A.I.のレビュー・感想・評価
全27件中、21~27件目を表示
最後の展開に感動した
全編哀しい雰囲気で切ないだけの映画だったが、最後に人類が滅んでから進化した宇宙人が出てきたのには、死んだ頭が突然覚醒したかのように感動・感激してしまった。この展開で、評価が普通→良いに変わった。単に、ロボットに対する同情をかう映画ではなかった。「2001年宇宙人の旅」、「スターウォーズ」、「ET」等のエッセンスも盛り込んでいる。さすがスピルバーグ、最高の演出効果に大拍手したい。最後の数分間のために、長かった前哨戦があったんですね。
ライオンが涙するところ
SF作品の中では最も好きな作品。
今まで観たスティーブンスピルバーグ監督の作品の中で最も切ないと感じる。
プログラムされた「愛」の中、デイビッドは母にもう一度愛されたいという一心から、人間になるためおとぎ話のブルー•フェアリーを探す旅に出る。
この作品の中で私がとてつもなく惹かれるのは言葉だ。
母モニカがデイビッドに愛をプログラミングする時の7つの言葉
「巻き雲 ソクテラス 分子 音波 ハリケーン ドルフィン チューリップ」
や、デイビッドの作り主であるホビー教授の「ロボットから人間へ」からの
「人間の子よ
坂立つ海の彼方へ
フェアリーと共に
嘆きに満ちたこの世を後にしよう
危険な旅路だが 得る物は大きい」
(Come awway O human child
To the wters of wild
With afairy hand in hand,
or the worl`s more full of weeping
Than you can understand,)
さらにマン・ハッタンの事を「ライオンが涙する地の果て」
「海に沈んだ地の果ての都市」`夢が生まれる その場所´
と呼ぶなど、詩的でなぜか惹かれる言葉の数々にとても胸が苦しくなる。
おそらくインタビューでスティーブン監督も言っていたが、
この物語は「現在、そして未来のおとぎ話」がテーマであるためこういった曖昧で詩的な文が多く出たのではないかと思う。
明確な言葉よりもこういった言葉を使うことで観客たちに想像の余地を与えているのではないだろうか。
そういった夢物語なのに、一方でルージュ・タウンといった性と欲に満ちた世界や、ジャンク・フェアのような残酷で身勝手な人間性も織り交ぜてくるギャップもいい。
また、この作品は元はスタンリー監督(シャイニングの方)が撮る予定だったが、亡くなってしまったため懇意だったスティーブン監督が一度断ったこのオファーを受けた形となっている。
スタンリー監督を偲んでのこともあり力の入った作品となったのではないだろうか。(そのような経緯がなくともスティーブン監督は良い作品にする事ができただろうが)
〈舞台美術について〉
これは私の好みだが、SF作品ではこういったあり得ない世界を撮るとき、CGに頼りすぎずある程度までセットや小道具など人が現実で作った物を入れている作品が好きだ。(フィフス・エレメントや、スターウォーズⅣ、ザ・セルなど)ほぼ全てをCGに任せる作品がこのところとても多い。だがそれだとあまりにも奇麗すぎる映像に、現実感が無く(それが狙いなのかもしれないが)感情移入がしにくい。(アバターで強く感じた)
観客が想像できる範囲内の素材や想像物を使って、いかに未来的に新しく作るかが監督に求められる難しいさじ加減なのかなと思う。
その点ではこの「AI」はとても美しいと感じる事ができる作品のひとつである。
〈キャラクター〉
・デイビッド(ハーレイ・ジョエル・オスメント)
「君は2つとない特別なメカだ」という言葉を信じ、人間を目指す彼。仕組まれた旅と知らず進み、人間になりたい彼は、不思議とこれだというセリフが思い出せない。
それは彼が「無知」「純粋」「子ども」であるためあまり言葉が達者ではないことからなのかと思う。
行動が彼を物語る。
特にラスト近く、自分と同じロボットを目の前にして嫌悪するシーン。
「ママは渡さないぞ ママは僕のだ ママの子は僕だけ 僕がデイビッドだ!ぼくは特別でユニークなんだ!!僕がデイビッドだ!僕がデイビッドだ!」
と自分を殺す(壊す)シーン
ヘンリーの「人を愛すことができるなら憎むこともできるはずだ!」という言葉が頭をよぎった。
私はあのシーンが一番人間らしさを感じた。
そして自殺。その少し前の自分を大量に吊るされている所をみて「自分は特別じゃない」と知り、絶望する彼の表情には悲しみを感じずにいられない。
2000年の時を氷の中待ち続け、夢を叶える。
そしてようやく`夢が生まれる その場所´にたどり着く。
ハーレイ少年の演技はすごいとしか言いようがない。
・ジゴロ・ジョー(ジュード・ロウ)
「彼女も僕と同じさ 君のサービスを期待している。
愛してるのとは違うんだ 愛するわけがない。
君は人間の子でもなく 犬や猫やカナリアでもない
僕らと同様仕えるために造られたものなんだ。
君に飽きたから捨てたのか 新型と交換したのか
あるいは気を損ねるようなことを君がしたか
彼らは利口なメカを造りすぎた その間違いがツケを呼んでる
生き残れるのはメカだけ!
だから憎まれる
どこにも行かず 僕と ここに!」
愛を囁き売り歩く彼だからこその、この言葉に彼の全てがあるように感じる。キザなセリフすら様になる。
彼は「人間をよく理解したロボット」としての役、デイビッドとは対照的な存在として際立っていた。
「僕は生きた! そして消える!」
ロボットであり、あれほどメカと人間の区別をしっかりとつけていた彼が、最後の言葉に選んだのが「生きた!」と「消える!」である。「生」を全うした、だが「死」を人間とは区別していた所に惹かれた。
脇役では一番好きなキャラクターである。
・テディ(ジャック・エンジェル)
「壊れるぞ」
マーティンに対抗してほうれん草をほおばろうとしたデイビッドを止めた彼。
おとぎ話ピノキオではジミニーの立場にある彼はデイビッドの最後までひたすら彼の側にい続け、見守る。
古い玩具である彼は無知なデイビッドに代わって賢者のように助言をくれる。
またラスト近く、モニカを蘇らせるために必要な髪を持っていたり、彼無しではこの映画はもっと殺伐としていたと思う。
あんなに可愛らしい外見なのにおじいさんのような声なのがまたいい。私も欲しい。
・モニカ・スウィントン(フランセス・オコナー)
「世の中に無知な あなたを…」
デイビッドを捨てるシーン。突き飛ばしたことに自らも傷ついていた。このセリフがとても苦しかった。デイビッドはまだ何もわからないのだということを実感させる。
「愛してるわ…本当に愛していたのよ」
最後のシーン。愛していた、と表現する彼女は本当は気がついていたのではないかとドキリとした。
・ホビー教授(ウィリアム・ハート)
「君の選択を知りたくてね ブルーフェアリーを人間の`ないものねだり´の一例と思うか それとも人間だけの特質 `夢を追う能力´を君が持つか こんな意思を持つ機械は存在しなかった」
デイビッド「僕だけ特別なのかと…」
「息子も特別だった 君は新種の第1号だ 本当の親に会わせよう 君を造ったチームだ 本当によくやった」
ゼペットの立場にいる彼。作り主であるのにデイビッドのことを何も理解していない。デイビッドに絶望を教え、トドメを刺したのは他でもない彼だと思う。
ちげーんだよ!デイビッドが望んでるのはそんな事じゃない!と思わず殴りたい衝動に駆られる。
亡くした息子にもう一度会いたいと願った彼が生み出したロボット。それ故に人間になりたいとデイビッドが望んだのは必然だったのかもしれない。
にしてもこんな残酷なことはない。
亡くした息子との再会を望みながらデイビッドのことを息子としては接しない。
傲慢だ。
メモ
原作「スーパー・トイ」
衣装(ボヴ・リングウッド)
音楽(ジョン・ウィリアムズ)
いい映画なのに…
スティーブン・スピルバーグの作品ということで、とても期待してみました。
小さい頃に見たことのある作品だったですが、内容を覚えていなかったのでまたみました。
まず、ラストシーンに迫る人類が滅んでから母親と仮再会するラストの30分で作品をブチ壊しにされました。
主人公が母親に捨てられ、残酷なショーの見世物にされそうになったり、そこで出会ったロボットと協力して、人間になって母親に愛してもらうために本当に存在しないブルーフェアリーを探しにいく…
そして、ブルーフェアリーに会うが、それはただのアトラクションの飾り…
それを本物だと思い、人間になりたいという絶対に叶わぬ願いわし続けて悲しい終わりにすればよかったのに…
実際僕はそこで泣いていました。
いままでみたスティーブン・スピルバーグの作品で面白くなかった作品でした。
人工知能
母親への愛情をただただ求めて。
でも、その想いはつくられたもので。
少年の一途さと葛藤などいろいろ考えさせられます。
ラストは悲しいながらに幸せかな。
すごく切なく、すごく印象に残る作品です。
「愛する能力」と「夢を持つ能力」
映画「A.I.」(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
今まで何度となく観てきた、人間とロボットの確執。
すべて映画とはいえ、その結末にいつも考えさせられてしまう。
近未来、作られたロボットの方が優位に立つ構図は、
ほとんど、人間の愚かなロボット・バッシングから始まる。
そんな人間がロボットより優れているという前提は、
「愛する能力」と「夢を持つ能力」が備わっているということ。
しかし、どうみても作品の中に登場する人間の方が、
2つの能力を放棄しているようにも見える。
大人は「人を愛せるなら憎むことも出来るはずだ」とロボットを疑い、
子どもは「オモチャは壊した方が面白いんだ」とロボットを虐める。
そして、自ら子どものロボットにインプットした「親子の愛」すら、
森の中へ捨てて逃げるという行為を、私は理解することができなかった。
どうして、子どもロボットの「話」を聞いてあげようとしないのか、
ロボットを破壊して喜ぶショーよりも、残酷に感じてしまった。
それなのに、そんな人間の愛を疑うことなく信じ続け、
2,000年後も、母親に対する愛を持ち続けていたロボット・デイビット。
どちらが「愛する能力」と「夢を持つ能力」を持ち続けているか、
一目瞭然である。
2つの能力が失われつつある、現代人の難しい「生き方」と、
予測できたはずの地球温暖化や、地球の氷河期などという環境変化に
的確に対応できなかった生物としての人類に対して警鐘として受け止めたい。
心温まるラストシーン、「魂を持っていた人間を私は羨ましく思う」と呟いた
進化し続けたロボットたちに誇れるよう、今を大切に生きたいと思う。
P.S.(おまけ)
ロボットに、親子の絆を設定する7つのキーワード。
シラス(巻き雲)、ソクラテス、パーティクル(分子)、デシベル(音波)、
ハリケーン、ドルフィン、チューリップ
続けて「(母親)モニカ、(ロボットの子ども)ディビット、モニカ」
う~ん、この単語の繋がりこそが最大の謎である。
鑑賞後の勢いで書いた
一度小さいときに鑑賞しており、ばくぜんと、不気味で鮮やかでふわふわしているどことなく古臭いくせに近未来的な感じ、という記憶があったのですが、主にはジゴロの拠点であるあのいかがわしい街の風景やロボット廃棄ショーによるものだったんだなとスッキリ
しかしあの街のネオンの看板とか飾りが夜空に浮いてる感じとか原色でそこらじゅうピカピカ灯り放っているわりになんかダサイあの感じすんごkkkkkっくよかった。まれに幻想的で素敵な雰囲気の夢を見るのですが、そういう夢はこの映画に基づいているんじゃないかってぐらい心に深く刻まれてる感すごい。
なんだか観終わったあと懐かしくすこし淋しく暖かい気分になるのは、「母と子の愛」ってテーマが小さい時見たときの印象のまま記憶されていたからでしょうか人間の神秘、他の人の感想がもっと知りたいです。
しかし内容はそんな感動ストーリーではなく、切ないです、
舞台は、地球温暖化が進んで海沿いの町は海に沈んだ未来の世界。
資源をつかわないということで人間の体をした頭の良いロボットが多数生産され人間と同じように暮らしている。テクノロジーとかなんか色々すごいことになってる。
入院している死にそうな息子を持つ夫婦のもとに、代わりに、と連れてこられた「愛」をプログラムされた期待の最先端ロボットであるデイビット(人工知能を持っている)。最初は否定していた母親だが、あまりの人間っぽさに息子のように愛するようになる。しかし、息子が元気になり一緒に暮らすようになると、母親からの「愛」を独占したいがためにデイビットは危険な行動に出るように。色々あって、くまさんのロボットと共に山奥に捨てられます。
そこでいろいろあってジュードロウ演じる、高性能ロボット(しかし「愛」はプログラムされていない)であるジゴロと出会います。ほんとにロボットみたいだったすごい。
デイビットは家族で暮らしていたころに、ピノキオの話を読み聴かせされており、人間になれたら母さんに愛されると信じているので、いろいろあってジゴロと共に、本物の人間にしてくれるという青い妖精を探す旅に出ます。結局水没した遊園地の残骸の、ピノキオゾーンに飾られている青い妖精を見つけ、それに向かって動かなくなるまで「ぼくを人間にしてください」と祈り続けます。
2000年後に、宇宙人(wikiによると、人間より遥かに頭がよくなってしまったロボットらしい)に発掘され、直され再び動き出します。そして宇宙人らによって母親との再会を一日だけ(都合により)演出してもらい、幸せを感じ、デイビットは初めて眠りにつき夢を見る(きっと見たのだ)。というお話
すごく切ないです。
デイビットは最後にお母さんと再会して幸せな時を過ごします。一見なんだかハッピーエンドに思えるけど、一度デイビットを捨てた母親の言う「愛しているよ」と、母を愛することをプログラムされたロボットデイビットの言う「愛しているよ」の純度の違いを意識しちゃって切なくて泣いた。と同時に愛するとはなんぞやそもそも純度とかなんぞやって迷宮入りするかんじ。
映像的にもストーリー的にもすんごく好きな映画かもしれないです。
特に映像に関しては、見たことの無い世界、潜在的に観たかった世界を見ることができたんじゃないかって嬉しくなるようなかんじです。それとも、小さい頃に見たときの印象が強すぎて心の奥底で眠っていた映像に再び出会えたかんどうがすごいゆえにそう感じている?
小さい頃見た印象と、大人になって見た印象、くらべる楽しさを発見できた貴重な機会でもあった!
人工知能に愛は理解出来るのか?
地球温暖化の影響で、ほとんどの大都市が海に沈み、人類の数
も激減した未来の世界。
ロボットが人間の生活を支え、子供を作るのにも許可が必要と
いう、徹底的に管理された社会。
世界で唯一「愛すること」をインプットされたロボットの少年
「デイビッド」は、人間になる事を夢みて、そして、母親に
愛される事を夢みて、スーパートイの「テディ」、
「ジゴロ・ジョー」とともに時間と場所を越えた旅に出ます。
亡くなったスタンリー・キューブリック監督が温めていた企画
だけあって、映画の特に前半部分は、キューブリック的な
未来世界で話が展開していきます。
後半になるに従って、スピルバーグ監督らしい映像や展開が
増えてきます。
恐らく、ストーリー後半の展開が、賛否両論分かれるところ
だと思うんですが、僕は、あれはあれでスピルバーグ監督
らしくていいんじゃないかな?と思いました。
確かに最後は少し冗長になりすぎかな?とも思いましたど・・・。
この映画は、多分一般的には「SF物」の映画と見られてると思いますけど、僕は全てを見終わって、これは「現代版ピノキオ」
だと思いました。
「SF」ではなくて、「おとぎ話」だと思って観れば、なかなか
よく出来ていると思います。
主演のハーレイ少年の演技には感心しました。
最初は感情を持たなかったのが、次第に本物の人間に近づいて
いく。その過程を見事に演じきっているのは本当に凄いなと
思います。
全27件中、21~27件目を表示