コラム:下から目線のハリウッド - 第23回

2021年12月3日更新

下から目線のハリウッド

会社を辞めてハリウッドを目指す!? 映画業界への「キャリアチェンジ」の道

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回は、Podcast番組に寄せられたお便りから、「会社員を辞めてハリウッドを目指す道」がテーマ。実際に他業種から映画業界に飛び込む人はいるのか。フィルムスクール卒業後にも映画業界で働けているのか。さらに、現実的なビザの話までを語ります。


久保田:今回は番組にお便りがきてたんですよね。

三谷:そうなんです。元々はメーカー勤務の会社員だった方――仮に「Aさん」とお呼びしますけれど――映画プロデューサーになる夢が諦めきれず、それまで働いていた会社を退職して、日本の映画専門学校に通いながら転職活動をされていると。そして、せっかく夢にチャレンジするのであれば、最終的には憧れのハリウッドで働きたいと考えるようになったそうなんです。

久保田:おいくつくらいの方なんですか?

三谷:20代だそうです。で、それを踏まえて、Aさんからきている質問が2つありまして。ひとつは、「USCの大学院時代の同級生には、映画業界以外からのキャリアチェンジ組はどのくらいいましたか?」というものです。Aさんは、大学で映画を専攻していたわけではないそうで、ハリウッドの大学院で学術的な授業に追いつけるのかも不安に思っているみたいですね。

久保田:なるほど。

三谷:もうひとつの質問は、「私の知る限りでは、アメリカの大学院を卒業されてもハリウッドで働く方はあまりいない印象です。これは日本人に限った事でしょうか? もし、日本人以外の同級生の就職状況がわかれば教えてほしいです」ということです。

久保田:いやぁ、ちゃんとした質問ですね。

三谷:しっかりと仮説を立てた上での質問ですよね。

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久保田:で、実際どうなんですか?

三谷:そうですね。まずはひとつ目の質問にお答えしていきましょうか。フィルムスクールに入ってきた人たちの内訳は、「大学の学部生からそのままフィルムスクールに入学した人」が3分の1。「すでに何かしらの形で映画業界に関わっていた人」――そのうえでキャリアアップやキャリアをシフトしたいと考えて入ってきた人――が3分の1。そして、「映画とはまったく関係ない業界から入ってきた人」が3分の1くらい。だいたいこんな割合でした。

久保田:意外に映画関係じゃない人は多いんだね。

三谷:そうですね。当時、私の周りにいた「映画とはまったく関係ない業界から入ってきた人」には、金融業界で働いていたり、コンサルをやっていたり、マイクロソフトで働いていたりした人がいました。先輩や、ほかの学科の人の例をあげると、変わったところだと神父さんになる勉強をしている人とか、他の学年には獣医をやっていた人もいましたね。

久保田:へー! 神父さんとか獣医さんとか、けっこういろんなキャリアの人がいらっしゃるんだね。

三谷:なので、ひとつ目の質問に答えると、「映画業界以外からのキャリアチェンジ組」は、けっこういます。

久保田:必ずしも映画の勉強してたり、そっちに造詣が深い人ばかりじゃないんだね。じゃあ、「学術的な授業に追いつけるのか少し不安」っていうところはどうなんですか?

三谷:これについては、私自身、大学の学部生から社会人を経由しないで留学してフィルムスクールに行った人間で、映画を専攻していたわけじゃないのですが、映画に関する勉強の内容でついていけないということはなかったです。実際、映画の勉強自体はそこまで難解なわけではないので、その点はあまり心配しなくてもいいとは思います。

久保田:なるほど。

三谷:ただ、言語の面ではしっかりと対策をとる必要があると思います。

久保田:英語の壁だ。

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三谷:そうです。当たり前の話ですが、授業も同級生とのコミュニケーションも英語ですし、たとえば、「課題で脚本を書く」といったときに、英語での表現を知っていた上で書けるほうがよいので、英語力が求められるシーンはけっこうあります。

久保田:三谷氏は、そこは最初から問題なかったの?

三谷:けっこう苦労しました。とにかく語彙を増やそうと思って、常に類語辞典を持ち歩いていた時期もありましたし、日々の生活の中でも勉強していました。

久保田:じゃあ、授業の内容についていけるかの心配よりも、英語を勉強していくほうが大事な感じだ。

三谷:そうですね。では、もうひとつの質問――「私の知る限りでは、アメリカの大学院を卒業されてもハリウッドで働く方はあまりいない印象です。これは日本人に限った事でしょうか? もし、日本人以外の同級生の就職状況がわかれば教えてほしいです」――ということについてですが。

久保田:これはどうなの?

三谷:外国からアメリカに来た人というのは、日本人に限らず自国に帰っていく人が多いです。

久保田:そうなんだ。

三谷:これはけっこう現実的な理由がありまして。学生の期間が終わった後に、アメリカで働き続けるには就労ビザが必要なんです。

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三谷:学生は卒業した後に1年間、OPT(=Optional Practical Training)という、学生ビザで就学した人が専攻した分野と関連のある職種で1年間アメリカに滞在して仕事ができる権利というのがもらえるんです。その期間の間に、次のビザにつながる就職や実績づくりをしないと、基本的には帰国することになります。

久保田:「次は観光客で来てくださいね」ってことだ。

三谷:そういうことです(笑)。就職でビザをもらおうとする場合、「外国人である自分のポジションが、アメリカ人では替えが利かないもの」だと、自分が働いている会社などに証明してもらう必要があるんです。

久保田:なるほど。「この人は日本人だけど、アメリカに留まるだけの価値があるぞ」って言ってもらわないといけないわけだ。

三谷:そうです。ただ、ここで現実的な問題としては、若くてキャリアがまだそこまでない人であれば、そこまで専門性も高いわけではないし、証明するのが難しいんですね。

久保田:そうだよね。

三谷:さらに、就労ビザには映画業界だけじゃなくて全体での枠があって、競争相手がgoogleのエンジニアとかどこそこの大手企業のAIの専門家とかだったりするんですね。そこでいろんな水準で選ばれていくことになるんですけれど、そこでの競争に勝っていくのもなかなか難しいところなんです。

久保田:三谷さんは、そこの難関は…?

三谷:残念ながらくぐり抜けられず、帰国しました(笑)。

久保田:でも、それだけの難関だとそういう人のほうが断然多いよね。

三谷:そうですね。ただ、中には抽選で「グリーンカード」(=永住・条件付永住者カード。米国における合法的永住資格の証明)が当たって滞在できる人もいたりします。

久保田:なにその「年末ジャンボ宝くじに当たっちゃいました」みたいなのは(笑)。それって倍率どのくらいなの?

三谷:1%くらいで、だれでも応募できるし、完全に抽選です。毎年、一定の多様性を確保するために抽選制のグリーンカードが支給されているんです。

久保田:すごいラッキーチャンスだね。

三谷:なので、この質問をくださったAさんも、今のうちからグリーンカードの抽選に応募して、もしも当たったら、ビザの心配はしなくてよくなります。実際、毎年そこを狙ってダメ元でも応募している人はいますね。

久保田:へぇ~。まぁ、そこはワンチャンあるかもくらいだけど、「日本人以外の同級生の就職状況」っていうのはどうなんですか。帰国しても映画の仕事に携わってるの?

三谷:やっぱり映画業界で働いている人が多いです。留学して学んだということが、それぞれの母国で就職に有利になったりはしているみたいです。

久保田:ある意味、箔になったりはしてるんだね。

三谷:あと、もうひとつ話しておきたいことがあるんですけれど。

久保田:なんですか?

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三谷:「新卒で最初から映画業界に入るか」「途中からその道に入るか」ということについてです。これは――個人的にはですけれど――いきなり新卒で業界に入るよりは、人生経験を積んだり、まったく違う業種で学んだことや感じたこととかを持って、映画の世界に入っていってもいいんじゃないかなと思ってます。

久保田:それはなんで?

三谷:映画の基本的な知識や技術自体は勉強すれば身につくんですけれど、いざ作り手として、「あなたはどんなストーリーを語るんですか?」というときに、やっぱりその人自身の人生経験の積み重ねが、その人の表現するものになっていくので、そこに厚みをもたせることは大事なんじゃないかなと思うんです。

久保田:たしかに。

三谷:その意味では、USCのフィルムスクールは未経験者を広く学生として採用する傾向があるみたいです。

久保田:そうなんだ。

三谷:そのときにエントリーシートや面接で問われるのは、「今までどんな国に行きましたか」とか「どんなボランティアに参加しましたか」という、その人が持っている物語性みたいなものにフォーカスした内容だったりするんです。

久保田:たしかに、そういう部分がその人の表現したい世界の根っこになるのかもしれないね。

三谷:なので、AさんにもAさん自身の物語を豊かにする選択肢をとっていってもらえたらいいなと思います。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#72 会社を辞めてハリウッドを目指す!? 映画業界への「キャリアチェンジ」の道)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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