コラム:下から目線のハリウッド - 第2回

2021年2月5日更新

下から目線のハリウッド

こうやって映画はつくられる! 映画製作プロセス解体新書 ~「ディベヘル」ってナニ?~[前編]

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回は、「ハリウッドで映画を製作するプロセス」を現場目線で解説。ひとつの作品ができるまでにどのくらいの期間がかかる? プロデューサーと制作スタジオの力関係は? など、映画やニュースを見るだけではわからない、知られざるハリウッドのリアルをお届けします!


久保田:いきなりなんですけど、僕が「ハリウッドで映画つくりたい!」って思い立ったとするじゃないですか。でも、映画のつくり方の説明書みたいなものってあまりないじゃないですか。本気で、それもハリウッドで映画をつくろうと思ったら、まず何をしたらいいんですか?

三谷:説明書にしようと思うとけっこうな文字数になると思いますけれど、ざっくりとした話ならできると思います。

久保田:おー。それはぜひお願いします。

三谷:まず、どんな映画つくりたいかなんですけれど……。たとえば、久保田さんの半生を物語にした「久保田裕也・ザ・ムービー」みたいなのはどうですか(笑)?

久保田:それでいきましょう(笑)。

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三谷:となると、オリジナルIPなので、お話は自分で書けるわけですね。

※IP:Intellectual Property(インテレクチュアル プロパティ=知的財産)。人間の知的活動によって創作された表現や、商業上有用になりうる情報や標識など、一定の価値が認められる創作物。映画やTVなどをはじめとしたエンターテインメント分野においては、キャラクターとストーリーを持ち、メディアフォーマットに乗っているもの全てが当てはまる。

久保田:驚くほど尺が短そうな映画ですけど(笑)。

三谷:いやいや(笑)で、まずはそのお話――つまり、「脚本」からつくっていきましょう。アメリカの映画だったら、1ページが1分の尺になると言われています。90分から120分の尺だとしたら、ざっくり90~120ページくらいのものを書いてもらえればいい感じです。

久保田:もし、脚本を脚本家さんに頼む場合、ギャランティの相場とかあるんですか?

三谷:ハリウッドのプロ脚本家は、ほとんどが「全米脚本家協会」という組合に入っているんです。脚本家は過去に搾取されてきた歴史的な経緯があるので、脚本家を守る意味で組合ができたんです。そこに入っていると最低賃金の基準が決まっているので、そのルールに従って払われることになります。

久保田:じゃあ、協会が設定している金額は、まぁまぁイイお値段?

三谷:まぁまぁイイお値段です。

久保田:お値段以上という感じか。あ、それじゃお買い得感あるからダメだ(笑)。

三谷:充分に暮らしていけるお値段ということです(笑)。

久保田:全米脚本家協会にアクセスすれば、脚本家さんを紹介してもらえるんですか?

三谷:そういうこともあり得ますけれど……以前にもお話ししたようにハリウッドは「ムラ社会」なので基本的には難しいかもしれません。ここでは、仮にそういう知り合いがいて、その人が書いてくれることになったとしましょうか。

久保田:はいはい。

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三谷:次はできあがった脚本をベースに、出てほしい人――つまり「キャスト」を考えて、オファーをしていきます。手紙やメールを使ったり、人を介してなどいろいろな方向からアクセスを試みるプロセスがあるわけですけれど、俳優さんに脚本を読んでもらって「あなたにこの役をやってほしいんです」という話をするわけです。そのオファーが相手に響けば、返事が来るかもしれないですけれど、とはいえ、人気の俳優さんは何本も作品を抱えているので、断られることも当然あります。

久保田:そんなに忙しい人だったら、送ったとしても読んでもらえないですよね。

三谷:なので、それをさばきやすくするために、ハリウッドだと脚本を1、2ページにまとめた「カバレッジ」というものがあるんです。

久保田:サマリー(要約)みたいなものですか。

三谷:そうですね。ストーリーが1ページくらいで書かれていて、半ページでその脚本の強みや弱みみたいなことが書かれています。そこで興味を持ってもらえたら「脚本を読んでみようか」となるわけです。あとは、だいたい俳優さんにはマネージャーやアシスタントが付いているんですけれど、その人たちに読んでもらうとか。そういうスクリーニング(ふるい分け)をすることが多いですかね。

久保田:なるほど。俳優さん本人は読む時間がないから。

三谷:ちなみに「久保田裕也・ザ・ムービー」の主演は誰にしましょうか?

久保田:それはやっぱり、トム・クルーズでしょうね。

三谷:でしょうね。妥当なキャスティングだと思います(笑)。

三谷:じゃあ、仮にトム・クルーズの事務所に脚本を送ったところ、マネージャーが「これはいいじゃないか! トム、読んでみろよ!」となって、トムも「ぜひやりたい!」と言ったとしましょう。ただ、ここでトム・クルーズがキャストに入ると、ぶっちゃけ無敵状態になるんですよ。

「トム・クルーズが付いている『久保田裕也・ザ・ムービー』って企画があるらしいぜ」

「それってもうやるしかなくない?」

「ウチだったらおカネ出しますよ」

……というスタジオが出てくるんですね。

久保田:おカネは後からついてくるんですね。

三谷:そうです。なので、最初は座組を決めていくという感じなんです。で、その座組が整った段階の強さで競争が発生するというか。場合によっては複数のスタジオが手を挙げて「どっちがやるんだ」という交渉が進んでいくわけです。

久保田:その交渉っていうのは総製作費で決まるんですか? それとも企画者や俳優さんへの支払い――インセンティブの部分で決まるのか。

三谷:「どういう条件で製作するか」というところですかね。もちろん総製作費というのは大事な要素になります。たとえば、「これはアクションを派手にしたいので、その分のおカネは出しますよ」と言うこともできますし。あるいは「ウチはクボタさんがつくろうとしているものにあまり口出ししませんよ」という条件を出してくるパターンもあります。

久保田:なるほど。いろんな条件が提示されるんですね。

三谷:そういった諸々の条件を考えたうえで、どのスタジオで製作するのかが決まっていく感じです。

久保田:そのときに、動いている人が、いわゆる「プロデューサー」という人ですか?

三谷:基本的には、その企画をやろうと思っている人――「久保田裕也・ザ・ムービー」で言えば、久保田さんが「プロデューサー」になります。つまり、脚本家を探してきたり、俳優さんを決めたり、実現に向けて頑張っていく人が「プロデューサー」に当たるわけです。

久保田:製作スタジオから「プロデューサー」がくるわけじゃないんだ。じゃあ、スタジオからはおカネだけが来る?

三谷:そうですね。ただ、おカネとともにいろいろな意見も来ます。製作がうまくいくようにコントロールするわけですね、スタジオが。会社に喩えると、銀行から借入をするときに、「どうなってますか、会社は?」って定期的に銀行の人が経営や財務状況を確認しに来る、みたいなイメージです。

久保田:あー、わかりやすい(笑)。

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三谷:では、すったもんだの交渉があって製作スタジオも決まりましたと。そうなると、「もうちょっと脚本を練って、もっとヒットするように磨いていきましょう」という「ディベロップメント」――つまり、「企画開発」のプロセスに入ります。この段階では、さらに脚本家を雇ったり意見を出したりして、脚本をベストな状態にしていくわけです。

久保田:この段階ではフェアに議論して最終的にプロデューサーが決める感じなんですか? たとえば、さっきみたいに会社で喩えると、社長の考えじゃなくて、株主の保有比率とかである意見が通ったり物事が決まったりする部分があるじゃないですか。

三谷:その点は、どういう契約を結んでいるかにもよります。ただプロデューサーにすごい力がある場合は、プロデューサーが決める形になりますし、逆にスタジオが主導権を握ることもあります。他には、かなり珍しいケースですけれど、トム・クルーズ級の俳優が決めたいと言って「じゃあ、トム・クルーズさん。どうぞ決めてください」となる場合もあります。

久保田:その場合、トム・クルーズが「いや、クボタ。それは無理だから」って言ったらすごく困りますよね?

三谷:困りますね。トム・クルーズからすると「俺が出ているからこの映画はヒットするんだ」というのはあるし、実際そういう力を持っていますし。お客さんも「トム・クルーズが出る映画だから観る」ともなるので、力学的にも彼にパワーはありますね。そこをなだめたり、もし、トムとスタジオとの間でかみ合わなかった場合に間に入ったりするのもプロデューサーの仕事の1つでもあります。でも、プロヂューサー、スタジオのどちらかに力がある場合が多いですね。

久保田:じゃあ、そんなすったもんだがあって、プロデューサーが胃潰瘍になって戻ってきて、脚本の調整も済みました、と(笑)。次は何をするんですか?

三谷:「ディベロップメント(企画開発)」の期間を抜けると、撮影するためのゴーサインが出ます。これを「グリーン・ライト」と言います。「グリーン・ライト」は、スタジオから「この映画にはこの段階でちゃんと制作費全額出してコミットしますよ」ということが約束される段階ですね。そこでいよいよ撮影に向けての準備が始まるわけです。

久保田:ちなみに、企画開発期間中にお蔵入りになることはあるんですか?

三谷:けっこうあります。だから、企画開発が難航することを「ディベロップメント・ヘル(企画開発地獄)」と呼んだりします。

久保田:これはハリウッドかぶれ用語ですね~。

三谷:そうですね「ディベロップメント・ヘル」は玄人な用語ですね。

久保田:略して「ディベヘル」ですか(笑)。

三谷:「ディベヘル」ってちょっといやらしい感じがしてしまうのはなぜなんでしょうね(笑)。でも、そういう言葉があるくらい企画開発を抜けないものはかなりあるんです。映画スタジオとしても当たる企画だけをやりたいので、持ち玉をいっぱい持っておきたいんですね。だから、本来、製作できる数よりも何倍もの企画を温めているわけです。それらは、それぞれに進捗状況は違うんですけれど、動かせるようになったものから製作に移していくんですね。

久保田:割合的にはどれぐらい企画って通るものなんですか?

三谷:ざっくりですけれど、1割強ですかね。なので、実際に製作される映画1本に対して、その後ろでは10本ぐらいの企画があるんです。だから期間的にも企画開発の段階が一番長いですね。

久保田:どれくらいかかるんですか?

三谷:企画開発だけだと平均して5年くらい。ものによってはもっと長くかかるものもあります。

久保田:そんなに!? ちょっと疑問なんですけど、続編が出ている作品の場合、ディベヘルはあるんですか? たとえば、ハリーポッターの1作目が当たって、2本目はヘル有りかヘル無しか。

三谷:その場合は、ヘルオプションは無しですね。即製作に入れます。話を戻しますと、「ディベロップメント・ヘル」を抜けると「グリーン・ライト」がつきます。そうすると撮影準備期間――「プリプロダクション」に入ります。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#08 ハリウッドで映画をつくりたい!制作プロセス大解剖[前編])でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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