遺書、公開。

劇場公開日:2025年1月31日

遺書、公開。

解説・あらすじ

ダンス&ボーカルグループ「THE RAMPAGE from EXILE TRIBE」の吉野北人が主演を務め、陽東太郎による同名コミックを実写映画化した学園ミステリー。

新学期の春、私立灰嶺学園の2年D組に、生徒24人と担任教師をあわせた全員の明確な順位を記した「序列」が届けられる。犯人がわからないまま半年が過ぎたある日、誰もが羨む人気者だった序列1位の姫山椿が、校内で謎の死を遂げる。数日後、クラスの全員に姫山から遺書が届いたことをきっかけに、彼らのドス黒い本性が次々とあぶりだされていく。

主人公・池永柊夜を吉野が演じ、クラスメイト役には「恋わずらいのエリー」の宮世琉弥、「かそけきサンカヨウ」の志田彩良、男性アイドルグループ「IMP.」の松井奏、「ベイビーわるきゅーれ」シリーズの髙石あかり、元「乃木坂46」の堀未央奈ら注目の若手キャストが集結。「リリイ・シュシュのすべて」の忍成修吾が担任教師を演じた。「東京リベンジャーズ」シリーズの英勉監督がメガホンをとり、Netflixドラマ「極悪女王」の鈴木おさむが脚本を担当。

2025年製作/119分/PG12/日本
配給:松竹
劇場公開日:2025年1月31日

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(C)2024 映画「遺書、公開。」製作委員会 (C)陽東太郎/SQUARE ENIX

映画レビュー

5.0 ナイスなウィット

2026年2月7日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

遺書、公開。――誰が「意味」を所有するのか

『遺書、公開。』という作品の構造は、きわめて明快だ。真相が提示され、それが否定され、さらに上書きされていく。「真相の真相の、そのまた真相」この入れ子構造こそが、この物語の娯楽性であり、同時に不穏さの正体でもある。

そして物語は、最終的にある一人の視点へと回収される。廿日市一人による、妄想的とも言える「俯瞰」。彼女の語りは論理的で、観察は鋭く、整合性も高い。だからこそ観客は、一度そこに身を委ねてしまう。

だが、この「俯瞰」こそが最も疑われるべきものだった。

廿日市は、人間観察を趣味とする。姫山のネット日記の、ほぼ唯一の読者であり、唯一の反応者。姫山の姉の自殺という、誰も知らない過去を知っていた人物でもある。

彼女は読む。姫山の自殺の原因を、「姉への自責の念」「序列社会の圧力」「他者との関係性」そうした要素の束として読み解き、そこに到達した自分を誇る。

しかし、その考察には決定的な欠落がある。それは 他者の感情を引き受けていない という一点だ。

廿日市は、人を理解しようとしていない。人を「配置」し、「序列化」し、「説明可能な存在」に変換しているだけだ。

それを浮かび上がらせるのが、池永という存在である。

「好きというより、守ってあげたかった」

この一言は、恋愛感情の否定ではない。廿日市の価値観――人は欲望や理由で動くという前提そのものへの、静かな異議申し立てだ。

池永は、真相に辿り着けなかったのではない。辿り着くことを選ばなかった だけだ。

見抜いたうえで踏み込まない。理解できるからこそ、説明しない。その態度は、廿日市には「お人よし」に見える。だが実際には、物語の中で唯一、他者の領域を侵さなかった人物でもある。

姫山の自殺について考えるとき、象徴的なのは赤い首吊り紐だ。

赤。それは直接的に「赤崎」という存在を想起させる。他の解釈を拒むほどに、単純で、残酷な色だ。

姫山の自殺には、確かに多くの要因があっただろう。姉の死、クラスの空気、序列、孤立。だが自殺とは、理由の総和ではない。

最後に、どうしても耐えられなかった「一点」。高校生の心は、大人びて見えても、決定的な瞬間では驚くほど無垢だ。姫山にとって赤崎は、最後の砦だったのかもしれない。それが崩れた夏から、死に至るまでの数か月。彼女は思考を重ね、感情を整理し、やがて「自殺」という選択肢に辿り着いた。それ以上でも、それ以下でもない。

この単純さを、廿日市の考察は回収しきれていない。

廿日市は、姫山を「1位」に仕立て上げた。すべてにおいて1位と無縁だった姫山を、序列の頂点に置く。それは人間観察者として、これ以上ない実験だっただろう。

だが、この実験は決定的に破綻している。姫山自身は、一度も「1位として生きていない」。

見られること。語られること。意味づけられること。それ自体が、彼女にとっては負荷だった可能性が高い。

廿日市の実験は、被験者が同意していない実験 だった。

物語の終盤、明らかになるのは、「遺書」の差出人が廿日市だったという事実だ。

これは懺悔ではない。告白でもない。

これは、物語を完全に自分のものにするための最終操作だ。

姫山の死。クラスの罪。他者の感情。それらすべてを「語れる側」に回収し、意味づける行為。

だからこそ、あの廿日市の最後のナレーションは背筋が寒くなる。人が死んだ理由を、物語として完成させられてしまう人間の冷たさが、そこにある。

アンジェラ・アキの「手紙」が恣意的に響くのも、偶然ではない。あれは鎮魂ではなく、演出としての感情 だからだ。

この作品が本当に突きつけてくる問いは、こうだ。

誰が、死んだ人の意味を決めていいのか。

真相は解ける。だが、真意は解けない。

廿日市は真相を暴いたのではない。真相を所有しただけ なのだ。

池永は何も解かなかった。だが唯一、踏み越えなかった。

最後に示される「新序列」は、社会が変わらないという皮肉ではない。解釈の暴力が、形を変えて続いていくこと への警告だ。

『遺書、公開。』は、自殺の理由を描いた物語ではない。他人の死を「理解したつもりになる人間」を描いた、冷酷な寓話である。

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R41

3.5 まぁまぁおもしろい

2026年2月7日
iPhoneアプリから投稿
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Norman

3.0 現代の高校生について

2026年2月6日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD
ネタバレ! クリックして本文を読む
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にあ

3.0 いや、人間なんだから悪口言うのフツーでしょ

2026年2月4日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD

怖い

知的

人の裏を読むって、答え合わせしちゃうとホント怖い!
学生だろうが、社会人だろうが、あらゆる所に歪みが有るものだ…。

序盤、ちょっとダルさを感じたが、皆んなの闇が濃くなるに連れ、目が離さなくなっていった。
総合的に演技力も高く、相当不氣味!
劇場だともっと愉しめたかな?と少し後悔。

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奇妙鳥