コラム:湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。 - 第8回

2025年11月7日更新

湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。

「映画のファッションはとーっても饒舌」という湯山玲子さん。おしゃれか否かだけではなく、映画の衣装から登場人物のキャラクター設定や時代背景、そしてそのセンスの源泉を深掘りするコラムです。


ワン・バトル・アフター・アナザー」「ファントム・スレッド」…衣装にも抜かりないポール・トーマス・アンダーソンの傑作群

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ポール・トーマス・アンダーソン監督作鑑賞は、自身の感性や知性と作品とのセッション

現在の映画監督で「無敵の人」というならば、ポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA。略称が面白すぎ!)、その人だろう。カンヌ、ベネチア、ベルリン――世界三大映画祭すべてで監督賞を受賞した唯一の監督であり、アラウンド80年代のアメリカ、ポルノ業界、1950年代のイギリス、オートクチュールの世界、1910年代のアメリカ中西部の石油王などなど、多様すぎる状況設定の中で生きる人間たちの存在を観客に思いっきり感じさせ、共感させる表現力にはいつも心を鷲づかみされてしまう。

俳優の演技、カメラワークと編集によるタイム感、セリフ、音楽(有無にかかわらず)、美術、衣装の組み合わせによって、受け手はその登場人物のキャラを超え、語られてはいない内面や関係性を読み取ることができる。と、これはほとんど小説を読み解くがごとしで、PTA作品の鑑賞は、自分自身の感性や知性と作品とのセッションのようなところがある。例えば最新作「ワン・バトル・アフター・アナザー」においては、変態と一言で皆さん片付けている悪役軍人と革命女闘士の関係。ハードアンドかなりイカれたそのシーンからは、意外にも「ビビッときたらソレは恋」という性愛と人間の不都合な真実が浮き彫りになってくると言う具合。

▼アカデミー賞衣装デザイン賞受賞、マーク・ブリッジスの代表作は「ファントム・スレッド

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さて、ファッションには言うまでもなく、着る人間の内面を表してしまう。内面といっても個性とイコールではない。社会的な動物であり裸では生活できない人間は、その人が暮らす生活圏と人間関係、時代の風潮とリアル、階層、知性や財力、バックグラウンド、国や民族性といった固有の文化を、無意識だとしても服に反映させてしまうのだ。PTAはもちろんその重要性を熟知していて、9本の長編映画にマーク・ブリッジスという、映画の衣装というものを知り尽くした才能を起用している。彼は2度のアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞し、その中の一本は「ファントム・スレッド」だ。

舞台は1950年代のロンドン。上流階級のオートクチュールを手がける天才デザイナーとそのミューズである田舎出身の娘との独特(ここがこの映画のミソ)な恋愛が描かれていくが、ブリッジスが最初に着手したのは、当時のファッション誌、ニュース映像などのデータ収集と研究、そして、ヴィンテージドレスや生地の蒐集だったそう。彼はインタビューで「新しい生地では決して当時の生地のような雰囲気を表現することができないんだ」と言っているが、ここに拘らないことには1950年代のオートクチュールの天才の話が、「それ風」に成り下がって崩壊してしまうことの当然の対策だろう。

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ちなみに、やはりアカデミー賞に輝いた石岡瑛子の衣装展を観に行ったことがあったが、そこでの実物は思ったよりもペラペラで安っぽかったことを思い出す。それじゃダメだという話ではなく、石岡のそれは「ドラキュラ」というファンタジーの世界でリアルよりも独特のフォルムをはじめとした創作性の方が重要視されただけのこと。映像化したときに最大の効果を上げるという点に注目すればどちらもありなのだ。

ハイソなご婦人方が注文するオートクチュールドレスの出来が素晴らしいのはもちろんだが、本当に映画スタイリングの素晴らしさが光るのは、登場人物の着こなしの方。特に主人公の姉でハウスのビジネス全般を仕切るシリルは、いわゆるメゾンの裏方に徹するという意味での黒いワンピース。しかし、シャネルがリトルブラックドレスというシックの方向を打ち出したとおり、この装いで人を魅了するのは彼女自身がセンスを極めているということに他ならない。

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深紅のマニキュアやパール使い、ヘアスタイルなどのトータルコーディネートを見る限り、実は彼女こそが、母親の意志を継いで弟のためにデザイナーを諦めた才能の塊だったのではないか、という想いが心をよぎる。メリー喜多川を彷彿とさせ、母と娘とのフェミニズム問題にも抵触する“読み”がするすると引き出されてくるのだ。

主人公のミューズたる若い恋人は、二人きりのディナーを企て、親密になろうとする中で、着飾ったドレスは彼女のお手製ということが明かされるが、主人公は適当に受け流す。そのとおり、深いえんじ色のドレスは彼女には似合っておらず、襟元が中途ハンバなデザインからは、彼女にはデザイナーの才能が無いことが丸わかり、なのである。初めて主人公とベッドインした(と思われる)翌日の朝食時には、彼女は水色の男っぽいシャツを着て食卓につく。主人公とその姉が醸し出すエレガンスの真逆を貼る、静かな自己主張だ。

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主人公自身の着こなしも素晴らしい。舞台は背広の本場ロンドンだし、スーツはどこから引っ張ってくるのかな、と思いきや、ブリッジスのデザインスケッチにアンダーソン&シェパードの名前が記されているのでこれまた超納得。こちら、サヴィル・ロウのテーラーで、流麗な仕立ては「イングリッシュ ドレープ カット」と称され、セレブたちに100年以上にわたって支持されている老舗である。ちなみに、デザイナーのアレクサンダー・マックィーンが、こちらで修行し、様々な技術を習得したことはつとに有名。

▼衣装で表現するリアルの打ち出し方に目を見張る「ブギーナイツ

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ブギーナイツ」は、1980年前後のアメリカのポルノ業界を舞台に、そこに生きる人々の光と影を描いた群像劇だ。この作品の中で、ブリッジスが行ったのは、古着のディグ(採掘)。ほぼ全ての衣装を貸衣装店とデッドストック、古着屋から調達し、ミズーリ州セントルイスまで足を運んだという。この時代の古着は比較的量があるし、時代考証的に衣装をそろえることは難しくない。しかし、PTA×ブリッジスコンビの凄いところは、当時の業界のアングラ感と三流っぽさの表現、そして、「時代に翻弄されるキャラクターの精神状態を視覚化すると、こんな服を着るはず」というリアルの打ち出し方なのだ。

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家を追い出された主人公は、ポルノ男優の才能があり、瞬く間にスターになるが、「カネが入れば、見た目もレベルアップだ」という、当時の流行りモノ(決して最先端ではない)を取り入れたファッション遍歴が見もの。まずは、人生初の栄誉であるアダルト映画賞授賞式では、サテンのピークドラベルがザッツ芸能人な、パウダーブルーのタキシードでスポットライトを浴びる。シャツの襟元は折り鶴みたいにビンビンにおっ立っているし、昭和時代のムード歌謡歌手が着ているような伝統的なスーツのラインを逸脱したけれん味のあるスーツスタイルは、70年代の男性の粋筋だったわけで、ブリッジスは、あえてこれをハリウッドの有名なテーラー「Dominic’s」で特注している。そういう店には、70年代の型紙もたくさん残っていそうだし、生地のセンスも了解済みだろう。

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スーツといえば、衣装のネタ元が限られ、古着の当ても全くない、1910年代のカリフォルニアを舞台に成り上がり石油王を描いた「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」では、主人公が重要な会議やイベントで着る「権力の象徴」であるスーツの変遷が見物だ。他の会社の役員たちが、見栄えの良いネクタイゾーンを作っているのに彼はあえて、糊付けされていないシャツ襟と無地の黒いネクタイをのぞかる。そう、これが彼の効率性とハードワーカーぶり、そして、おしゃれという考えが皆無な彼の性格を表してあまりある。この作品は、登場人物の寡黙さの中で、それこそ衣装と小物を含めた着こなしでもって、性格や立場を雄弁に語らせているわけで、もうこうなると衣装は脚本の言葉に近い。

▼「ワン・バトル・アフター・アナザー」では、コリーン・アトウッドが「もの言う衣装」ぶりを発揮

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さて、最新作「ワン・バトル・アフター・アナザー」の衣装は、盟友マーク・ブリッジスではなく、コリーン・アトウッドが起用されている。喧嘩別れでもなく、何でも、ストライキの影響でブリッジスのスケジュールの調整ができなかったという話だ。「シザー・ハンズ」を始めとしたティム・バートン作品で活躍し、どちらかというと、ファンタジーや「シカゴ」のような華やかな世界を手がけてきた彼女だが、PTAとタッグを組んだ本作は、プレッジズ顔負けのリアルと「もの言う衣装」ぶりを発揮した。さすがにアカデミー賞衣装部門の受賞者の実力、である。

ディカプリオ演じるところのダメパパ元革命闘士の主人公が、自宅で着続けている薄汚れたチェックのバスローブは、もうそれだけで彼の自堕落で逃げ口上の生き方の象徴だった。これをジャージにしなかったところがミソで、ジャージはまだしも外出できるが、バスローブとなるとそれは不可能で、結果、だらしなさマックス。ちなみにこの出で立ちはハロウィンでコスプレするヤカラが多数出没したという。

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その一方で、彼がカリスマ女闘士とペアで一流企業のインテリジェントビルに潜入するときのスーツ姿は、年収6ケタ超が当たり前のエリートビジネスマンぶりを見せつけ、シック&スマートこの上ない。女闘士の方のキャリアファッションも見事で、ここから何を読み取れるかと言えば、そういった隙の無い変装ぶりを仕掛けられる彼らのテロ組織の凄さ、ということになるだろう。そう、ちょっとした外見の違和感が、命取りになることを組織は熟知しているのだった。

敵の手中に落ちて自力で応戦する主人公の娘のファッションも、ズバリ的を得ている。ライダーズジャケットに淡いブルーのチュールミニスカートで足下はドクターマーチン系のワークブーツ。ふわふわのベチコート風チュールミニスカートはハイスクールのプロムバーティーのためであり、ダメダメ元テロリストオヤジに育てられたのにもかかわらず、娘はしごくまっとうで、若者らしいセンスあるおしゃれ心を持った健康なリア充だということが伝わってくる。

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▼第一線で活躍する映画監督と優秀な衣装担当の関係

PTAを始め、現在第一線で活躍する映画監督は、衣装の効果を熟知し、パートナーともいえる衣装担当を確保している。彼、彼女らに共通しているのは、脚本及び登場人物たちの読み込みの深さと的確さだ。その土台には布地や仕立て方までに至る時代考証とデータ収集がある。その上でのセンスのみせどころという話なのだ。

昔は映画館に通い詰めないと鍛えられなかった映画についての鑑識眼。それが、サブスクやYouTube時代になって、一般人でも目が肥えてしまっている現在。衣装はますます重要なアイテムになっている。監督もファッションについては、そうとう勉強しないことには、一流の仲間入りができなくなる時代が今、そしてこれからなのだ。

筆者紹介

湯山玲子のコラム

湯山玲子(ゆやまれいこ)。著述家、プロデューサー​、おしゃべりカルチャーモンスター。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(角川文庫)、上野千鶴子との対談集『快楽上等! 3.11以降の生き方』(幻冬舎)。『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に』(角川文庫)等。コメンテーターとしてTBS『新・情報7DAYS ニュースキャスター』等に出演。クラシック音楽の新しい聴き方を提案する<爆クラ>主宰。『交響ラップ クラシックとラップが挑む未知の領域』inサントリーホールなどのプロデュースを手がける。ショップチャンネルのファッションブランド<OJOU>のデザイナーとしても活動中。日大芸術学部文芸学科、東京家政大学造形表現学科講師。

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