劇場公開日 2025年10月10日

秒速5センチメートル : 映画評論・批評

2025年10月7日更新

2025年10月10日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー

人生における時間と距離が観る人の“記憶”と結びつき沁みる

日本国内だけでなく、世界中に多くのファンを持つ新海誠監督。その“新海ワールドの原点”との呼び声も高い名作アニメ「秒速5センチメートル(2007)」が、劇場公開から18年を経て初めて実写映画化された。人気アニメ作品の実写化については、その都度、どの作品であれ、否定的な声もあがるが、2024年9月に正式にスタッフ、メインキャストが発表されると期待感が高まっていった。製作陣、キャストは相当なプレッシャーがあったようだが、公開当時は生まれていなかった世代も含めて、幅広い世代が実写化を受容するに必要な年月を経て完成した。

個人制作の短編アニメ「ほしのこえ」(2002)が劇場公開されて口コミで評判を呼び、一躍脚光を浴びた新海監督。「秒速5センチメートル(2007)」は長編第2作で、ひかれあっていた男女の時間と距離による変化を、全3話(「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」)の連絡形式(全63分)で描いている。

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似たような経験をしている、していないに関わらず、アニメ作品の各カット、シーンは、誰しもが心の奥底にもっているような、いつかどこかで見たような景色や心象風景が積み重ねられている。なぜか懐かしく、自然と涙が溢れてくるような新海監督の視点。それは劇中で描かれる時間と距離が、観る人によって、観る世代によって異なる“記憶”と結びつく作品だったからではないか。

そして、印象的なセリフや音、映像美とともに、山崎まさよしによる主題歌「One more time, One more chance」がさらにこの作品を特別なものにした。日々の生活の中で、初めてなのにふとデジャヴ(既視感)に襲われたり、特別な人の姿を雑踏の中に探し求めてしまう人は少なくないのではないだろうか。今回の実写版の劇中でも言及される、山崎主演の映画「月とキャベツ」(1996)を観ていれば、人生における出会いと別れの寓話がさらに沁みてくるに違いない。

そんな名作アニメの実写化に抜擢された奥山由之監督は並々ならぬ想いで本作に挑んだことが完成した作品から伝わってくる。自主制作のオムニバス長編映画「アット・ザ・ベンチ」で注目を集めた映像監督・写真家で、米津玄師星野源のMVを手掛けてきた気鋭のクリエイターである。脚本は「愛に乱暴」などの鈴木史子という組み合わせだ。

そして、主演を「SixTONES」の松村北斗が務めたことで、アニメから実写への移行を自然なものにしており、ヒロインを演じた高畑充希をはじめ、共演の森七菜青木柚木竜麻生上田悠斗白山乃愛宮﨑あおい吉岡秀隆というキャスティングにもセンスを発揮している。桜の並木や踏切、向かいのホーム、降り積もる雪、夕方近くに打ち上げられるロケットなど、アニメのシーンと見間違うほどのシンクロを見せた時、幸福な形での実写化が実現したことがわかる。

さらに、実写版の主題歌は米津玄師の「1991」。1991年は物語の主人公・遠野貴樹とヒロインである転校生・篠原明里が出会った年であり、米津の誕生年でもあるという。劇中歌には山崎の「One more time, One more chance」が本作のためにリマスター版としてアップミックスして再度採用されているのも心憎い。

もちろんアニメ作品の熱狂的なファンの中には違和感を覚える人もいるかもしれないが、主人公のセンチメンタル、大切な想いや思い出が、まるで桜の花びらが落ちる“秒速5センチメートル”の間の一瞬の物語であったのではないかとも思えるほど、人生のスピードは過ぎ去ってみれば儚くて短いと、深い余韻が残る作品に仕上がっている。

和田隆

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