「佳作だが、ノーラン映画としては消化不良。」バットマン ビギンズ すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
佳作だが、ノーラン映画としては消化不良。
◯作品全体
これまでのノーラン監督作品とはスケールも画面の質感も大きく異なり、今まで綴られてきた「ノーラン文脈」とは切り離されたように見えた。その結果として、ノーラン作品の好きだった要素が軒並み薄口になっているように感じた。
例えば主人公像。これまでのノーラン作品の主人公といえばストーカーと不法侵入が趣味だったり、記憶障害により正しさのない復讐にすがっていたり、でっちあげの証拠を使う警察官だったりした。本作の主人公・ブルースはバットマンという仮の姿で世を忍んでいるが、個人的な復讐の感情から解き放たれ、街のためにと立ち上がる姿には、今までのノーラン作品のような「うしろめたさ」が存在しない。バットマン特有の闇夜を使った戦い方によって画面の暗部は存在するが、ブルースが背負った暗部というよりもブルースが立ち向かうべき街の暗部として存在している。ゴッサムシティは雑多な街並みがスケール感をもって映されているが、個人的に見たいのは、等身大のブルースだ。確かに、過去のトラウマやバットマンに至るまでの物語は饒舌に語られているが、ヒーローがヒーローに至るまでの苦悩はノーランが描かなくても似たような演出になるだろう。正義がなくとも己の欲求や願望にすがる主人公を独特な時間軸で描くノーランは、登場人物の陰の部分を描くという意味で唯一無二のように感じた。しかし、この作品においてはその「唯一無二」の要素が見えなくなってしまった。そこに物足りなさを感じた。
バットマンの始まりを描く物語としてはすごく丁寧に描いているし、バットマンとして活躍する姿も躍動感が素晴らしい。しかし、ノーラン監督作品であるという視点からすると、今一つ活かしきれていない作品だ。
○カメラワークとか
・アクションの撮り方に時代を感じる。アクションの組み立ては二の次で、カメラのブレでアクションのスケール感を出す。『ボーン・アイデンティティ』が注目された00年代のアクション特有のカメラワーク。今見ると、正直古臭い。そしてアクションの組み立てを見ることのノイズになっていて、かなりストレス。
○その他
・ちょっと強引にノーランらしさ、ということに目を向けると、多層的な敵役の配置があった。幼少期のブルースの物語だけ見れば両親を殺したチルが最大の敵だが、その後にファルコーニというマフィアがバックにいることを知る。しかしそのファルコーニを凌駕するクレインが現れるが、そのクレインを手先としていたのはデュカードだった。物語の最後の最後まで何をすることが最終目的なのか、誰を倒すことが着地点になるのかというのが定まらないのはノーラン作品の特徴でもある。
・警察官のやりとりがやけにコメディチック。シリアスな空気感のコメディはすごく好きなんだけど、なんかこの作品の警察官たちは露骨な感じがしてちょっとイマイチ。ドラマ作品で急に吉本新喜劇をやりだすみたいな場違い感。