてしまった。彼は終始フランクに、オープンに、相手を尊重して会話を進める。しかし、これまで積み上げた経験と考察の量が違うため、たとえ対等に話そうとしても、力関係は自然と浮かび上がってしまう。これは何ハラスメントと言えばいいのだろうか。
いまの自分も、会社でかなり遠慮しながら意見を述べ、フィードバックを一つの提案として差し出しているが、それでも支配的な構造を生み出してしまうことを恐れ、距離を取ろうとすることがある。しかも今の若者は自己成長に貪欲であり、フィードバックをしないこともまたハラスメントになり得る。どうしたらいいのか、本当に難しい。

話がそれたけれど、この作品は知的な暴力とリアルな暴力、両方をバランスよく描き、A24ならではの多重的な引用を織り交ぜた、非常に知的で面白いホラー映画だった。単なるジャンル映画として消費するには、あまりにも惜しい一作だと思う。

ノンタ
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