「アメリカン・ニューシネマのような肌触り」シビル・ウォー アメリカ最後の日 かぼさんの映画レビュー(感想・評価)
アメリカン・ニューシネマのような肌触り
「もし現代のアメリカで国家を二分する内戦がおきたら」と云う情報以外何も摂取せずに鑑賞。
アメリカ人にとってCivil Warと云えばただの内戦の事では無く、自国の歴史上の南北戦争を想起することぐらいは知っている(私にとってはキャプとトニーのヤツ)
だからてっきり社会が分裂する過程描く話だと思ってた。
今のアメリカの現状、超インフレや持つ者と持たざる者の間の拡大等の国家への不信感が増大する中で大統領選挙が行われる上で、保守や権威主義に傾く恐れからリベラルな視点での反戦を訴える映画なのかなぁと。
だが良い意味で期待を裏切って、全く違う映画だった。
凄い映画だと思う。
冒頭から既に内戦状態、しかも情勢は一方的になりつつある状況で始まる。
何故国が分断したのか、何が原因か、イデオロギーの衝突も描かれない。
保守とリベラルが組んで、国を倒そうとしている。権威主義体制に対する民主主義の抵抗、あるのは狂気のみ。
政府軍の敗北に傾くなか、ジャーナリストとカメラマンが大統領にインタビューするべく、内戦下のアメリカを移動して地獄巡りするロードムービーとも言える展開で、道中の狂気が描かれる。
戦時下の狂気を巡るロードムービーと言えば「地獄の黙示録」、ある狂気を止める為に正気の巡回者が、その狂気に同化して止める話で、ある種の神話に昇華しようとした物語であるのに対して、本作は主人公を含めて皆、始めからまともではない。
戦争行為の大義名分を決して描かないので、それを報道する行為も殺戮の記録でしか無い事が際立つ。
狂気と死しかない。
アメリカ人のジャーナリズムにおいて、戦場の風景は必ず異国であり、自国の内戦の経験は無い。
平時には同級生であった者を殺したり、強烈なレイシズムから大量殺戮したりする無政府状態の中、その経験の無い違和感の中で、それを切り取り残そうとするカメラマン、敗戦の将となりそうな大統領の肉声を録ろうとするジャーナリスト。
一応、主人公に憧れる女の子の戦場カメラマンとしての成長や、ホワイトハウスで市街戦が繰り広げられる中、ある種の人間性を取り戻したかの様な主人公が、戦場に恐怖感じて蹲るのだが、ジャーナリストの鼻が効いて、大統領の存在に気付く矜持(狂気)は、捨てられなかったりする話はあるが、あくまで描かれてるのは狂気と死のみであると思う。
女の子を庇って主人公が亡くなる所も、女の子は一瞥するが放っておくし、主人公がアップになる事もない。
劇中散々映る死体と同じ扱いである。
ある意味反体制を描く本作は、彩度を抑えたドライな映像に、60年代末から70年代初頭のバンド、シルヴァー・アップルズのラブフィンガーズで始まり、まるでアメリカン・ニューシネマの様な雰囲気が漂う。
市街戦のパートだけは、制圧作戦のシミュレーションの様な映像となるが、あくまで、全体の印象はニューシネマの様で、鑑賞後の心に残る感じも近いと思う。
最後に映し出される切り取られた写真の狂気を観客に提示して終わるのも、ニューシネマぽい。
中々の秀作だと思います。
追記として現実的には、強大な軍の最高位にいる大統領があの様に制圧されるのは、リアリティに欠ける。攻撃ヘリや戦車、装甲車で制圧されるが、それ以外の強大な力を持つ軍備は登場しない。戦闘機も攻撃機もドローンもミサイルも。
その気になれば軍を掌握している内に戦略爆撃を加えていれば、ああ云う情勢にはなってないと思うのだが。
軍の掌握を失った時点で逃亡してる筈だし、少しでも命令系統が残ってたなら、DC制圧前の基地に爆撃を加えたら逆転するし、そもそも最高機密の地下脱出路やシェルターもあるだろうから、劇中の様な追い詰められ方をするとは思えない。
ただアメリカがこの様な内戦状態になったなら、東アジアの情勢はとんでもない事になってるので、軍事力は大方そちらに流れてるのかなぁと忖度しながら観ていた。
共感ありがとうございます。
アメリカンニューシネマと言えば、乾いたザラつきみたいな感触のイメージですが、今作は乾いてるんですが血のべたつきが残ってる感が有りました。
大統領と言うより、家臣に見放された殿様の様でしたね。