どうすればよかったか?のレビュー・感想・評価
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家族の在り方
映画の冒頭で、これは統合失調症についてのドキュメンタリーではないという旨のテロップが出る。観終わってみると、なるほどと思った。確かにこれは病気についての映画ではない。むしろ病気に対応する周囲の家族についての映画だと思った。
極めて個人的なドキュメンタリーである。にも関わらずこちら側に鋭く突き刺さってきた。それは、この映画が”家族”のあり方というものについて問うているような気がしたからである。
もし、家族の誰かが身体的、精神的に弱っていたら、自分は上手くフォローすることができるだろうか?家族同士できちんと話し合って解決できるだろうか?そんなことを考えさせられた。これは介護の問題にも置き換えられかもしれない。あるいは、子育ての問題に置き換えることもできるかもしれない。
ラストにタイトルの「どうすればよかったか?」という問いが監督から投げかけられる。これは観客に向けた言葉ではない。しかし、まるで自分に言われているような気がした。そして、観終わった今でもその答えを出せないでいる。
ただ、一つ確実に言えるのは、この家族のように「どうすればよかったか?」という後悔だけはしたくないということである。
それにしても、観ている最中は、両親のことが腹立たしくてならなかった。この両親は共に医学研究者で、かなりのインテリである。そんな両親の影響で姉も医学の道を目指した。しかし、思うようにいかず挫折をしてしまう。姉は間違いなく両親のプレッシャーに圧し潰されてしまったのだと思う。
更に、最悪なことに両親は病気が悪化する姉を周囲に相談することもせず部屋に閉じ込めてしまった。この罪は非常に大きい。きちんとそれ相応の対処をしていれば、姉の人生はもっと違うものになっていただろう。姉は完全にこの両親のエゴの犠牲になってしまったのだと思う。
そんな姉のことを唯一理解し、傍に寄り添ってくれるのが、カメラを持った弟=監督である。彼の姉に対する語り掛けは非常に優しい。自分だけは味方だと励まし、常に気遣い、愛情を示し続ける。
しかし、映画を観終わる頃には、彼の言動もどこか悍ましいものに感じられた。実は、この監督も両親と大して変わらないのではないか…という気がしたのだ。
姉の病状が発症したのは約40年前。その時まだ学生だった監督は実家で一緒に暮らしていた。しかし、卒業と同時に家を出て一人暮らしを始めた。そして、映画学校に入ってこのドキュメンタリーの製作をスタートさせたと言う。その間、彼は姉を入院させるよう両親に何度も説得している。しかし、聞き入れてらえず、淡々とカメラを回し続けたのである。
本当に姉のことを思うのであれば、強引にでも彼が病院に連れていくべきだったのではないだろうか。しかし、彼は映画を撮ることを優先させてしまった。
ドキュメンタリーは常に真実を伝えているとは限らない。そこには必ず作り手の恣意的な視点が入るからである。
本作を観る限り、両親が姉を追い詰めたように見える。しかし、その傍で弟である監督は一体何をしていたのかというと、それを撮影していたのである。そのことについて、この監督はどう考えているのだろうか。弟としてよりも作家としてのエゴが勝ってしまった…ということなのだろうか。
受診して合う薬が見つかって三か月後に退院し、様子が変わった姉の姿を...
凄い映画
とある家族の記録
障害者施設の職員をしています。
この作品はある程度、統合失調症というものをわかっていたりそういった人に関わっている方向けな作品なのかなと思いました。
特に冒頭のシーンは普段こういった方に接してない方には衝撃的なものであるかと思います。
内容としては医師夫婦の優秀な娘として育ってきたのが大学生の頃には発病。しかし両親は精神科の治療を受けさせず、息子には知り合いの精神科医からは精神的な病ではないと診断されたと話し、その後20年以上ほど自宅で軟禁状態になります。そのことに疑問を抱き続けた息子がある時からその家族の様子をビデオカメラで記録し続けていきます。そのようすを辿っていくのが今作品です。
ここからは私の感じたことを。
彼女が発病したのは1980年代。まだ統合失調症が精神分裂病と呼ばれていた時代。私も子供の頃から聞いたことのある病名でした。
この頃のこの病気に対するイメージはあくまで自分の育ってきた環境での認識になりますが、いわゆる「キ◯ガイ」でした。
おそらくこういった時代背景もあり、この両親は自分の娘がそんな病気になるはずがないという認めたくない面と、医師であるが故の外に知られたくないという世間体を気にしたプライドの高さのようなものがあったのだと思います。
息子の家族へのインタビューのなかで見えたのは父は頑なに精神科につなぐことを拒否し、母は精神科に繋いだ方がいいのではと思いつつも父がそう思ってないので父の意思を尊重するといった部分。母は作中の途中で他界するため本心を聞けずにこの世を去りますが父が直近のインタビューでは娘のことを統合失調症だと思ってはいたとぼそっと言うシーンもあり、また精神科につながなかったのは母が統合失調症を認めたくなかったんだというような言い分を話しています。この辺りは母からの話が聞けなくなった現状ではこの夫婦のその当時の本音ははっきりとはしませんがおそらくは夫婦2人とも娘の病気を認めたくなかったという思いがあったのは間違いないと思います。
発病から25年ほど経った頃、母が認知症になってきたことによりついに娘を精神科に入院させることを父も承諾します。
そしてたった3ヶ月の入院で娘の様子は全く違うものになります。
精神科につなぐまでは弟に全く話そうとしなかったのが口を聞くようになります。
またその内容も以前まではいわゆる妄想的な意味不明なことをマシンガントークのように放つ感じでしたが会話が成り立つような内容に変化しています。
そして何よりこの作品の中で大きな象徴だと感じたところですが姉が弟のカメラに向かってピースをするのです。私はこの場面がとにかく印象的でした。
そこから彼女の生活は変わっていきます。
軟禁状態で外に出れなかった生活が弟と父と外に出かけたり、料理をして洗い物をするようにもなります。
しかしそんな中、彼女は肺がんのステージ4となってしまいます。
弟はできるだけ姉の希望に寄り添っていろんなところに出かけたりクリスマスにケーキを食べたり家族で過ごす時間をたくさん作ります。
残念ながらそこから数年後に彼女は亡くなりますが、最後は幸せな時間をたくさん過ごせたのではないかと思います。
しかしその反面、もっと早くこのような時間を過ごせたのではないかとも感じます。
それでも父親は後半の直近のインタビューでも自分の子育ては間違っていなかったと話していて、そのプライドの高さというか、何もわかってないのか私は正直イラっとしました。
この作品は冒頭にも出てくるように
統合失調症を理解したり知るためのものではないと思います。
とある家族の記録を見ていく作品です。
これを見て何を感じるかは人それぞれかと思います。様々なドキュメンタリー作品がある中でもだいぶ見応えのある作品ではあるのでぜひ多くの方に見ていただきたい作品ではありますが、妄想状態の発作のところの発狂なんかはなかなか衝撃的なシーンでもあるためその辺りは鑑賞注意です。
時代動向の考慮と家族の承諾
監督としては、両親による姉の軟禁を座敷牢と同様に、人権侵害とみなしているように感じられた。母親は父親の方針を擁護し、監督の勧めに耳を貸さなかった。母親の正義が、認知症によって揺らぎ、亡くなってから、ようやく父親が監督の話にも耳を貸すようになった。しかし、亡くなった母親に責任転嫁しているようにもみえた。ただ、監督が父親に配慮したように、1980年代の精神科病院は、適切な治療を行わない傾向にあり、そこから守ろうとした趣旨も感じられる。私自身も、1990年代に関わっていたボランティア仲間内で統合失調症発症者が出たとき、受診を主張した仲間に対して、反対した経験があるので、両親の対応を全面非難できないところがある。やはり、その時代の専門分野の動向にも敏感に対応して考え直す必要はあるだろう。
家族の恥部を暴露するような作品の制作公開に関して、父親の承諾を得られたことが救いである。『アヒルの子』を公開した小野さやか監督が、撮影対象であった家族と訣別せざるを得なかったという告白とは対照的である。私自身も、家族の内情公開に関して家族の承諾を受けることに困難を感じていて、深く敬意を表したい。
精神疾患の現実を目の当たりにする鑑賞体験
精神疾患の疑いがある人を病院につれていくのに障壁となるのは本人の同意だ。同意なしに通院させたとしてもトラブルの元だし症状が改善しづらいらしい。でも家族が病院に連れていくという強く決心しないと始まらないケースもあると思う。
本作は統合失調症の疑いがある姉と、彼女を通院させないでいる両親を記録したドキュメンタリー。冒頭で聞こえてくる姉の音声でまずギョッとさせられる。何を言っているのか意味不明だし、家族であろうと敵意をむき出しにするその声は相当のインパクトだ。
その後の映像は、最初に統合失調症と疑われる症状が出てから10年以上経ってからのもの。若干朦朧としながら弟や両親の問いかけに反応する(もしくは無反応な)姉の姿は、通常の社会復帰が難しいと感じさせるのに十分だ。その後、撮影者である弟の行動と両親の対応は、統合失調症という病を抱える者の家族が抱える問題の奥深さを考えさせられるものだった。
何が正解だったのかはわからない。あの両親の対応が間違っている!と言い切ることもできない。監督である弟さんも正解をつかんでいるわけではない。彼らの両親に、あの対応でよかったのか?と確認し、間違っていたかもしれないという言葉を聞きたいだけなのかもしれない。そりゃそうだ。人生とは多かれ少なかれ、もっと他の方法があったんじゃないかと悩むものだから。悩みながら決断してきたことを共有したかったんじゃないか。両親の対応を責め立てる目的の映画ではない。たぶんそうなんだろう。ただ、自分たちの対応を間違っていなかったと言い切れるあの父親の感覚が明らかにおかしいことだけはわかる。それだけでも本作の目的を一つ達成しているのかもしれない。
あの家族の抱えてきたことの重さを考えるととてもつらくなる。でも、同時にここから目を逸らしてはいけないなとも感じる。観た人がそれぞれ感じるものが多い映画だったと思う。とても稀有な映画だ。万人には勧められないが、多くのことを考えさせられる人も多いはずだ。
ピースサイン
家族という呪縛が視界を曇らせる
東京での公開から1ヶ月以上が経過し、名古屋でも年末から一館だけだが上映スタート。
1月13日時点でまだ劇場は満席(増補席で対応中)という人気ぶり。
こういう家族モノの作品はすごく苦手な私。
どんなコミュニティより「家族」こそが地獄たと思っているからだ。
作品中でも、この『家』という小さな宇宙に、独立して存在する法(「法律」というより「物理法則」に近い)によって、客観的に見れば明らかに「(姉は)専門的な医療を受けるべき」だと子供でも分かることが否定され続け、25年という途方もない時間が経過してしまう。
父も母も、監督である弟も、姉への対応を通して「何かを守りたい」と思っている。一人として家族の誰かを傷付けたい・悲しませたいなどとは思っていないのに、結果はひどく皮肉なものになる。
誤解を恐れず言うなら、私がこの家族にとって最も不幸なことがあるとすれば、
「治療・投薬を受ければ、あっという間に症状が改善する、という事実を知ってしまったこと」だと思う。
身体に合う薬が見つかり、普通の会話どころか、簡単な家事もできるようになる。
カメラに向けたぎこちないピースや、おどけたポーズは、おそらく監督が幼い頃に見ていた優しい姉の姿を十分過ぎるほどに思い出させたに違いない。
我々から見ても、チャーミングな人だったことがうかがい知れるくらいだから。
決してこの家族は崩壊していたワケではない。おそらく父も母も彼女のことを諦めてはいない。
姉の症状が良くない中でも、母親の喜寿を祝い、家族で誕生日やクリスマスを祝っていたことからも、彼女を家族の一員として大切にしていたことがよく解る。
だからこそ
彼女が自分のために使えたはずの25年間を悔やみ、症状の寛解と同時にやってくる次の病魔に愕然としてしまう。
「もっと早く治療を受けていれば」
もしかすると、母親の認知症は姉の介護に起因していたかも知れない。
「もっと早く治療を受けていれば」
もちろん、医療は長年の進歩に依存していて、25年前の医療ですぐ改善したとは限らないし、「タラ・レバ」は不毛だ。
家族が崩壊しなかったのも、「絆」などといったものではなく、靴紐やレジ袋など、玄関にあったものでとりあえず繋ぎ止めた様な、あの程度の脆弱なものだったかも知れない。
専門医療を受けさせなかったことについて、母の言う「(姉を医者に見せたら)パパは死ぬぞ」も、父の言う「ママが隠したがったから」も、嘘かも知れないし本当かも知れない。
カメラの前では誰でも無意識に何かを演じてしまう。
でも、経過した25年だけは現実。
エンドロールの後に添えられた、家の前まで出て、ダブルピースで車を見送ってくれた姉の姿。
「ドキュメンタリー」といったって、編集された時点で恣意性を強く持つものだ。
監督はど真ん中の当事者であり、起きた現実を客観的に評価することなんかできるワケがない。
監督は早く医者に診て欲しかった。
おそらく、カメラの回っていないところで、必死で親の説得もしてたんじゃないかな。
でも、それは叶わなかった。
「どうすればよかったか」
姉への対応は誤っていた、という前提で問いかけた監督に父親は「あれで良かったんだ」「後悔はない」と答えた。
これも彼の本音かどうかは分からないが、彼には彼の「正しさ」が存在する。
第三者である我々の誰もがこの件については答えを持っている「どうすればよかったか」という問題について、その問いそのものが意味を持たない世界。それが『家族』という宇宙だ。
この映画を観て、観客が父親や母親を責め、お姉さんに憐れみの感情を向けるのは簡単だ。
でも、家族という呪いは、一般常識や客観性などを軽々と否定し、それが当然だという顔で世の中と対面している。
だからね。
家族にしか分からないこともあるし、一般論で片付けちゃいけないんだろう、って(ここまでダラダラ書いておきながら)ずっと考えてる。
他の方のレビューに「何て言ったらいいか分からない」って書いてあるの、まさにその通りだなって。
どうして欲しかったか
どうすれば良かったかというタイトルのこの映画、でも、彼女がどうして欲しかったかが大事な気がした。病気がわかった時,それを隠し続けた親,どうして良いか分からずカメラを回す弟、姉の辛さによそう叔母、それぞれの立場があり。考えがあったと思う。そもそも医学部に本当に行きたかったのだろうか,教養課程では問題なかったのに実習に入ってからおかしくなってる。彼女の人生はちゃんと彼女のものだったのか。
大切なのはこの女性にとって何が良かったかだと思う。ちょっと入院したら快方に向かったのは救いでもあり,彼女の元気な姿も安心した。もっと早く誰かがやつていたら。それは第三者でも良かっただろう。
最後のインタビューで、認知症になった母親に責任転嫁し、自分は間違っていたとは思わないと言い放つ父親。ある意味充実の人生?どんな意味だよと言いたくなってしまった。
率直に何て言っていいのか分かりません。 愛情を持ってお世話していた...
パパそれはないやろ
南京錠をかけて外に出さない、医者にかからせないって、
これは虐待だし、この両親は医師で研究者である自分たちの家から統合失調症患者を出すのは恥だと思っていると
てっきり思っていた。
だけど、また勝手に海外に行ってしまう危険があるとか、
監督のインタビューによると、
病歴がつくと国家試験に不利になるとか、
娘を思うがための考えがあったのかもしれない。
でもそれはやっぱり娘の幸せにつながるものでは
なかったという事実を、むきだしのまま見せられる。
3ヶ月入院しただけで薬が効き、人が変わったように落ち着いた姿はほっとすると同時に、それまでの外界から遮られ続けた20数年がなんだったのかと、私たちでさえ思ってしまう。
棺桶に論文を入れ、自分の研究を手伝ってくれたと親戚に語る父。最後まで、自分が望む娘の姿しか見ようとしない。
「娘の人生はある意味充実してた」って
パパそれはないやろと思ってしまった。
現実に胸がつまった
どうすればよかったか
統合失調症を知る
鑑賞後に監督と編集の舞台挨拶という贅沢をしました。
来場者の質問にとても真摯に優しい言葉で答えるお二人でした。辛い体験をなさった方の優しい言葉でした。
どんな気持ちでカメラを回していたか、の質問はなかったので監督が最後に語り始めました。
姉の症状がとんでもなくつらく、病院にも連れて行くことも親にはばかれ、どうすればよかったか!
自らも衝動を起こさないために、カメラを回す事で自分をやっと保つ事が出来たのだと、症状の説明をする時など何かの役に立つかもしれないと記録を始めたと
そのような事を話されていました。
もし、私がこの家族の一員ならどうしたでしょう。
隠したがる親の心は正直なところわかりませんでした。
プライドだけでしょうか、認めたくない気持ちでしょうか。
そして統合失調症という病が、ホラーでもなく、
薬で良くなる可能性がある事を知りました。恥ずかしながら、それまでは原因不明の精神疾患としか認識しておりませんでした。いや、病名さえもあまり知りませんでした。今も何もわかっていません。映画を観ただけです。
このドキュメンタリーを多くの人が知る事で病が改善する人が増えると思いました。テレビでも放送するべきだし学校の授業でも取り入れて欲しいです。
みてほしい みるべき作品
面白い映画、感動する映画、興奮する映画―。何本かに1本はそういう映画はある。しかし、すごい映画は滅多にない。
年間20本も映画を見ていない(スクリーンで見るもの限定)が、★2つの作品が3分の1くらいある。それでも過去のレビューで、★5つは結構つけているかもしれないが、本作はぜひ見てほしい1本だ。
薄っぺらな作り物ではない、本当にリアルな迫力を感じた。
統合失調症の姉を持つ監督の視点で家族を見つめるのだが、会話が聞き取りにくい部分もすごく集中して聞いた。
観客にすり寄るよう、安易に会話を字幕にしていない。説明的なテキストは最小限だが、監督と家族が抱えてきたものが映像と音声からビンビン伝わった。
舞台は札幌。統合失調症の娘を抱えた親は父親も母親も医大を出た研究者というインテリでかつ裕福な家庭である。娘も多浪したとはいえ医学部に進んだという。しかし、心を病んでしまった―。
そうした子供を抱えた親はどうすればいいのか。この家庭はどうなったのか。映画は一度は家を出た弟である監督の決意のカメラが一家を解剖してゆく。
同じ札幌で起きたあの殺人事件。医師の父親、そして母親が殺人を犯した娘に取り込まれたあの家族を思い出したりした。
精神障害を抱えた娘に、適切な治療を施さなかったのはなぜか―。
監督は家族でありながら、映像作家の視点で冷静に迫り、作品化している。
家族という、自分の意思で選べない場に生きる業について考えさせられた。
どうすればよかったか? どうすればよかったか どうすればよかったか どうすればよかったか―。
最後の「?」が重い。
新宿の映画館は、平日の昼間ながら結構な入りだった。公開から1カ月がたつが、映画通の口コミが広がっているのだろう。
この監督はこれ以外に作品を撮れるのか、撮りたいと考えているのか。それにも興味が湧く。
作者の傷口から今もまだ血が流れているような作品だった
家族のひとつのあり方に、誰も簡単な論評を加えて良いわけではないと自らを戒めた。
というのは、この映画はいとも簡単に、父親が,母親が、親族が、この弟が、医者が、世間がと、その不作為を責めることを簡単にできてしまうから。そして、その誰かを責めた瞬間に、この映画のもつ視点の総体が,失われてしまうから。
この映画の感想は第一に、なんともいえない、と重く口から言葉を漏らすことが正しい作法だと思う。それ以外の断罪は、目撃することに心が耐えられなかった証拠にしかならないのではあるまいか。
どうすればよかったか。
これは、この家族当事者である映像作家のこの弟からすると、人生の最後まで抱え続ける問いになるのだろう。しかし一面では現実的にはすでにほぼ終わってしまった事案であるともいえる。そしてその最後の後片付けをする時にはなにをそこに改めて感じるのかを視聴者としては想像して、むしろ作者のその思春期から抱き続けた傷の縫合を自らやらざるを得ないこれから訪れる総括の時を思うと、視聴者としては同年代の彼に、しっかり生きてくれとエールを送りたくなるのだ。
なんともいえない、そしてその次には、やりきれない。
だが、この映画は歴史の中で残る必要がある。利発で美しい少女の頃の姉の魂と、その自慢の優しい姉を思っていた時の弟の心は、必ずどこかで誰かに意味をなすだろう。それを必ず見届けてほしいし、この映画を見た、おそらく多くの医療福祉の関係者は、これを無駄にしてはいけないのだと思う。その時に、やはり簡単な結論を出すようでは、いけない。
星は4.5にした。この映画に、星5をつけても、監督はうれしいか?だから4.5にした。
生老病死、、
「どうすればよかったか?」は薬を服用した後の姉を見れば明らかだと思う。
賢くてちょっとファンキーな人、として生きていけたと思うんだけど、あまりにも遅すぎた。
幸いまだ私は家族の問題を「どうすればよいか?」と現在形で考える事ができる。
そう思えたことが私にとってこの映画の救いだった。
最期までBEATLESを聴いているところが切ない
。相当好きだったんでしょうね。。
関係ないけど、「シャイン」を少し思い出しました。
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