アイム・スティル・ヒア

劇場公開日:2025年8月8日

解説・あらすじ

「セントラル・ステーション」「モーターサイクル・ダイアリーズ」などで知られるブラジルの名匠ウォルター・サレスが、「オン・ザ・ロード」以来12年ぶりに手がけた長編監督作で、1970年代の軍事政権下のブラジルで実際に起きた、政権の理不尽な拷問による元議員の死と、遺された彼の妻子が歩んだ道を描いた政治ドラマ。2024年・第81回ベネチア国際映画祭で脚本賞、第97回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。

1971年ブラジルのリオデジャネイロ。軍事独裁政権に批判的だった元下院議員のルーベンス・パイバが、供述を求められて政府に連行され、そのまま行方不明となる。残された妻のエウニセは、5人の子どもを抱えながら夫が戻ってくることを信じて待つが、やがて彼女自身も拘束され、政権を批判する人物の告発を強要される。釈放された後、エウニセは軍事政権による横暴を暴くため、また夫の失踪の真相を求め、不屈の人生を送る。

ルーベンスとエウニセの息子であるマルセロ・ルーベンス・パイバの回想録が原作。エウニセ役で主演を務めたフェルナンダ・トーレスは、本作と同じウォルター・サレス監督の「セントラル・ステーション」で、ブラジル人俳優として初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされたフェルナンダ・モンテネグロの娘。母親と親子2代で同じウォルター・サレス監督作でアカデミー主演女優賞ノミネートを果たした。また、母親であるフェルナンダ・モンテネグロも本作に出演している。第97回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、国際長編映画賞の3部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞。

2024年製作/137分/PG12/ブラジル・フランス合作
原題または英題:Ainda estou aqui
配給:クロックワークス
劇場公開日:2025年8月8日

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第97回 アカデミー賞(2025年)

受賞

国際長編映画賞  

ノミネート

作品賞  
主演女優賞 フェルナンダ・トーレス

第82回 ゴールデングローブ賞(2025年)

受賞

最優秀主演女優賞(ドラマ) フェルナンダ・トーレス

ノミネート

最優秀非英語映画賞  
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(C)2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiracao/MACT Productions/ARTE France Cinema

映画レビュー

4.0 人間社会の罪深い過ちを忘れないために

2025年8月9日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館
ネタバレ! クリックして本文を読む
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共感した! 19件)
ニコ

4.0 夫を、父を国家的暴力に奪われた家族の記憶を語り継ぐ志が、右傾化する世界へのカウンターになる

2025年8月20日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

怖い

のちにブラジルを代表する映画監督になるウォルター・サレスが十代半ばで、「アイム・スティル・ヒア」で描かれるパイヴァ一家と出会い、知識人らが出入りし政治や音楽について自由に語り合うパイヴァ家をたびたび訪れていたという。子供たち5人のうち唯一の男児であるマルセロが後年作家となり、認知症の進行が始まった老母エウニセの記憶を語り継ぐため著した回想録を出版。これに基づきサレス監督が映画化したのが本作だ。監督によると原作自体がエウニセの視点で書かれたといい、映画もおおむね彼女の視点に立つが、息子マルセロの視点も控えめながら混じっていることを意識して鑑賞すると、見える景色が少し変わるはず。

パイヴァ家の大黒柱だった元議員ルーベンスが軍事政権下で不当に連行され行方不明に。絶対に夫を取り戻すというエウニセの不屈の精神と、怒りや不安や悲しみを内に秘めつつ子供らを守り育てる強い母親としての生きざまを体現した、フェルナンダ・トーレスの抑制された熱演が映画を牽引する。この事件を取材しに来た記者とカメラマンから記事に載せる写真を撮影する前に「もっと悲しそうに」と指示されるが、にこやかに拒否し、子供たちに「笑って!」と呼びかける気丈さが胸を打つ。

息子のマルセロは、劇中では成人後に車椅子を使っている姿で描かれるが、20歳の時に湖に飛び込んだ際に脊椎を骨折し、後遺症で下半身不随になった。ラストの家族の集合写真を撮るシーンで、認知症が進んだ老エウニセ(フェルナンダ・トーレスの実母で、サレス監督の代表作「セントラル・ステーション」で主演したフェルナンダ・モンテネグロが演じる)と、マルセロが2人とも車椅子に座った相似形で並ぶ。車椅子使いになった理由は異なるが、図らずも母子で似た姿になったことが、ちょっと哀しくて切ない。

エンドクレジット前の文で、政府がルーベンス殺害を認め、2014年に軍人5人が起訴されたが、いまだに逮捕も処罰もされていないと説明する。サレス監督はインタビューで、極右が台頭している昨今だからこそ、軍政期の国家的暴力を語り継ぎ、同じ過ちを繰り返さないようにする作品の必要性が増しているという趣旨の発言をしている。それはブラジルに限った話ではないし、右傾化する今の世界だからこそ、「アイム・スティル・ヒア」のような映画がカウンター、対抗手段として有効なのだと信じたい。

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共感した! 10件)
高森 郁哉

4.0 サレスならではの筆致で描く、人生の歩みを止めない物語

2025年8月8日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

サレスの監督作はいつもゆったりと観客を招き入れ、おおらかに包み込む。代表作の幾つかはロードムービーとして知られるが、しかしそうでなくとも、例えば「ダーク・ウォーター」という一つの場所を舞台にした作品でさえ、そこに至るまでの母娘の長い彷徨を感じさせる。いわばサレス作品は動こうと動くまいと、心と場所の距離移動を大切に謳った物語と言えるのだろう。その点、久々の今作では、独裁政権下で夫を強制連行された妻と子供らの数十年の歳月が織り成される。リオ育ちのサレスは幼少期に彼ら一家と親交があったそうで、まさにこの物語は彼にしか具現化し得なかったものだ。当時の緊張と恐怖、悲しみや怒りに押し潰されることなく、ヒロインは意志と気高さを持って人生を歩む。その生き様は確実に子供たちへと受け継がれている。この母娘、継承というテーマは配役からも窺え、私は久々に「セントラル・ステーション」の懐かしさを思い切り噛み締めた。

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共感した! 9件)
牛津厚信

4.0 家族の平穏を無惨にも奪われた専業主婦が変容していく

2025年8月8日
PCから投稿

泣ける

怖い

革命家、チェ・ゲバラの青春時代にフォーカスした『モーターサイクル・ダイアリーズ』((04年)や、1950年代のビート・ジェネレーションを代表する作家、ジャック・ケルアックの自伝的小説を映画化した『オン・ザ・ロード』('12年)等で、ロードムービーの達人と言われてきたウォルサー・サレス監督。ブラジルに生まれ、外交官の父と共にフランスとアメリカを行き来して育った彼が、ロードムービー、つまり旅する映画にシンパシーを感じるのは必然なのかもしれない。

同時に、15歳でブラジルに帰国したサレスが離れて暮らしていた母国をテーマに映画を作るのも、また、必然。離れていたからこそ見えてくる真実や独特の距離感が、作品に深みと客観性をもたらすこともあるからだ。『モーターサイクル~』はその2つの要素が合体した傑作だと思うし、本作『アイム・スティル・ヒア』は軍事独裁政権下のブラジルに生きた実在の家族に密着して、平和なコミュニティが少しずつ破壊されていくプロセスを計算し尽くされた演出で見せていく。冒頭で描かれる家族の風景が平穏であればあるほど、その後にやって来る暴力の足音が覚悟はしていても、身に沁みて恐ろしいからだ。

元下院議員だった夫が政権に批判的だったことから、ある日突然、軍によって連行される。本作は、残された妻が平凡なハウスワイフから闘う女性へと否応なしに変容していく姿を通して、国家的弾圧にも負けない個人の強さを描いている。妻とは、母とはいかに強靭であるかというパワフルなメッセージだ。

サレスが最後に仕掛けた過去作との見事なリンクに思わず膝を叩く映画ファンがいるに違いない。筆者もその鮮やかさ、旨さにニヤッとしてしまった。

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清藤秀人