「男は敗れようとも…」室井慎次 敗れざる者 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
男は敗れようとも…
『踊る大捜査線』の新作映画も12年ぶり。
しかし今回、“踊る大捜査線最新作”と括っていいものか。
ご存知の通り今回、青島=織田裕二は出ない。それについては色々憶測が流れているようで、ここでは敢えて触れない。私が聞いた辞退説もあくまで噂のような…。
そこで主役に白羽の矢が当たったのが、もう一人の主役・室井なのだが…。
2005年に室井主役のスピンオフ『容疑者・室井慎次』が公開されたが…。
これが『踊る』映画シリーズとして最も成績の低い約38億円。同年のもう一つのスピンオフ『交渉人・真下正義』は約42億円であった。
そんな室井を主役に。しかも2部作で。
『踊る』の映画も『1』『2』をピークにどんどん成績が下がっている。約101億円→約173億円(邦画実写歴代1位)→約73億円→約59億円。
12年のブランクは思ってる以上に大きい。その間、『踊る』関連のものは何も無く、『踊る』を見てない/知らない世代も…。
久し振りの新作なのに、今一つ話題になってないような感も…。注目度やレビュー投稿数は『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の方が上。ファンの間では盛り上がっているが、結局それは再放送のTVドラマや映画に対して。
かつては邦画絶対的な人気/ヒットコンテンツだったが…。不安要素はいっぱい。
これがコケたら“踊る終わった説”も現実に。
果たして…?
早速色々と。
中身ナシ。何も起きない。
2時間ただだらだら。
事件も話も中途半端。
全ては後編で。あざとい金稼ぎ。
…まあ、分からなくもないものもある。
『踊る』も終わった…?
ちょっと待って。
率直な感想。思ってた以上に面白かったのでは。
前回の室井スピンオフよりも。『3』や『FINAL』よりも。
個人的に『踊る』の映画は、『1』と『交渉人』が好きで、『2』の次か並ぶくらい。
『踊る』特有のあのノリや雰囲気ではない。室井が主役だから確かに真面目な作風。
が、常に眉間に皺を寄せたばかりの作風ではない。ちゃんとエンタメ性はあり、事件サスペンスも起こり、哀愁と感動のヒューマンドラマでもある。
まだ“ジョーカーショック”を引き摺っていた分、室井さんが魅せてくれた。
青島が出ない以上、誰が主役に相応しいか。誰の“その後”を見たいか。
やはり室井。
彼にはやらねばならない事がある。果たさねばならぬ約束がある。
あの男と。
かつては組織人だったが、あの男との出会いで変わり、約束を果たす為、組織と闘い続ける。
現場の者の為に。上と下、よりよい関係の為に。
組織を変える為、もっと上へーーー。
が、彼は敗けた。
組織を変えられなかった。組織から見離された。
定年前に辞職。無念と自責のまま、室井は故郷の秋田へ…。
猪突猛進の青島とは違う信念の室井。挫ける事などないだろうと思っていたが、まさか室井がこんな事になっていたとは…。
秋田の自然に包まれた田舎で静かに暮らす室井の姿に違和感ナシ。それともギバちゃんの素…?
孤独な一人暮らしではない。
可愛い秋田ワンちゃん。
そして、二人の男の子。
…あれ? 室井に子供いたっけ…? そもそも結婚してたっけ…?
実の子ではない。犯罪事件の孤児の里親となり、預かっている。
貴仁。“タカ”と呼ばれている。高校生。母親が殺された。
凛久(リク)。小学生。親が犯罪者。
3人の関係は良好。タカもリクも室井の言う事をよく聞き、懐き慕っている。
室井もそんな二人に向ける眼差しが暖かい。
夕食は必ず一緒に。リクにはカレーは飽きたと言われるけど、室井特製の鍋。マジ、旨そう~。レシピ教えて!
平穏な暮らしだが、これを築くまでは大変だった。終盤描かれるのだが…
警察を辞め、この地へ。古家をイノベーションし、畑を耕し、悪戦苦闘。上手くいかず、頭を抱えて喚く事も。不器用な男なのだ。
やがて二人を迎え入れる。暮らしに穏やかさと幸せが溢れ出したのは、二人を引き取ってから。
心残りはあるが…、もう警察の人間じゃない。この二人を育て、静かに慎ましく…。
平穏は突然破られた…。
室井たちが住む家の目の前に池があり、その対岸の地中から発見されたのは…
謎の他殺体。
事件など起こった事など無い町に警察が。
町人の中には快く思わない者も。室井に対しても邪険露わ。
県警だけではなく、警視庁も。旧知の刑事の話によると…
被害者はあの“レインボーブリッジ事件”の犯人グループの一人。出所し、特殊詐欺に手を染めていたという。
“過去の亡霊”はこれだけではなかった。
ある日現れた一人の少女。持っていた里親からの手紙によると、“室井慎次を訪ねろ”と。
タカ・リクとも打ち解け、一緒に暮らし始めるが、室井には何か引っ掛かるものが…。
警視庁の旧知のツテを使って調べて貰う。刑事としての勘は鈍っていなかった。
少女の名は、日向杏。シリーズ最凶の犯人・日向真奈美の娘であった…。
室井の個に迫った番外編的作品になるかと思いきや、がっつりシリーズとリンク。しかも、『1』『2』の大事件と…!
結局過去の作品に頼ってるだけとの声もあるが、ファンにはワクワク。が、室井にとっては…。最凶の犯人と“レインボーブリッジを封鎖出来なかった”忌まわしき事件…。
全てから決別しようとこの地に根を下ろしたというのに…。室井の眉間に再び皺が…。
因縁か、宿命か、ケリを付けなければならないのか…?
履き慣れた古い靴や馴染みのスーツを着たような。佇まい、言葉一つ一つの重みや深み。柳葉敏郎が魅せる円熟の味。
シリーズ馴染みの顔(筧利夫も『踊る』で知名度上がったなぁ…)も見せ、シリーズ過去映像(青島の姿も! どうやら織田裕二と製作側にしがらみはないように感じた)も流れ、このシリーズが如何に長い歳月を経たか感慨深くさせつつ、新たな3人に注目。
福本莉子。小泉今日子が怪演した凶悪犯の娘という難役。可愛らしい見た目の中に、陰や時折見せる不敵な笑みが“母親”を彷彿させる。次作で大化けするか…?
タカ役の齋藤潤クン、どっかで見た名前だなぁ…と思っていたら、『カラオケ行こ!』の聡実クンか! 着実にキャリア積んでる。
リク役の前山こうが・くうが双子が、二人一役していたのは驚き!
室井と3人の子供が織り成すドラマこそ本作の見所だろう。
静かにかつ深刻に波風立てるのは、杏。
まだ何が目的か定かではないが、嘘を吹聴し、タカとリクに室井への不信感を募らせる。
幼いリクは信じてしまう。タカは…。
杏の仕業と分かっていても、室井は咎めない。
リクに対しても常に同じ目線に立って。ある時リクに言う。自分もまだ“一年生”だから、どう注意したらいいか分からない。
手探りでの里親。しかしその姿を、しっかり見ていた者がいた。
タカの母親を殺した男が獄中から謝罪の手紙を。担当弁護士から一度会って欲しいと。
室井はすぐ見抜く。裁判を有利にする為の弁護士の魂胆。
あなたが家に来た時、タカの母親の遺影に手も合わせなかった。室井さん、よくぞ言ってくれた!
タカは母を殺した男と会う。謝罪の手紙などやはり弁護士が書いたであろう嘘。謝意も何も無い横暴な態度。
そんな男にタカは言う。俺はあんたみたいな大人を知っている。内心で、自分は情けないと言い続けている。あんたみたいな大人にはならない。
なりたい大人がいる。
その人の傍で、姿を背を見続け、あんな大人になりたいんだ。
共に暮らした時間はまだ一年。が、時間以上の実り築いたものが彼らの間にはあった。
何も起きないと言われるこの前編だが、唯一解決し、ハイライトとなったのはこのシーンだろう。胸に染みた。
前編がタカなら、後編はリク。終盤リクの父親が出所し、次回予告映像では…。
謎の放火。火に飲まれる室井のスーツ…。
杏の目的は…? 次回はどうやら“母親”も…!
事件の真相と犯人は…?
室井は何か病を患っているのか…?
やり残した事、再びあの男との約束を果たす事が出来るのか…?
後編は回収しなければならない事がいっぱい。
これは室井と、君塚良一と本広克行、男たちのケジメのドラマである。