コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第33回

2021年6月25日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


第33回:ケン・リュウは「Arc アーク」をどう見たのか? 異色の経歴にあった“共通点”も告白

ケン・リュウ
ケン・リュウ

「『三体』のヒューゴー賞受賞は、私だけではなく、ケン・リュウと共に受賞したと考えています」。

世界的ベストセラー小説「三体」の作者リュウ・ジキンは、2015年、第73回ヒューゴー賞の長編小説部門を受賞した際、このように話しています。バラク・オバマ前大統領、Facebookの共同創業者兼会長兼CEOのマーク・ザッカーバーグにも絶賛された「三体」シリーズは、日本国内でもシリーズ完結編となる「三体III 死神永生」(早川書房)が5月に発売。「三体」「三体II 黒暗森林」に続き、ベストセラーとなっています。

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また、2016には、中国の若手SF作家ハオ・ジンファンの「折りたたみ北京」がヒューゴー賞ノヴェレット部門に輝き、“中華SF”の世界的ブームに火をつけました。この「折りたたみ北京」の英文翻訳担当も、実はケン・リュウだったんです。

日本に“中華SF”を紹介し続ける立原透耶氏は、中国媒体のインタビューを受けた際、このように語っています。

「日本のSFには素晴らしい作品がたくさんありますし、世界進出ができるはず。でも、ケン・リュウがいない!」

ケン・リュウは、作品をそのまま翻訳するのではなく、文化の違い、言葉の表現に創意工夫を凝らし、中国発小説の海外進出に大きな影響を与えました。どのように訳せば、西洋の読者でもわかりやすい文章になるのか――小説の構造を変えるなど、さまざまな工夫が見受けられます。「三体」の翻訳以前、作家としてのケン・リュウは、既にアメリカでは知られており、「紙の動物園」がヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞の短編部門を受賞。史上初の3冠を達成していました。

中国生まれのケン・リュウは、11歳の時、両親と一緒にアメリカに移住。ハーバード大学で英米文学&法律を学び、卒業後に弁護士、プログラマーを経験した後、小説家に転身を遂げるという異色の経歴の持ち主です。そして「愚行録」「蜜蜂と遠雷」の石川慶監督とのタッグによって、短篇小説「円弧(アーク)」が、映画「Arc アーク」(6月25日公開)として映像化されることになりました。今回は、ケン・リュウへのリモート取材を敢行。“希代の作家”が築き上げた世界へと足を踏み入れていきます。


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――中国からアメリカへ渡り、弁護士、プログラマー、そして小説家。かなりユニークな人生の軌跡を辿ってらっしゃいますよね。まずは、ご自身の経歴を紹介していただけますか?

ケン・リュウ:私はアメリカで育ち、ずっとアメリカ文化のなかで生活してきているので、中身は完全にアメリカ人。もちろん、私の祖国もアメリカです。私の小説自体も“アメリカ的な考え方”に基づいて書かれています。だからこそ「円弧(アーク)」映画化の話が、日本から届いたことには、正直驚きました。内容自体、非常にアメリカ的なストーリーですし、アメリカ以外に舞台を変更したらどうなるのか……正直に言えば、想像がつかなかったんです。

大学時代は、文学が大好きだったので、英文学を専攻していました。そして、プログラミングや科学にも興味を持っていたので、シリコンバレーでコンピュータープログラマーの仕事をしたんです。その後、ハーバード・ロー・スクールに進学して、法律を勉強。弁護士の仕事を経て、ハイテックに関する訴訟、法律コンサルティングを担当していました。その期間で勉強したのは、技術の基本知識や歴史。これらの経歴については、私の小説を読めば、感じる部分があると思います。「円弧(アーク)」にも、法律、倫理の問題などが含まれていますから。

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――弁護士、プログラマー、小説家、一見全く違う仕事のように思えます。3つの仕事に関して、共通点はあったんでしょうか?

ケン・リュウ:弁護士、コンピュータープログラマー、小説家には“物語を作る”ことが共通していると考えています。おそらく、多くの方々は、そんな風には考えないのかもしれませんね。まずは弁護士。“物語を作る”ということは、とても重要な作業と言えます。法廷において、裁判長、陪審員の賛同を得るためには、弁護士が作る“物語”が最も重要です。「事件を簡潔にまとめる」だけでなく「正義感を強く見せる」「事件の全体像」などを上手くおさえた“物語”によって、裁判長、陪審員の心を動かす。これができれば、勝利は確実だと言えます。弁護士として働いていた時、私はある裁判長のアシスタントとして、原告と被告が提示した“物語”のチェック作業をしたことがあります。その“物語”の信憑性と正確性を判断し、裁判長に助言を与えたんです。その時「“物語”がすべてを決める」ということを実感しました。

コンピュータープログラマーも、実はまったく同じことが言えます。顧客、ユーザーを満足させるためには、単なる科学や技術の発展だけでは絶対無理なんです。「この技術がどれだけすごいのか」ということを訴えても、顧客やユーザーがわかってくれないと何も始まらない。我々が教えるべきことは「この技術は、あなたにどのようなメリットをもたらすのか」「このプログラムは、あなたの会社にとってなぜ必要なのか」というもの。すべてが“物語”によって繋がっています。我々がスマホを買う目的というのは「機能を買う」ということではなく「その機能を使って、自分の“物語”を作るため」でしょう? ですから、私が経験してきた職業は、すべて“物語を作る”ことの重要性を教えてくれました。ある意味、全ての物事も“物語”があったうえで進んでいくものだと考えています。

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――最初からSF小説に興味を持っていたのでしょうか? それとも、特にプログラマーのような仕事を経験してから、SF小説の世界にのめり込んでいったのでしょうか?

ケン・リュウ:子どもの頃、私はジャンルを特に気にせず、面白い物語であれば何でも読むタイプの人間でした。フィリップ・K・ディック、ケイヨウ(台湾の恋愛小説家)の作品など、何でも読みましたね。読んでいる時は「これは恋愛小説だ」「これはSF小説だ」といったことはまったく考えません。「これは小説で“物語”なんだ」と思うだけ。あとは面白いかどうかということだけで、自分の好みを判断しています。

作家になってからも、実はジャンル小説を書きたいとは考えていなかったんです。ただ、科学が好きで、法律にも興味があったので、それらが小説の中に登場することになった。それだけのことでした。そして、私自身、メタファーや比喩などを使うことが好きなんです。例えば「我々が悩む時、この世界は灰色の世界になる」という描き方は比喩的です。これらをもっと具現化したいと思ったので、この世界に存在しない“別の世界”を自分の小説の中に作りました。例えば「紙の動物園」。母性愛は、紙で折る動物に命を与えました。このような描き方は非常に新鮮で、まるで新しい世界を開いたような感じなんです。この形式によって、人間性をより深掘り出来るのではないかと思っています。

話を戻すと、私は最初から“SF”に焦点を当てようとは思っていません。小説の中で描かれる世界は、科学や技術を用いて“新世界”を作りました。この内容が、一般的にはSF小説というジャンルに属している。だから、私はSF小説家となったんです。

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――法律、最新技術、人々の感情、これらすべてが「円弧(アーク)」と関わっていますね。創作の背景について、ぜひお話をお聞かせください。

ケン・リュウ:「円弧(アーク)」を書いたきっかけは、2つあります。ひとつは、科学の進歩に従って、人々の寿命はどんどん長くなっているということ。我々は、祖先より長く生きられると考えられています。未来はどうなるのか? それは誰にも予想できないことでしょう。

我々の周りでも、実は大きな変化は見受けられます。例えば、50、60代の夫婦の離婚が、最近増えているじゃないですか。昔ならまったく想像できないことでしょう? かつて50~60歳といえば、そろそろ人生の終焉を迎えるため、離婚する意味はなかったはずです。しかし、今は違います。「50、60代=若い」と考える人は多いですし、その後の人生を華やかなものにしたいのであれば、色々なことに挑戦したいはずです。だから、離婚という決断も理解できます。つまり、長寿になることで、人と人との関係性が変わっていくはずなんです。例えば、親子や兄弟、さらには夫婦も! もしもあなたが150歳で子どもを作るなら、どんな世界になっているのか――非常に面白いでしょう?

もうひとつのきっかけは、ドイツからやってきたプラスティネーション(人、動物の遺体、もしくは遺体の一部に含まれる水分と脂肪分を合成樹脂に置き換えることで保存可能にする技術)の人体展示を見たこと。それを見た時、私は非常に衝撃を受けました。医学を勉強していない者が、このようなプラスティネーションを見られる機会はほぼありません。強く印象に残りました。その後、私はプラスティネーションについて、歴史や関連人物を調べ、少し研究をしたんです。

そこで寿命を引き延ばすことと、プラスティネーションの関係性を考え始めました。不老不死は、一種のメタファーとも言えるでしょう。不老不死は「死を怖がる」ということを示すと考えています。そこにプラスティネーションの要素を加え、「円弧(アーク)」を書き始めていったんです。

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――映画「Arc アーク」を手掛けたのは、石川慶監督です。石川監督の作品をいくつかご覧になったと思いますが、どのような印象を抱きましたか?

ケン・リュウ:連絡を受けてから、何作品か拝見させていただきました。石川監督の映像表現は、本当に素晴らしいと思っています。特に「十年 Ten Years Japan」(オムニバス映画)における「美しい国」。短い作品ですが、映像、想像力はとにかくすさまじいものだと思っています。鑑賞後、2~3日は、ずっと「美しい国」のことを考えていました。「なぜこのような映像表現で撮るのか」「なぜ役者をこのように演じたさせたのか」「カメラのポジションは、なぜここなのか」など、細かく考えた結果、石川監督はディティールにこだわる方なのだと確信しました。

石川監督とお話した際、ある言葉が非常に印象に残りました。「私が決める作業は、チーム全員に影響を与えます。それを実行する場合、全員が1週間をかけ、作業を成し遂げるまで頑張るでしょう。だからこそ、毎回実行する前には再三考えて“価値があること”のみ、前へ進めていきます」。これは小説家の私にとっては、極めて衝撃的な話です。小説家は大抵の場合ひとりで作業を行い、書きたいものを書けばいいので、特に制限がない。映画はその点がまったく異なりますね。つまりチームワークなんです。ある意味、これが映画と小説の一番異なる部分でしょう。

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――「Arc アーク」で印象的だったのは、モノクロ映像、素晴らしいロケ地(瀬戸内の島々)といった“映画ならではの表現”です。「円弧(アーク)」を新しい形式で再構築したと言えます。

ケン・リュウ:個人的に思っているのは、本当に素晴らしい映画こそ“原作とは異なっていた方がいい”といいますか……映画単体で成立していなければならないと思っています。「映画は、小説を“映像”で翻訳すること」。そういう単純な考えであれば、映画化の意味はありません。映画は映画ならではの特徴、映画ならではの視点が作品をつくります。

石川監督のすごいところは「円弧(アーク)」の魂が理解できているところ。そして、その魂を映像化し、新たな物語として、見事に表現しています。映画「Arc アーク」は、小説「円弧(アーク)」とかなり違う部分も多い。しかし、私から見れば「Arc アーク」と「円弧(アーク)」はコミュニケーションをしているような感じがあるんです。このコミュニケーションによって、私が表したかったテーマは、より深く広がりました。「Arc アーク」を鑑賞したことで、自分が紡いだ「円弧(アーク)」に対しても新しい発見ができたので、本当に有難く思っています。

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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