「ロイ・コーンからトランプへ 悪魔の遺伝子を受け継いだ男」アプレンティス ドナルド・トランプの創り方 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
ロイ・コーンからトランプへ 悪魔の遺伝子を受け継いだ男
ロイ・コーンをよく知る人物は言う、彼のような人間はいつの時代にも存在すると。
赤狩りの嵐が吹き荒れた50年代のアメリカ。マッカーシズムの下、実質そこで主導的役割を果たし、多くの人間の人生を狂わせたのが当時若き日のロイ・コーンだった。
彼は劇中でも語られたローゼンバーグ事件で注目されたことからFBIのフーバーの推薦によりマッカーシー上院議員の主任顧問となる。
マッカーシズムとはその名の通り国務省に共産主義者のスパイが大勢潜んでいるというまさにマッカーシーのデマ発言から巻き起こった反共ヒステリーである。
当時の朝鮮戦争勃発、ソ連による原爆開発で共産主義に対する脅威が大きくなり始めたころに国民の不安の炎に見事に油を注いだのだ。
このマッカーシー発言の元となった情報自体、今では当時フーバーが彼を反共活動に利用しようとしたがためにリークしたフェイク情報であったともいわれている。実際その情報には何の根拠もなかった。しかしそれでも当時の反共活動を煽り立てるには十分すぎるほど大きく役立った。多くの人間が不当な疑いを根拠に公職から追放され、また特にハリウッドが標的にもされ、チャップリンもアメリカから追放された。
ロイ・コーンが頭角を現すきっかけとなったのが当時原爆開発に携わったユダヤ人科学者ジュリアス・ローゼンバーグが原爆の機密情報をソ連側に売り渡したとして妻のエセルと共にその容疑をかけられ処刑された事件である。当時は冤罪だとして世論を二分したがのちに公開されたヴェノナ文書で彼らがソ連のスパイだったことが明らかになる。しかしジュリアスが渡していたのは原爆開発に関する重要な情報ではなく、また妻のエセルの関与があったことも疑わしいものだった。
当時の裁判においてはエセルの弟の証言だけで有罪判決が下り、二人は処刑されてしまう。のちにこの証言はロイ・コーンにより仕組まれた偽証であったことが明らかになっている。
少なくとも当時ロイ・コーンがいなければ幼い子供たちが両親と永遠の別れを告げられることはなかったのである。
当時二十代の駆け出しの検事であったロイ・コーンがなぜそうまでして夫妻に罪を擦り付け糾弾したのか。彼の野心に加えて一説には同じユダヤ人である彼が夫妻を糾弾することでユダヤ人への偏見を払拭したかったのではないかとも言われている。だとすればのちにゲイである彼が同じくゲイたちを糾弾したことともつじつまが合う。
どちらにせよ合法違法を厭わない手段を選ばぬ彼の法廷戦術はこの時から培われたものであり、その様はまさに悪魔に魂を売った人間という称号にふさわしいものだった。
マッカーシズムはロイ・コーンが恋人の徴兵逃れのために行った工作やマッカーシーが赤狩り追及を陸軍にまで及ぼそうとしたためにアイゼンハワーの怒りを買い、彼らへの非難が噴出し彼らが失脚したことから沈静化していった。
扇動政治家マッカーシーは酒におぼれ49歳の若さで亡くなるが、検事をやめたコーンは元判事の父のつてを頼りにニューヨークでやりての弁護士としてリベンジを果たす。ここでも手段を選ばぬ方法で依頼人である実業家やマフィアに貢献し彼はフィクサーとしてのしあがっていく。そして彼の依頼人の中に若き日のトランプがいた。
劇中でトランプが組織的に行っていたトランプビレッジへの入居差別の裁判で判事の弱みを握り訴訟を和解に持ち込むシーンが描かれている。私は法には興味がない、興味があるのは裁判の判事が誰かということだけだというコーンの言葉が残されている。法の遵守などお構いなし、相手の弱みを手に入れそれを自分が有利になるよう利用する。ローゼンバーグ事件で彼が取った手法だ。
さすがにあまりに手段を選ばないコーンのそのやり方に若き日のトランプも嫌悪感を抱かずにはおれずその戦い方を見習いながらもコーンとは一定の距離を保ち続けた。だがコーンはトランプの才能をいち早く見抜き彼に自身の教えを伝授する。
彼らはお互いに利用し合う関係だったと言える。しかしさすがのロイ・コーンもエイズに感染して年貢の納め時となる。悪名をはせてきた彼の晩年はみじめなものだった。それでもトランプだけが無一文になった彼を最後まで面倒を見た。しかし最後の最後にはトランプに失望してロイ・コーンは息を引き取る。
悪魔に魂を売り渡したロイ・コーンはこの世を去るがその後継者であるトランプはついにアメリカ大統領にまで上り詰める。世界一の軍事大国であり、経済大国のトップに悪魔の遺伝子を受け継いだ男がその座に就いたのだ。
今のトランプを作り上げたのは間違いなく父のフレッド、そしてロイ・コーンであった。トランプの考えは父の教えに基づき人生には勝者か敗者しかいない。二つに一つであり自分は常に勝者であるということ。そしてロイ・コーンのたとえ敗北してもそれを認めず、勝者であると言い続けろという教えが加わり今のトランプが完成する。
トランプはコーンから伝授された教えを今も忠実に実践する。けして負けを認めず勝利を主張し続けろ。彼が再選を阻まれた選挙は不正であり盗まれたと言い続け、それを信じた支持者たちを扇動し議会襲撃事件を引き起こした。
ひたすら攻撃。就任後の飽和攻撃ともいえる史上類を見ない大統領令の連発でマスコミや議会は対応できないほどであり、そのまま既成事実化を狙おうとする。選挙戦の対抗馬には容赦ない攻撃を繰り返した。政敵であるバイデンのウクライナでの不正の捜査を支援と引き換えにゼレンスキーに依頼。
けして非を認めるな。そのウクライナ支援を餌にした捜査依頼や、選挙中の不倫口止め料支払いなどの不正に対する疑惑をでたらめだと言い続けた。
これら三つの教えが彼を億万長者の地位に押し上げそして今の大統領の地位にまで押し上げた。今の現時点で彼は勝者なのかもしれない。だがロイ・コーンのようにいつか負けを認める日が来るかもしれない。その時彼は潔くそれを認めるのだろうか。
彼がただの実業家であったならば今のままでもいいのかもしれないが、いまや世界に影響を及ぼしうる強大な権力を握る米大統領である。彼の采配一つで人々の人生を大きく狂わす。マッカーシズム下のロイ・コーンが行った比ではない。
けして自分の非を認めず、むしろ自分を批判する人間たちを罵倒し続けるその姿は果たして民主大国の大統領にふさわしいと言えるだろうか。これではロシア、中国、北朝鮮の指導者となんら変わらないのではないだろうか。
ロイ・コーンの親族が言った、彼のような人間はいつの時代にも存在すると。1930年代のドイツ、50年代のアメリカ、そして現在のアメリカだ。
ヒトラーはヴェルサイユ体制の下で不満を募らせた民衆の心をつかみユダヤ人を仮想的とすることで独裁政権を築き上げた。マッカーシズムは国民の共産主義への不安を煽り思想信条の自由を蹂躙し多くの人の人生を奪った。トランプはエリート層から追いやられた周縁の人々の不満を掬い取り移民や有色人種、性的マイノリティの排斥を訴えて支持を得た。
人々の抱える不安や不満に目ざとく目をつけてそれを自身の支持につなげて権威主義に走るポピュリズムは民主主義の宿命ともいえる。彼らポピュリストは虎視眈々と人々の中に蠢く不満のエネルギーが噴出する機会を伺っているのだ。
トランプのような人間はこれからも出てくるだろう。民主主義社会において既成政治が多くの人々の受け皿となれないのなら、それは民主主義を駆逐するポピュリズムの台頭を許すことになる。
悪魔は常に人の心の弱みに付け込みその心を乗っ取ろうと機会を伺っているのだ。民主政が機能不全を起こして民衆の期待に応えられなくなり、人々が独裁でもいいと望むようになればそれこそ悪魔の思う壺となる。
映画はロイ・コーンのドキュメンタリーで見た映像がそのまま再現されたようなシーンなどが多くあり、ほぼ事実に則って描かれていると思う。例えば自宅兼事務所ビル内の自室で裸での腹筋運動、会議での様子。乱交パーティーシーンなどは実際彼はゲイたちのたまり場の店などに入り浸っていたことからも察しが付く。
この作品を2015年のトランプの大統領選初出馬を表明する以前に鑑賞したなら興味深い有名実業家の物語として楽しく見れただろうが、いまや大統領再選を果たした人物が本作の主役である。あの悪夢がまさか再来すると誰が予想しただろうか。劇場を出る私の足取りは重かった。
是非とも本作にはアカデミー賞作品賞、主演男優賞を取って貰いたい。スタローンが悪魔に魂を売り渡した今、かつて赤狩りにさらされたハリウッドにはぜひともトランプと闘ってもらいたい。
レントさん
実は、私も読み切れず一度借り直しを 😆
その上、新たに予約した本がたまたま借り直し時に届いており今手元に。その本が文庫本サイズの為、出先に持参して読んだりと、トランプ本、未だ半分読み終えた辺りで止まっています 😅
マイケル・ムーアの「 華氏119 」、覚えておきますね。
レントさん
現状打破したい、分からなくもないですが、余りにも極端なやり方に、アメリカが某国と同じ側に立っている、そんな感じすらします。
本作の信憑性が気になり、米ジャーナリスト、マイケル・ウォルフ著作の「 炎と怒り トランプ政権の内幕 」を図書館で借りて読み進めていますが、思わず苦笑いをしてしまう記述も多々あり、トランプ氏に票を投じた人々は、彼の何を信じ、彼に任せたいと思ったのか、ハリス氏に票を投じた人々は、今何を思うのか、複雑な思いで日々朝刊に目を通しています。
レントさん
コメントへの返信を頂き有難うございます。
監督、主演のお2人の思い、そしてアカデミー賞助演男優賞をノミネートされたジェレミー・ストロング、イェール大卒との記載を先程読んだのですが、鬼気迫る演技もアメリカの、そして世界の未来を危ぶむ強い思いがあってこそ、そんな気がしますよね。
アメリカの新しい大統領として選んだ国民の皆さんは、今どんな思いでトランプ大統領の言動を見守っているのでしょうね。
レントさん
同感です。
生半可な気持ちで、世界中からその行方を注目されている大統領候補者( しかも感情剥き出しの )トランプを演ずる事は出来なかったでしょうし、アカデミー賞主演男優賞、アカデミー賞助演男優賞ノミネートも、彼らの演技力は勿論、彼らに対する敬意も含まれているのでは、と感じています。