「「敵」とは生存権を侵害するもの」敵 鉄猫さんの映画レビュー(感想・評価)
「敵」とは生存権を侵害するもの
殺傷武器を持って命を奪いに向かって来られたらそれが誰だろうと敵と認定せざるを得ませんし、スポーツの勝敗も生き残りを賭けた疑似の戦いとすれば相手を敵と表現することも多々ありますし、昨今じゃ税金の負担度が上がりすぎて国民の生存権が侵されている、国民の敵は政府?政治家?いや財務省だ!などと云われる始末、現代の本能寺は一体何処にあるのやら。
命の権利を侵す最多最強の敵"老い"は決して逃れられない負け確定のラスボス、劇中で「敵はゆっくりやって来ない、いきなりやって来る」ということでしたが近づいてくる予兆は感じられる、それは"不安"という感情になって心に現れるのでしょう。
講演執筆の仕事も少なくなって収入が減った、貯金の底が見えて残高ゼロになる日が計算出来るようになった、20年健康診断をしておらず身体の状態がわからない、辛いものを食べただけで身体を壊した、後を頼める親族もいないなどなど経済的な不安、健康の不安、孤独の不安が人生終盤となるとどんどん募って来るわけです。
不安は眠りを浅くし余計な夢を見ることになって感情を乱し、不安を取り除くためか夢や妄想の中で告白や言い訳、懺悔をし始め、儀助は現実と夢と妄想での不安との戦いに疲弊し急速に老いて抵抗する力を失ってしまい、ある日何でもない事をきっかけに"老い"は「不安」という弾をマシンガンのごとくダダダダダッと心に撃ち込む「敵」となりパニックになる、という映画だと思いました。
「不安が募っていつか"老い"が敵になるぞ、準備と覚悟をしとけ」なのか「準備を怠らず不安に支配されるな"老い"は敵じゃない抗うな」という話だったのか今はよくわかりません。
私もご多分に漏れずン十年前の中高生時代にショートショート文庫本はほぼ揃えたツツイストでした。筒井先生のような先達がこのような心理分析を作品にして残して頂けるのは非常に有り難いですね。準備と覚悟に繋がります。
いつか爺さんになって老いと不安に対峙した時、「嗚呼、これが筒井先生の言っていた敵かー、どれどれ、"老い"と友達になれるか試してみよう」と言えたら幸せな人生だったと言えるかも知れませんね。