劇場公開日 2025年3月28日

レイブンズ : インタビュー

2025年3月26日更新

「まだ深瀬さんとの旅が続いている」浅野忠信が全身全霊で体現した“主役でしか表現できないこと”

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浅野忠信主演作で、世界的に高い評価を受け続ける写真家・深瀬昌久の波瀾万丈な人生と、彼の妻で被写体であった洋子との物語を、実話とフィクションを織り交ぜながら描いたダークファンタジーラブストーリー「レイブンズ」が3月28日公開を迎える。

孤高の写真家、深瀬の鋭敏な感性は、他者を傷つける刃物のようでもありながら、あまりにも繊細で、撮り続けることと破滅的な生き方を選ぶことしかできなかった。本作では、そんな天才写真家が憑依したような浅野の姿がスクリーンに炸裂する。今年、第82回ゴールデン・グローブ賞助演男優賞を受賞。36年に及ぶ俳優生活で、既に世界的な評価を得ている浅野だが「主役でしか表現できないことがある」と断言する。これまでのキャリアを振り返りながら、本作への思い入れを語った。(取材・文/映画.com編集部)

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――この映画以前から、写真家・深瀬昌久さんのことはご存じでしたか? イギリス人のマーク・ギル監督が深瀬役を浅野さんにオファーしたきっかけは何だったのでしょうか?

深瀬さんのことは監督からお話をいただいて初めて知りました。監督とお会いして、台本を読ませていただいて。で、その後連絡先を交換して、監督が日本に来た時に気軽に連絡いただいて、監督のお友達のバンドのミュージックビデオに出たりして仲良くなって、この映画の話も進んでいった感じです。どうして、僕を起用しようと思ったのか――監督から聞いたような気もしますが、忘れちゃいましたね。でも、海外の作り手の方は大体「殺し屋1」を見てらっしゃるようです。もちろんそれ以外の出演作も見てくれてのお話だとは思います。

――監督とやり取りをされて、浅野さんが深瀬を演じようと決め手になったのは?

台本を読んで、深瀬さんの人生、そしてそのお話がものすごく魅力的だったので、すぐにやりたいと思いました。自分で言うのは恥ずかしいですが、近年、日本で僕を主役に使う映画ってほとんどありませんでした。でも、こんな俺を主人公で使ってくれるのは、海外の監督だっていうこと、それもものすごく嬉しかった。どうしても主役で映画をやりたいということではなく、主役でしか表現できないことがあるんです。それは、これまでいろんな役を演じてきて、これは主役で出したい、そういう蓄積があったから。この役で是非やってみたいと思いました。

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――カメラマン役の主演作ということで、浅野さんが報道写真家・一ノ瀬泰造さんを演じた「地雷を踏んだらサヨウナラ」(99)を思い出しました。歴史ものの登場人物というほど古い時代ではない実在の人を演じるにあたって、人物に関するリサーチをして役に臨むのでしょうか?

地雷を踏んだらサヨウナラ」の時は、一ノ瀬泰造さんが書かれた本や様々な記事を読んで、カメラを練習したりしました。あの頃はまだ若かったので、勢いでやっていた部分もありました。その後、この深瀬さんの役に出会うまでにもいろんな役を演じてきましたが、しっかりしたリサーチって、自分みたいな俳優には向いてないなと思ったんです。それは答え合わせのような作業になってしまうから。この言い方が合っているかわかりませんが、遠回りして遠回りして、時間はものすごくかかるけれど、ちゃんと台本で見つける作業にしようと考えています。ただ、お墓参りに行ってみたり、演じる人との精神的な繋がりみたいなものは見つけたいなと思うんです。今回の場合は、お墓参りではなく、恵比寿の東京都写真美術館での深瀬さんの写真展で作品を拝見できたのが大きかったです。

深瀬昌久「青函連絡船」(シリーズ『鴉』より)1976年
深瀬昌久「青函連絡船」(シリーズ『鴉』より)1976年

――展覧会での深瀬さんの写真からどのようなものを受け取りましたか?

僕は写真の専門的なことはわかりませんが、ものすごくいい写真だと思いました。なんでこれまで深瀬さんのことを知らなかったんだろう――そんな思いでした。若い頃の写真から展示されていて、最初の数枚で驚きました。そして、次々見ていくうちに洋子さんが出てきて、ちょっと違和感があったんです。いきなりこの女性が飛び出してきて、いつの間にかこの人の写真になっちゃったな、って思って。それがなんか変な気持ちで。そして、写真から洋子さんがいなくなったら、ずーんと寂しさも感じました。そこにこれまでの写真とは違う、でも何か共通する深さを感じたんです。そして、また違ったすごい写真が戻ってきて。

そこで、頭の中で台本がよみがえって、最初に読んで少しわからなかった部分、特に洋子さんとの場面がよくわかった気がしました。言葉では上手く言い表せないのですが、ものすごい良い出会いだったけれど、写真においてはもしかしたら葛藤があったのかなと。その葛藤とその後の洋子さんとの関係について、自分なりに腑に落ちたというか。

実際に深瀬さんの写真を見た後、何回も台本を読み直して写真と照らし合わせると、1つ1つのセリフが素直に自分の中に入ってきて、そして、全く違う聞こえ方になってきました。それまでは、ラブストーリーのように読もうとしていたけれど、違うセリフだったんだ、これはこう受け止めるべきではないなとか、いろんなことが自分の中で聞こえ出して、これで深瀬さんを演じきれるな、という確信がありました。

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――日本語を話さないマーク・ギル監督とのお仕事についてお聞かせください。浅野さんは海外でのお仕事に慣れてらっしゃいますが、外国の監督が日本で日本人の映画を撮るにあたって、演出ややり取りはどのように行われたのでしょうか?

その点に関しては、ありがたいことに僕にはこれまでの経験がありました。日本語で演技をして、日本語を理解してない人に見せる方法を常に模索していましたし、例えば、「47RONIN」(13)の時などは、英語のセリフでしたが日本の物語だったので、アメリカの人に日本の話を伝える時に、どういうことを心がけるべきかを考え出しました。

その後、今度は日本語でやって伝わらないのはどうするべきか? と考えて。もちろんまずは監督に向けて演じていますが、スタッフに意識を向けよう思ったんですね。そして、現場に入る前の自分の準備作業として、1番最初の観客って誰だろうってよく考えたら、自分自身だったんです。ある面白いセリフがあっても、組み立てられた話の中での一言として言っているだけだと、伝わらないんです。でも、その前後の物語とか、自分の思いがちゃんと入った時、台本をなぞるだけではなくて、ある線を超えて発すると、人も動くし、ものすごく自分も喜べるんです。日本語のニュアンスについても、今回においては監督たちが僕を信頼してくれたので、すり合わせをしながらも、語尾だったりは自分の言い回しにしていましたね。

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――洋子を演じた瀧内公美さんも素晴らしかったですね。

本当に瀧内さんは素晴らしかったと思います。勘の良さがすごいんです。さっきもお話したように、僕がある線をはみ出してやってみると、それに慣れていない、特に若手の方は一瞬戸惑って、それでも台本になぞったやり方をされるのですが、瀧内さんはきちんと受け取ってさらに投げ返してくれるんです。ちゃんとはみ出した僕に反応してくるから、ここまで言っていいんだ、みたいな。だから、現場では本当に洋子と深瀬状態になれましたね。

――「主役でしか表現できないことがある」と仰いましたが、座長として現場の雰囲気作りも率先されて行うのでしょうか?

そういうのは一切やりません。座長としていい人ぶるより、その前にきちんと芝居しろ、と思っています。雰囲気作りをするとしたら、自分の芝居で深瀬さんがちゃんといればいい。瀧内さんのようについてきてもらえなければ嫌ですから。そういう意味では、皆さんパーフェクトでした。古館寛治さんにしても、池松壮亮さんにしても、ものすごいものを返してきてくれました。俺がこんな偉そうに言ってますが、俺自身がもっとちゃんとしなきゃ、もっと本気で行かないと敵わない、そんな感じでした。

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――国内外で国際的な現場でご活躍されていますが、映画におけるボーダーは感じますか?

よくお話するエピソードですが、30歳ぐらいの時に出演した「モンゴル」(07)の撮影で、砂漠のような場所に小さなインターネットカフェを見つけて入ったら、子供たちがひとつのパソコンにかぶりついて映画を見ていたんです。ここに届かなかったら映画じゃない、そう思って、一気に垣根がなくなりましたし、映画にこだわるという意味合いも変わりました。もちろん映画館で見るのが1番面白いですが、例えば街に遊園地がなくてジェットコースターに乗れない子だっている。そしたらここのインターネットカフェは、バーチャルリアリティのジェットコースターに乗って楽しんでいるわけで。そこでも面白いって喜んでくれる人がいるところに届けなきゃと思うようになりました。

そこから時間はかかりましたけど、木村拓哉さん主演のドラマ(TBS「A LIFE〜愛しき人〜」)に出させてもらったり、最近だとNHKの朝ドラ(「おかえりモネ」)にも出させていただいたりと、これまでの僕のキャリアからみたら意外かもしれませんが、自分がそこで僕が映画で培ってきたものを出せば、それはもうその瞬間、映画と変わらない時間になるんだと思っています。そして、現場のスタッフが喜ばないんだったら映画館のお客さんは喜ばないわけで。テレビでも、そのエネルギーを感じていただけるはずだと、ものすごく良いチャレンジになりましたね。役柄としては、「これでいいのだ!!映画★赤塚不二夫」(11)で、赤塚不二夫さんの役をやった時に、いろんなリミッターを外せました。それまでの作品ではまだ外しきれてなかったのかもしれませんが、あそこでスイッチをさらに入れる方法を勉強できました。

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――出演作を選ばれる基準を教えてください。

特に、コロナ前の「SHOGUN 将軍」までは修行だと思っていました。そうやって自分で確認したいことも山積みでしたし、ずっと父親と仕事をやっていて、自分でオファーを断ることを許されなかったので、それなら修行してやろうと、ほぼすべてお受けしていました。でも、やっと修行期間は終わったなと思っています。もう自分でなくてもよい役は、今はほぼお断りしています。もう十分やりましたから(笑)。わがままを言っているわけじゃなくて、まさに主役じゃなきゃできないことがあるし、これまでのようにただただ今まで経たものを続けているだけの自分は、自分も見たくないので、今は自分がやりたい作品を選ばせてもらっています。

作品を選ぶ基準は、監督や共演者もありますが、重視するのはやっぱり脚本です。監督が良くても、脚本に疑問があればちゃんと聞きますし、自分はこういう方がいいと思いますってことは提案します。そういう意味でも、脚本に関しては、修行期間でも嫌われるぐらい本に口を出してきました。

――ゴールデン・グローブ賞を受賞してお気持ちの変化はありましたか? 今後のプレッシャーはありませんか?

ずっと、自分がやってきたことが正しかったのかどうか疑問があったんです。自分では正しいと思っているけど、世の中の人が認めてくれているわけではなかったので、これで認めてもらえたと思いました。また別の場所に行けた気もしました。だいぶ長いこと修行してきたので、プレッシャーはないです。何でも来い、そんな感じです。ただ、英語がそれほど上手いわけではないので、テーマがあるとすれば英語での演技で、今後どのように評価してもらえるかですね。

深瀬の化身、カラスのヨミちゃんとのメイキング写真
深瀬の化身、カラスのヨミちゃんとのメイキング写真

――演じてみたい役、挑戦したいジャンルがあれば教えてください。

社会的テーマを描く映画はもちろん嫌いではありませんが、時代が変化して、今は現実の方がすごくて、追いついてないなと思うことがあります。ですから、社会的なテーマの作品の描き方や、やり方は考えなきゃなと感じています。僕がこういう時代にやりたいのがファンタジーです。「トワイライトゾーン」のような、ちょっと現実離れしたもの。この「レイブンズ」でのカラスのヨミちゃんみたいな、ファンタジーがどこかに入っている映画がいいなと思います。現実にあり得ないことが、どこかで映画を正してくれる。そうすると、このエクストリームな現代に生きている人たちの肩の力が抜けるような気がするんです。そんなある種のファンタジーをやってみたいですね。

――日本の俳優として、日本映画に強い思い入れはありますか?

あまり考えませんが、役をいただけるのであれば、とことんやってやるぞっていう気持ちです。今回も外国の監督でしたからね。北野武さんは、「」に続いてすごくいい役で使ってくださいましたから、ほかの日本の監督にもいい役で、僕を使ってくださいよって思うんです(笑)。

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――今年公開される主演作「レイブンズ」は浅野さんにとっても、記念碑的な作品になったのではないでしょうか。完成作をご覧になって、もし深瀬さんが存命でいらっしゃったらどんなお話をされたいですか?

映画が完成して、あの深瀬さんの世界にいたこと、自分も他人のお芝居も、客観的に見て切なくなりましたね。今日、家からこの取材場所まで歩いてくる間も、ずっと深瀬さんと心の中で会話していました。深瀬さんがまだ何か伝えきれないことがあるんだったら、僕はなんでも協力したいなって。そして、感謝しかないです。そして、洋子さんとの関係も、思い出すと涙が出てきます。

1人の人間が、誰かと向き合うって簡単じゃないな、と思いますし、深瀬さんが僕を使って洋子さんに伝えたいことがあるような気がして。それは、映画が出来上がった今でもできることだと思うから、もちろん、直接会って話せるわけじゃないですが、「劇場公開された後でも、こういうインタビューでも、僕ができることがあれば、なんでも使ってくださいね」って言ってるんです。そうすると、なんか深瀬さんが笑ってくれているような気がします。「僕もあなたと同じ側だから、監督のマークさんに感謝しなきゃいけませんね。とっても難しい役を演じてくれた瀧内さんにも感謝しなきゃいけないですね」なんていうことを話しています。

だから、僕の中では終わってないんですよね。ずっと深瀬さんとの旅が続いているんです。撮影中もそうだったのですが、こんなところに、っていうとこまでカラス(深瀬さんが自身を投影していた)が飛んで来るんです。で、現場で毎回、監督も「深瀬が来た!」ってみんなでびっくりしたものです。ほんとに嘘みたいな場所にまで来てくれるんですよ。

深瀬昌久「金沢」(シリーズ『鴉』より)1977年
深瀬昌久「金沢」(シリーズ『鴉』より)1977年

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俳優としての長いキャリアを経て出会い、自身が体現することになった深瀬さんの生き様を思い、インタビュー中に感極まり涙も見せた浅野。この取材を終えた後、浅野が振り返った部屋の窓の外の建物に偶然、1羽のカラスが止まっていた。

「ああやって、絶対来てくれるんです。僕たちの思い込みでしかないかもしれないけど、うれしいですね」と、浅野は目を細めて深瀬さんに手を振った。

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