ファーストキス 1ST KISSのレビュー・感想・評価
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予想と違った、いい意味で
泣く気満々で行ったら全然違った!
2024年ではラブラブじゃないし、2009年ではラブコメだし
しかしラストはやっぱり泣かせる展開へ
やっぱり救えないんだろうな、と思いながらも、もしかしたら?と期待しながら観てました。
最後は、夫側の時間軸で15年経過していきあの結末を迎えるのだが、トンネル通って15年後に帰った妻側の結末はどうなったんだろう?
おそらく似たような結末だとは思うが、少し期待を持たせるところも良かったです。
坂元裕二脚本、おそるべし
駈(松村北斗)を殺すな!!!
私は主人公もしくはその近しい人が物語序盤または中盤に死期が明確に宣告され、終盤にその人の死を以て完結するという、いわゆる「余命もの」が大っっ嫌いである。
その理由は主に2つ
1つは物語として安易である事。
死は無慈悲で容赦がない。恋人、家族、友人が亡くなれば、深い悲しみを抱える。それは至極当たり前。
死は観客の感情に直接訴えかけやすく、映画内に於ける演出の工夫や人物描写の積み重ねが不十分でも「命の尊さ」「別れの悲しみ」と言った、人が持つ普遍的な感情につけ込み帰結させ、一定程度の悲しみや感動を担保させてしまう。結果として「泣かせよう」という制作側の意図が過剰に押し出され、非常に作為的に感じてしまう。そうした「死=感動」という簡単な図式を立て、死を表面的な感動として回収してしまう事への反発や違和感を覚えてしまう。
また、脚本家や映画監督に限らず、広く表現を生業とする者にとって、自らの作品を通じて鑑賞者に何らかの問いを投げかけ、心を揺れ動かすことこそが、その本分ではないのか。それを死という究極的な出来事を用いながら、受け手にただ「尊い」「悲しい」といった極めて通俗的で予測可能な感情のみを抱かせて終わらせてしまう事に創作者としての責任や覚悟が果たしてあるのかという疑問も生まれてしまう。
2つめは、死が目的化されている事。
アクション映画で殺される敵役、推理映画で殺される被害者といった死と「余命もの」で扱われる死とでは意味合いが大きく異なる。
前者は物語を動かす契機や背景として、謂わば映画の単なる要素として存在し「死」そのものが主題ではない。
一方後者は「死」そのものが物語の終着点、すなわち目的として設定される。映画内の人物は死に向けた物語の進行を余儀なくされ、その死を以て作品が完結する構造がみられる。この場合の予定調和的に組まれた死は、死の持つ不可逆性、理不尽さ、無慈悲さといったものが切り捨てられ「感動出来る結末」として物語を完成させる役割を担わされ、感動を誘発させる為だけの道具として扱われてしまう。
結果として、「余命もの」は死が本来有するはずの尊厳を大きく傷つけ、死が「死にゆく役割」として矮小化されてしまう。
以上から私が「余命もの」を忌み嫌う理由である。
前置きが長くなってしまったが、本作は例に漏れず、この「余命もの」という枠組みに入る。
ただ、私が3.5という高評価(個人的な評価軸に基づいて3.5は秀作の部類である)を下したのは、本作が「余命もの」に分類される作品ではあるものの、そこに「タイムトラベル」(タイムトラベルの際の様々な設定の粗さについて今回は目を瞑る)という要素を巧みに織り交ぜ、「関係の修復」という新たな視点を打ち出している事に特色が見られたからである。さらに、物語後半において主人公カンナと駈の立場が逆転する構成も、鑑賞者に新鮮な印象を与える要因となっている。
劇中、カンナは駈の死を回避すべく奔走し、併せて2人の関係を修復するためにも奮闘する。その過程で、ある一言の言葉を聞くためだけに幾度となくタイムスリップを繰り返す様子が描かれるが、そうしたドラマ展開に時折コミカルな表現を差し挟む脚本構成や、節々に輝きを放つセリフの数々は秀逸である。
そして、物語前半ではカンナが過去に遡ることで駈と未来について語り、駈自身が自らの行く末を受け入れ、残された15年をいかに生きるかを模索する様が描かれる。その過程で、未来を知らぬ過去のカンナと改めて出会い、今度は駈がカンナとの日々に思いを馳せながら、前向きに人生を歩もうとする姿勢を見せる。この両者の優位性という立場の転換が、個人的には新鮮で興味深く感じられた。
また、同種の作品が若年層を主要な対象として制作されることが多い中、本作は冷え切った夫婦関係に焦点を当て、その再生過程を描いている点において異彩を放ち、むしろ、本作の想定する視聴層は、長年連れ添ったパートナーを持つ中高年層であったというギャップ、その点においても他作品との明確な差別化が図られている。
ただやはり私にとって厄介であったのは、幕引きである。
本作においては、過去に介入することで未来が変化し得ることが明示されている。たとえば、とうもろこしが皮ごと茹でられた写真に変わっていたり、事故が発生する前に訪れる店がコロッケ屋からドーナツ屋へと替わっている描写が、その例である。したがって、駈が死亡するという未来もまた、変更可能であったはずである。
確かに、「死は定められた運命であり、変えられない」という反論も考え得る。しかし、その論拠に準じた場合、作中で描かれたある場面において矛盾が生じてしまう。それは、駈が非常停止ボタンを押した未来において、電車が脱線事故を起こし、駈を含む(確か)62名が犠牲となった場面である。当初、駈ただ一人が命を落とすはずであった場面が、彼が非常停止ボタンを押した結果として、他の61名も死亡する未来へと変容してしまったのである。この場面から「死が定められた運命である」とする仮定から齟齬が生まれる。
以上の点から考察するに、本作における「死」は、絶対不変の運命ではなく、過去の出来事からの連なりとして形作られる未来の一部であると推測できる。
では、なぜ駈はどのような未来においても最終的に命を落とす結末を迎えてしまったのか。それは、本レビュー冒頭で述べたように、駈が「余命もの」というジャンルに則った作品構造を成立させるため、物語の演出上、死を免れ得ぬ存在として、いわば物語によって殺されたのである。私は駈の死を安易的かつ目的として扱うことがやはり許せないのである。
もちろん、これらは大衆娯楽において「死」を題材にし、取り扱うこと自体を否定するものではない。私が強く指摘したいのは「人の生き死にを物語の主題に据えておいて、それを軽薄な道具として扱うべきではない」という事である。そして、そのような願いを込めて、本レビューのタイトルを決めた。
ただ、留意すべき点は、物語の発端と結末に関して、あくまで個人的な好みに合致しなかったに過ぎず、本作そのものを低評価する意図はないということである。
むしろ、先述の通り、本作は「余命もの」というジャンルにありがちな、表層的かつ凡庸な作品に陥るところを、「タイムトラベル」という要素の導入や視点の工夫によって新たな価値を見出し、物語としての面白さを確立している点に特筆すべきものがある。
さらに、物語中盤における脚本構成と、出演者らによる説得力ある確かな演技と魅力あるセリフの数々によって作品を力強く下支えしており、総じて良質な作品に仕上がっていることは間違いない。
追伸、題名の意味が十分に汲み取れなかった。
個人的には「靴下」「餃子」「トースト」などでも良かったのではないかと邪推だと承知の上で考えてしまった。
追伸、パンフレットが非常に素敵でセンス抜群です。ぜひ買うことをおすすめします!
コケティッシュな松たか子の魅力全開!「これ以上ボクをドキドキさせないで下さい!」
アクシデントで右手小指を骨折してしまい2週間ぶりに映画館へ。浦和で「1ST KISS」を。
昔「ミステリーゾーン」に(あれ?アウターリミッツかな)タイムトラベルして過去の出来事を変えようとして、いくら経過を変えても(原爆投下とか)結果は変えられない、と言う話があったのを思い出した。
7月、カケル(松村北斗)はホームから落ちたベビーカーの赤ちゃんを救うために線路で電車に轢かれて亡くなる。結婚して15年、好きあって結婚した二人も夫婦関係は冷え離婚届を出す予定の日だった。
離婚する日とはいえ、夫を亡くしたカンナ(松たか子)はショックをひきずる。冬の寒さに震えて目を覚ます。寒いのはカンナの心もか。3年待ちの餃子が届いた。寒さに鼻をすすりながら餃子を受け取り、調理するが失敗する。その時、仕事の呼び出しの電話を受け車を飛ばす。「餃子を焼く前に戻りたい!」トンネル内で落盤事故が発生し、カンナの車は巻き込まれそうになる。トンネルを抜けるとそこは夏だった。それも15年前の2009年の夏。これは一体どういう事なのか?
トンネルの向こうは別世界、「千と千尋の神隠し」
その15年前の世界で、二人が出会う前のカケルに出会う。慌てて未来へ戻るカンナ。バックトゥザフューチャー。
どうやら落盤事故で時空の歪みが生じて15年前の世界と繋がったようである(ここ説明不足)。TVのニュースでは事故現場の復旧に時間がかかると告げている。
復旧するまでの間にそこから何度も過去に戻って、夫を「死」に向かわせないために歴史を変えるべく奮闘するカンナ。その姿が可笑しくもあり、悲しくもある。
冬の格好で夏に行ったカンナがホテルの店で1000円のバーゲンで買ったTシャツがかき氷柄。有名なかき氷屋に二人で行ってもいつもかき氷は食べられない。
「死」から逃れるために結婚する相手をカケルの師の天馬教授の娘(吉岡里帆)にしようともするのだが…。
かき氷屋の列で後ろに並んでいたギャルに指摘される「教授の娘に興味は無いの。オバさんが好きなんだよ」(ズバリです)
何度も過去に戻って出会う以前のカケルに恋するカンナと、15年後のカンナに恋するカケル。いくら経過を変えても「死」と言う結果を変える事は出来ない。
15年後の世界でカンナの所に天馬教授の娘が訪ねて来る。カケルが亡くなる日に15年振りに町で出会ったと言うのだ。「カケルは幸せでしたか?」アタシと結婚していれば幸せだったと言わんばかり。それをわざわざカンナを訪ねて来て言う嫌味な女である。
明日、落盤事故現場が復旧すると言うニュースに、これが最後と意を決したカンナは過去に戻って二人でかき氷屋へ走る。いつも食べられなかったかき氷を注文するが、カンナが落としたポスト・イットをカケルが拾ってしまう。そこには2024年7月にカケルが死んだ事が書かれていた。問い詰められたカンナは本当の事を話す。その時、カケルはカンナがカケルの靴下を履いているのに気付く。「その子は助かったの?」「助かった」「それは良かった」
カンナは15年後の世界に戻る。もう2度とカケルに会う事は出来ない。
カケルは、15年後に自分が亡くなる事を知りながら15年前のカンナと出会い、結婚して幸せな結婚生活を送る。離婚もしない。
15年前のカンナは、15年後にカケルが亡くなる事を知らず幸せな結婚生活を送る。
二人で朝食、カンナはパン、カケルはTKGだが同じテーブルで。別の世界では別々だった。カケルはトースターを買ってくれる。
やってくる避ける事が出来ないカケルの死。
死亡届を出したカンナはカケルの残した手紙に気付く。そこに書かれていたのは…。
夏の日差しの中、3年待ちの餃子が届いた。そうか、カケルが頼んでくれたんだ。
「ありがとう」カンナは笑顔だった。
コケティッシュな魅力全開の松たか子が最高だ。変なオヤジを演じたらリリー・フランキー、いい奴を演じたら松村北斗だな。脇役の「ディア・ファミリー」でも松村北斗はいい奴だった。
おまけ
結局、かき氷は食べられ無かった。
やっぱり松たか子はパンだね。でもトーストは皿に乗せましょう。春のパン祭りでもらったでしょ。
非現実と現実味
タイムトラベルという非現実的な展開と
現実味ある会話の内容という対比
不思議な感覚
結婚が最善、離婚も最善
その時にそれが1番良いと思ったはずの2人
カンナはやつれるほど駈の事だけを考えてタイムスリップし続けた数日間
駈は終わりを思いながらカンナと過ごした15年間
時間の流れは違ってもきっと同じくらい相手を想っていたんだろう
でも、
カンナも、駈も、想い合う度に〝死”がよぎるのつらかっただろうな…
出会い方が変わっても、年齢が違っても
それでも惹かれ合うのが運命で、
終わりが覆らないのも必然で
タイムトラベルのタブーを犯して過去を変えようとしたのに
周りから見たら何も変わってないように見える
タイムトラベル前も後も離婚はしてないし
だけど2人が向き合って
段々と辛くなる15年間じゃなくて最初から最後まで幸せだった15年間に変わったのは大きな変化
始まりと終わりは同じでも、その間が変わって
ちゃんとタイムトラベルの意味があったんだなと
お互い後悔の残る〝終わり”から
幸せだったと思える〝終わり”になった
2人にとってのハッピーエンドになって良かった
自由にタイムトラベルが出来る、しかも車で
どう見てもSFなのにそれとは真逆な現実味
老いていく姿、夫婦のギスギス感、2人の言い回し
なんか不思議な感覚だったな
松たか子のあの独特の雰囲気、世界観と台詞が相まって
カルテット、大豆田とわ子とかが好きな人には刺さったと思う
松村北斗も良かった、2人で良かった
最後の駈目線の15年間が泣けた
プロポーズした時、OKをもらった時、
どんなに嬉しかっただろうか
大好きになってくたび、45歳のカンナに近付いていくたび
どんなに幸せでどんなに辛かっただろうか
後悔しないように過ごしたい
もう一回観たい、な
いろいろ足りないけど良いと思う
幸せだったから死んでもいいなら、
幸せだったから離婚してもいいんじゃないだろうか。
冒頭の冷め切った夫婦の姿はあれはあれで尊いんじゃないだろうか。
結局あそこに戻って来て、それでも幸せだったと感じる2人でもよかったけどなぁ。
一方やりなおしの2024の夫婦仲はなんかうそくさ(笑
冒頭の緊張感を過ぎたら、なんかちぐはぐなコントっぽい展開が続くし、
演出は意図的になのか全然盛り上げてくれないけど、
松たかこさんの演技で見られる。
電車脱線したときは結局旦那生きてたのかとか、
あなたに興味無いと振った未来はどうなってたんだとか、
時々、大事なところを飛ばしたりするし、
45歳の私には執着するのに若い私にはイマイチ興味を抱かない
彼にやや恐怖を感じたりするけど、
こういうまっすぐでやや楽しい恋愛映画は、どんどん作られて欲しい。
予告で見ようと思ったのも、そういうまっすぐなところを感じたからで、
それはちゃんとあったかなと。
バック・トゥ・ザ・フューチャー制作陣も驚愕したとかしないとか…
カケルが事故死しない未来を作ってしまった場合、
ベビーカーの赤ん坊と母親は死んじゃうんだよね?
そこはどう描くんだろう、、、
それは全然ハッピーなエンドには成り得ないぞって観てて最後までヒヤヒヤしたんだけど、
結局カケルはそれでも「見て見ぬ振りはできない」と行動して母子を助けてくれたって事なんですね
ストーリー的には
何度も過去と現在を行ったり来たり行ったり来たり、
有り得ないからこそ、可笑しくてオモシロイってのはありますよね
そして、ああいう浮世離れした感じの、人の気持ちを推し量れないような役柄(わざわざそういう設定にしている)をやらせたら、リリー・フランキーの右に出る人は恐らく日本の俳優界には居ないでしょうね
なんだかちょっとずつちょっとずつじわじわと、ボディーブローのように効いてくるコミカルさでした笑
そして、竹原ピストルの荷物配達人ね
そういうエッセンス、嫌いではありません
寧ろ大好物!( ´艸`)
タイムリープ恋愛映画
最初は何も知らなかったかけるが最後は全部知ってる側になっていて、自分の結末を受け入れて結婚生活をやり直しててよかったけど、大好きな人を残して死ぬのはうーん
Ps かけるは女の人慣れしてるのかしてないのかわからない
ハッピーエンド
これは、身につまされる映画でした。
長い結婚生活の中で、たぶん、どこの家庭でも起きているであろうことが描かれている。
タイムリープがどうの、世界線の整合性がどうのという考察は、野暮というものです。
「そういう設定」の中で描かれる人間模様を堪能したい映画。
いつも嫌味っぽくて、妻への興味を見せなくなった夫。
離婚で合意して、届けを出そうというその日に…
(主人公にとって)よくワカラナイ正義感で命を落としてしまう。
モンモンとしながら生きている主人公が、なぜかタイムリープしてしまう。
タイムリープした先で見つけた、自分と出会う「その日」の彼。
若々しくて、可愛くて…
なんとか彼を死なないで済む世界線に誘導したくなる。
もともと天然な主人公は、的外れなことばかりして、結局わかったことは「彼は私のことが好きになるしかない」ということだけ。
そして、凡ミスから、彼に事実を知られてしまい全てを説明する。
最終的に、夫(松村北斗)は15年間の結婚生活をきちんと修正してみせる。
そういう意味では、ハッピーエンドと言える物語。
彼にとって、「15年後に自分が死ぬ」かどうかより、「この素敵な人と結婚した自分が、15年後にこの人を幸せにしていない」ことが大きなショックだったんでしょうね。
主人公(松たか子)の思う『ハッピーエンド』ではなかっただろうけど、これはハッピーエンドなんだと思う。
少し自分を振り返れる映画
恋愛は良い所を見せるもの、結婚は悪い所を見つけるもの。
振り返ったら本当にそうだと思いました。
段々と会話も減っていき、いつしかベッドも別々なんて自分を見ているようでした。
運命は変えられなくても生き方は変えられるという内容は優しくもあり寂しくもある内容でしたが、泣き映画としては良かったです。
私は泣き1つでした。
私も気が向いたら優しくします笑
深く詮索しては楽しめない
2時間の映画で
タイムリープのしかたやなぜあの日時だけ
とかそんな
詳細さを求める疑問
を持って見始めたらつまんない。
そんなの関係なく、2人の人生を覗き見させてもらった。
とってもチャーミングな映画
だった。
駆が役所に離婚届出してないのも、もしかしたら
離婚を躊躇したのかもしれない。
カンナも離婚しようかとLINEでたずねたけど、
本心は離婚したくなかったかもしれない。
家族より知らない赤ちゃんを助けて、自分だけ1人になったのを怒ってたから。嫌いではなかったはず。
そんな夫婦の生活が2週目になると、
幸せなオーラを纏ってて、こっちまで嬉しくなった。それでも夕方には着信音がなる。
鳴らないで!と思っていてもやはりそこは変わらない。
カンナは駆にどの駅のどの時間帯の電車でひかれて事故にあう。とは伝えてなく、
それでも反射的に助けてしまう駆。
駆が先払いで到着した餃子、
朝ごはんを1人になっても食べ続けてほしいと注文しておいたトースター。
カンナと駆が本当に南府中にいそうな気がして、まだカンナはあの家にいるのでは。
とそう思えただけでもいい映画だったと思う。
そして、カンナの松たか子、
駆の松村北斗。
2人共とっても良かったと思う。
この二人だから成立してた気もする。
そこまでしてくれる女房がいるのかな?
最初の、倦怠期は自分の生活も近い感じでした、でも子供がいない夫婦ならごく普通じゃないですか?
離婚は、究極な選択だと思いますが、届けを出す日に死亡事故は映画ならではですね。
しかし、松たか子さんは冷めきった関係の主人の為にあれ程一生懸命タイムスリップを何度もして、助けようとするのは、結局まだ好きだったのですね。
自分の女房ならそんな事はしてくれませんし、自分もやらないですね。
旦那さんあのタイムスリップしてから後、日頃から死んでしまう事を知っていて話はしてなくて、普通に出勤してましたがあのタイムスリップが無かったら、全く違う最後だったんでしょうね。
かき氷の列のギャル
マジで号泣した。映画館でもラストに向けてすすり泣きがすごかったし、レイトショーでよかったってくらい目が腫れました笑
夫婦ってちょっとしたことですれ違ってしまうしね。松さんと同世代の既婚者がみたら、多分みんな頷くか泣くかどっちかかだと思う。
観客のわたしたちにとっては何度も見てるかき氷の後ろの2人が、背中を押すシーンはある意味ハイライト。
ハッピーエンドだと肩透かしだったろうけど、夫婦の努力したが結実して欲しかったー!
あと、松さんの15年前はまじで、若い頃に見たまんまなんだけど、あれメイク?加工?オリジナル??凄すぎてびっくり。
松たか子と松村北斗
このふたりの掛け合わせってどんな感じなんだろうという思いを抱きつつ鑑賞しましたが、なにもかもが自然で、なんなら不自然さも自然で素敵な映画でした
年齢的にもふっくらした松さん、タイムスリップ先でのハツラツとした美しい松さんがチャーミングすぎる!!
なんと言ってもあのかき氷柄のTシャツですよね、似合いすぎる笑
ちょっとオタクな青年を演じた松村北斗くんと松さんの掛け合いも非常に小気味良かったです
実は松さんも松村北斗くんもああいう人なのではと思ってしまうくらい自然…
バキューンと私の胸を貫いたのは「この世で一番嫌なことは好きじゃない人に好きだと言われること」とカンナが駈に伝えるシーンと、「離婚したくない」と駈がカンナに伝えたシーン
互いに「え、まさかそんなこと言われるなんて…」のシーンですが、人の気持ちって複雑でもどかしいですね
また結末ですが、何をどうやっても駈が死んでしまう結果になってしまうのはやはり悲しかったです
カンナーー!!!駈じゃなくて駅の赤ちゃんに注視するんだ!!!と、思った人は私だけではないと思います(それを言ったらおしまいですが)
出会わない選択をしつつ、良きタイミングで出会って結婚(晩婚)と言う希望も捨てられずにいましたが…本当に残念でした
できることなら仲の良い夫婦のまま年老いていく姿が見たかったし、そうさせてあげたかったなぁと思わずにはいられませんでした
けど、ふたりの寝室でもない、ひとりの寝室でもない、リビングのこたつで眠るカンナも、その姿を愛らしく思う駈も、間違いなくやわらかな愛情に満ちた日々を過ごしたのだろうと思うと心があたたまりました
タイトルなし(ネタバレ)
過去を変えても、駈が死ぬ未来は変わらない
最終的にいきついたカンナの答えが、
駈と出会わない、結婚しない
駈に全てを話し、お互い別の場所で生きていこうと提案するも、
駈は、このままカンナに逢えなくなるくらいなら、
未来が変わらなくてもいい
ただ、離婚してしまう結婚生活なのであれば、
死ぬまでの15年間をカンナと幸せに過ごしたい
これから起こる未来を知り、この幸せが当たり前じゃないと思うと、1日1日を大切に生きよう、大切な人を沢山愛そうと思える
誰しも、自分の寿命が分かっていたら、大切な人の最後の日が分かっていれば、それまでの残りの日を大切に過ごすだろう
ただそんなことは出来ないから、大切な人には思いやりをもって、悔いなく生きていきたいと思った
大切な人程、余計なことを言ってしまう自分だから、
あの時あんなこと言わなければと思うことが多々ある
思った事をすぐに口に出さず、一度頭で考えて、本当に言うべきことなのか、よく考えようと思う
結婚生活素敵なものにしたいです。彼氏いないけど
タイトルなし
こういう物語って観終わった後切なさで終わる気がするんだけど、終わった後ものすごい愛しい気持ちでいっぱいにさせられて、とんでもない気持ちになってる
まずもう序盤からちょっとした小ネタやセリフが上手くて、自然と2人に親しみが湧いて好きになっちゃう
(全力でフリスビーぶん投げるのとか笑う)
出会いたてですぐに恋に落ちちゃうのも、なんで?って思わない
付き合って1ヶ月でプロポーズしちゃうカップルっていうのが説明されてたけど、それだけじゃなくて2人の馴染み感が本当に空気にでてる
「これ以上ドキドキさせないで」を3回おかわりしたのよかった…キュンとしたもん
結婚しなければ死なないのではって嫌われに行った直後、また即出会いに行っちゃったのに涙でた
"嫌われに行ったあと後悔して泣いて、やっぱり会いにいこう!"ってなるのを盛り上がり所にしないのがよかった
タイムリープを知らされてからの駈が、本当にこれまでと違う大切に過ごす15年間を過ごしたことが本当にすごいと思った
ずっと続くと思ってると破綻して、終わりがくると思うと大事にできるって当たり前のことだけど、でも本当に実行できる人は少ないよ
今しかないって思ったって、甘えが出るし嫌になるはずなのに、本当に大切にしてた所に駈の誠実さがあった
手紙で「寝ながら寝言で眠いって言っちゃうのがおもしろい」っていうの、もう愛じゃんて思って以降大号泣だった
なんならもうずっと前の、「15年後の君に会えないのが嫌だから結婚したい」からもうだめだった
こたつで寝ちゃって頬に跡がつくこと、人の靴下をはいちゃうこと、めんどくさがってパンをコップの上に置くこと
些細な日常に幸せや愛しさが宿ること、坂元裕二は知りすぎている…自分の似たような記憶が蘇りすぎて大号泣
いいところを見せ合うのが恋愛、嫌なところを見つけるのが結婚、って言ってたけど
たとえ最終的にだめになったとしても、なんかいいと思えた
その過程で得たものが確実にあること、それはたしかに愛しいことで、全て間違いではないこと
きっと最悪な別れ方した元彼に、また初めて出会ったら同じところにときめくんだろうなって思っちゃったもの
坂元裕二は人の出会いも別れも、人生まるごと全肯定してくれる
生きること、誰かといることを愛しいと思い出させてくれる
思えば、似てることで惹かれあった2人の出会いと別れが「花束みたいな恋をした」なら、これは真逆の2人だからこそのすれ違いと愛しさが描かれてたな…
今を大切に思える
坂元裕二さんと松たか子さんの最強タッグに塚原あゆ子監督、松村北斗北斗さんが参加して見る前から期待しかありませんでした。
坂元さんらしい名言が散りばめられた終始くすっと笑えて泣ける素敵な映画でした。
松たか子さんの演技が本当に可愛らしくて、そこに松村北斗さんの演技が加わって相乗効果のように素晴らしいお芝居でした。
言葉だけでなく表情から、思ってることが伝わってきてなんど見ても新しい発見がありました。
2人で最後にソファーに座って話すシーンがとても素敵で、妻だと分かってから駈の話し方が自然と変わっていくのが印象的でした。
愛する人との一瞬一瞬を大切にしようと思える作品でした。
何回でも見たいです。
俳優陣の会話劇としては最高
主演2人の20代、40代の演じ分け。
何度もループする松さんに毎回初めましてのリアクションと会話。
毎回写真を撮られるギミックとかもいいな、と。
この手のタイムリープ物を観る上で、細かな辻褄などは最低限でいいと思ってます。
突き詰めると完全に整合性とるのって無理だと思うので。
この映画で気になってしまったのは大きく2点。
①硯くんの運命に対する姿勢が緩過ぎない?
何回ものループにより、最終的に自身の運命を伝える事に成功。それまでの過程により、本来起こるべき流れを変える事が出来る事も分かっている状態。
なのに彼は、15年間の結婚生活を幸せに送る事は努力するが、死の運命から逃れる事に対してはアッサリ過ぎる、、
結果として、それほど愛していた相手を結局残して死ぬ事になる訳で、この心理的矛盾が気になって全く感情移入できない!
ベビーカーも助けて自分も助かる方法、もっと考えられるでしょう、、
②本来のテーマがどうも、、
本来のテーマとして「夫婦愛」って事なんでしょう。
とりわけ「相手を尊重し、大切に思う気持ちを忘れない」と言った所。
いいんですけど、全てを理解した硯くんとの改めて送られる幸せな15年。
これ、カンナの方は当然やり直しの認識はない訳で、初回と同じ対応するはず。
つまり、基本的に硯くんの努力によって幸せな15年が築かれた事になる。
なんか描かれ方としてフェアじゃないな、と。
細かな事で言えば「元の世界線のカンナはどうなった?」とか「最後の手紙は、そのカンナが読んでも意味分からんくない?」とかあるが、本質部分に直接関わらないので良い。
けど本質部分に関わる心理描写がおざなりなのはな、、ラストシーンありきで作られたんだろうな、と冷めてしまいました。
日本版バタフライ・エフェクト…か?!
昔々、俳優アシュトン・キャッチャーの出世作となった『バタフライ・エフェクト』という名作が有ったのだけれども、その作品の影響がとても強く見て取れますネ。
その作品では男女の立場が逆で、彼女の人生を不幸にしない為にラストに主人公が採った行動は、“彼女と出会わなかった人生を選ぶ”というとても切ないものでしたが、この作品では更にその先が有るという様な話の展開でしたネ。
結局、どんなにタイムスリップして人生をやり直そうとしても、大きな運命の歯車は変えられない。
けれども、その運命を受け入れる二人の心の受け入れ方・心の持ち様は変えられる…という話にはなるのでしょうか?
一日一日を大切に生きて、目の前にいる愛する人との時間を大切に紡いで行けば、その日々の時間そのものが、大切な思い出という宝物になるという事なのでしょうか?
何度も出会い直して何度もトキメキ直して、そうして改めて気付き直されたのが、”この人しか居ない。この人でなくちゃ駄目なんだ“っていう事…。
そうして、日々の生活を丁寧に大切に慈しみながら過ごして行く…っていう事。
松たか子さんの演技がとても秀逸で、可笑しいのに切なくて、切ないのに可笑しかったりもしましたww
あの、犬に絡まれて何度もノタウチ回りながらも学習していく処が凄く笑えたww
途中後半、冗長過ぎる会話の場面が散見されたので、もう少し尺を短く出来たかな?…とも思います。
観賞中、周りがカップルだらけでとても肩身が狭かったww…と思ったら、当日はバレンタインデーでしたww
チョット恥ずかしかったけど…少し幸せなひと時を過ごさせて貰いました。
命がけの愛
未来から来たカンナに、2024年に死ぬことを知らされても、15年間のカンナとの幸せな結婚生活を優先させるため、結局 死を選んだ駈のカンナへの命がけの愛に感動しました。(駈が死ななければカンナが未来からやってくることもないため、夫婦仲が悪化し離婚してしまうということを2009年時点で知ることができず、態度を改め円満な夫婦関係を築くことができない)
心優しい駈が、ベビーカーがホームから転落することを知っていながら見過ごし(緊急停車ボタンが駄目でも、転落前から母子の側にいて気を配っていたはず)、助けた際に犠牲になったとは思えないので、未来のカンナと出会った駈は自ら命を絶ったのか···(最後のカンナ宛の手紙は遺書?)
重いテーマですが、主人公2人のコメディーシーンが面白く、楽しく見れる映画でした。
追記
明らかな自殺だと、更にその先のカンナが何度もタイムスリップするシーンと整合性が取れないので、ベビーカー転落は変えられない運命だが、駈自身は救助する際に自己犠牲をいとわなかった、あるいは、自身も避難する余裕はあったものの、それまでの結婚生活のために、人生に終止符を打ったというところでしょうか。
追記2
そもそも、駈の死を防ぐためにカンナが未来からやってきているので、予告映像にもあったカンナの「うまく書き換えればあなたが死ななかった今を作れるかもしれない」というのは残念ながら不可能なのでは?
(駈が助かれば、うまく過去を書き換えて駈を救おうとしているカンナも存在しない)
上述の矛盾は生じるものの、2024年のカンナが、2009年の駈に姿を見せることなく2009年のカンナとの出会いをなんとか阻止し2024年に戻ることができれば、部屋から駈の遺影や遺品が全てなくなっていて、駈が赤の他人として生存しているという今も作れたのでしょうか。
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