「横浜流星にあっぱれ!」正体 おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
横浜流星にあっぱれ!
原作未読ですが、おもしろそうな予告に惹かれて鑑賞してきました。土日に時間が取れず、月曜日の仕事帰りに行ったため、観客は少なく、落ち着いて鑑賞できました。おかげで、作品世界にしっかり浸ることができました。
ストーリーは、一家惨殺事件を起こして死刑判決を受けた鏑木慶一が、病気を偽って救急搬送される隙に脱走し、さまざまに姿を変えて逃亡生活を続け、潜伏中に出会ったわずかばかりの人との交流を重ねる中、必死に逃亡を続ける理由がしだいに明らかになっていくというもの。
大筋は、囚人がある目的のために脱獄してそれを果たすという、予告から予想される範囲内のもので、そこに意外性はありません。というよりこれ以外の展開は思いつきません。最近では今年の春に放送されたテレビドラマ「Believe−君にかける橋−」がよく似たプロットだったように思います。
この手の作品の見どころは、どのような逃走と潜伏を繰り返し、どんな人と出会い、どんな関係性を築いたのか、そして逃亡の目的は何だったのかというところでしょう。その点において、各潜伏先の前後の描写がやや不足しているような気はしますが、鏑木の人物像を際立たせながら警察内部の事情をうまく絡め、テンポよく描いていたと思います。
中でも、鏑木と出会った人々が、口を揃えて「彼を信じたい」と言う姿に心を揺さぶられます。鏑木は姿や名前こそ偽ってはいるものの、出会った人に見せる優しさや誠意は嘘偽りのない彼自身であり、それが人々の信頼を得ていくことにつながったのでしょう。ラストで鏑木が逃亡理由として語る「この世界を信じたかった」という言葉との呼応が鮮やかです。
そんな鏑木の思いは、やがて又貫刑事の心をも動かしていきます。これもかなり早い段階から察しがつくベタな展開ではあるもの、警察組織の腐敗を訴え、気概のある刑事に希望を見出すという点では、それなりに見応えを生んでいたと思います。
ただ、そもそも初めからまともな捜査をしていれば、冤罪が生まれるはずはありません。鏑木には何の動機もなく、あれだけの惨殺現場でそれほどの返り血も浴びておらず、足利のゲソ痕があったはずだし、身長や利き腕の違い、飛沫痕の状態を考えても、誤認逮捕なんてあり得ないはずです。しかし、そこを飲み込まないと話が進まないので、ここは松重さんに泥を被ってもらうしかなかったのでしょう。今回ばかりは松重さんが憎々しく思え、鑑賞後に劇場ロビーに置かれた「孤独のグルメ」の等身大パネルを殴りたくなりました。笑
それにしても冤罪は怖すぎます。警察がその気になれば、誰でも犯人に仕立て上げられ、そこで人生終了です。最近では袴田事件が思い出され、憤りが止まりません。こんな全く信用できない警察や検察に加えて、安全な場所から他者を徹底的に追い詰めるSNSでの無責任な発言も、本当に大嫌いです。このあたりの内容も本作で訴えたいメッセージの一つであり、そのために安藤弁護士の痴漢冤罪事件も描いていたのだと思います。しかし、これが鏑木の事件との相乗効果にイマイチつながっていないように感じたのは残念でした。
とはいえ、そうそうたる俳優陣の魅せる演技とテンポのよい話運びのおかげで、見応えのある作品に仕上がっています。興味のある方はぜひ劇場でご鑑賞ください。
主演は横浜流星さんで、逃亡中の鏑木の心情が伝わる、すばらしい演技を披露しています。役の幅がどんどん広がり、まだまだ伸びしろを感じて、今後も期待してしまいます。脇を固めるのは、山田孝之さん、吉岡里帆さん、森本慎太郎さん、山田杏奈さん、前田公輝さん、西田尚美さん、山中崇さん、宇野祥平さん、駿河太郎さん、木野花さん、田中哲司さん、原日出子さん、松重豊さんら豪華な顔ぶれ。