蒼き狼 地果て海尽きるまで : 映画評論・批評
2007年2月27日更新
2007年3月3日より丸の内ピカデリー1ほか全国松竹・東急系にてロードショー
角川春樹自身の出生と戦い、そして復活を描く壮大なインディーズ映画
穿った読みをするまでもない。製作者自らチンギス・ハーンの生まれ変わりであると公言しているのだから、真の原作は自伝「わが闘争」に違いない。舞台がモンゴルであろうが、監督がいようがいまいが、これは紛れもなく角川春樹自身の出生と骨肉の争い、そして復活を描く壮大なインディーズ映画だ。集められた人馬の数は、劇中の戦いよりも製作者の威容を示すために機能する。
どんなスペクタクルよりも似ているものがある。それは、荒野における野生動物の生態を映し出したドキュメントだ。プライドを懸け、家族を守るために戦い、生き残るために殺す。宿命を背負い常に殺気立った反町隆史の雄叫びも、敵の子を孕んでも不機嫌なだけの菊川怜の表情も、観る者を寄せ付けない殺伐とした画面の羅列も、大自然における生殺与奪を切り取った映像の断片だと思えば苛立ちも鎮まる。
盛り上がりに欠ける近しい者たちの愛憎劇を呆然と眺めるうちに、清々しささえ覚え始める。こんなにも情念に満ちた日本映画には久しくお目に掛かれなかった。全てのスポンサーが納得しなければ事が進まない製作委員会方式では、決して生まれない独断的な映像。ここには観客の顔色を窺う媚びがない代わりに、周囲が何と言おうと動じない狂気がある。自分への陶酔がある。しかし創り手の灰汁が強烈でも、画面にたやすくエモーションは宿らない。映画の可能性を信じるラストタイクーンのぶっ壊れた映像から学べるものは多い。カリスマの大博打と失われた日本映画の姿を見届けるために、劇場に足を運び、そして罵詈雑言を浴びせよ。本当の映画人なら、批判を甘受し、何度でも立ち上がるだろう。
(清水節)