劇場公開日 2024年9月13日

「吸血鬼と人狼とそして誰もいなくなった」アビゲイル 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0吸血鬼と人狼とそして誰もいなくなった

2024年12月2日
PCから投稿

日本では芸能関係者は思想的政治的なことを言わないが、あちらでは若い人気者でも主義を明言したり(2024/11/05の投票日にそなえて)トランプかハリスかを公言することがある。
バレラがスクリーム7のヒロインを降板したのは中東の紛争に関する見解をソーシャルメディアに投稿したからだった。
彼女はUNRWA(国際連合パレスチナ難民救済事業機関)へのリンクを貼って寄付を呼びかけたり、サンダンス映画祭でパレスチナ支持のスローガンを連呼したことで配給元のスパイグラスから解雇され、後日その騒動を回顧しつつ「私は反ユダヤ主義とイスラム嫌悪を非難します」との声明を発表したそうだ。

アメリカの枢要はイスラエル支持なのでパレスチナ支持の政見が駆逐される傾向があるがUNRWAはイスラム過激派グループとつながりがあるとされている。
まったくのところ中東というのは密事だらけのゾーンである、と同時に、国家の報道スタンスは支持する側への偏向をもっている。
いずれにせよ芸能人が求められてもいない政見をぶつのは得策ではないがハリウッド圏内では立場を明確にすることで個が際立つ場合がある。
とりわけバレラのように強い顔立ちの人が意見すると社会的責任へのコミットメントが感じられてむしろ効果的だったりする。
結局バレラはスクリームのヒロイン解雇騒動からさっさと立ち直り映画アビゲイルの撮影に入った。
これらが昨年から今年(2024)初頭にかけての出来事である。

クレジットをみてまずキャスリンニュートンが助演なことに驚いた。「Fan!」だからというだけではなく今が旬の若手だからだ。ニュートンに後塵を拝させたメリッサバレラ、あらためてつええ、と思った。
メキシコモンテレーの産で太い眉と大きな目をもっている。フェミニンなのに自信が横溢した、現代を勝ち抜ける面魂(つらだましい)といえるのではなかろうか。

以前Freaky(邦題ザ・スイッチ、2020)のレビューでニュートンを「据わった目」と評した。殺人鬼と女子高生が入れ替わってしまうホラーコメディなので、ニュートンは据わった目をする必要があった。しかしその目の据わり方が半端ではなかった。ニュートンは子供から業界にいた人なので精神的な落ち着きが目にあらわれる。基本的に据わった目をした女優だ。
すなわちクレジットをみた途端、映画アビゲイルはわたしにとってバレラとニュートンの目の据わり対決になった。

映画は筋肉馬鹿なKevin Durandと冷静なダンスティーヴンスの会話ではじまる。
Durand:(運転しながら)温度は大丈夫かな、寒すぎたり暑すぎたり...
スティーヴンス:温度はいいから、運転しろや

冒頭、集められた賊たちがどこかへ忍び入る状況と各員の性格が描かれて、はやくもわくわくさせた。
Matt Bettinelli-OlpinとTyler Gillettはホラー一筋にやってきたコンビ監督で、ホラーオムニバスのセグメントや、鳴かず飛ばずだったDevil's Due(2014)を経て、サマラ・ウィーヴィング主演のレディ・オア・ノット(2019)でブレイクした。
ヒロインを非現実な状況に入り込ませてhorribleな画を提供しつつしっかり笑いもとる。──自分たちならではのスタイルを見いだしたコンビ監督の好調が伝わってくる滑り出しだった。

見慣れている人ならわかりきったことだがダンスティーヴンスはシュッとしたハンサムだが演技派である。しかしシュッとしたハンサムであることに気を取られて印象が残りにくい。言い換えると演技が巧すぎるので印象が薄い、ほどの演技派といえる。
まだ何も解っていない映画初っ端の台詞、Temperature’s fine.Just fucking drive.だけで大笑いするにちがいない。請け合ってもいい。

キャスリンニュートンもじょうずだった。設定は「裕福な家庭に育ったスリルを求めるハッカー」。まったく、そのお手本のような演技力だった。

バレラは血を浴びる係に徹したが血まみれでも素敵な人だった。
映画アビゲイルは吸血鬼と人狼ゲームとそして誰もいなくなったを掛け合わせたスプラッターコメディで、各キャラクターにもしっかりと具が詰まっていて、ところどころ本気で笑わせた。

imdb6.6、RottenTomatoes83%と84%。
エンドクレジットには2023年7月31日、薬物の過剰摂取で死亡が確認された25歳のアメリカ俳優、ここでドライバーのディーンを演じたAngus Cloudへの追悼がある。

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津次郎