コラム:下から目線のハリウッド - 第15回
2021年8月13日更新
映画の世界で働くスタートライン! アメリカ映画業界の「インターンシップ事情」
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、ハリウッドのインターンシップ事情を解説。日本とは違うインターンシップのシステムや、日本ではありえないちょっと驚く募集要項の文言まで紹介します!
三谷:この話をしているのは、2021年8月の夏真っ盛りな時期なんですが。先日、留学していた先から卒業生宛のメーリングリストでインターン募集のメールが送られてきたので、今回は「インターン」の話をしていきたいなと。
久保田:三谷さんも留学してたときに、向こうでインターンはやってたんだよね?
三谷:やってました。で、ハリウッドってけっこうインターンで成り立ってる業界とも言えるんですよね。
久保田:そうなの?
三谷:そういうところも含めて話していきたいんですが、アメリカだと夏の間に秋学期へ向けてのインターンの募集がかけられるんです。
久保田:へ~。夏に募集がかかって選考があって、インターンとして働き始めるのはいつくらいから?
三谷:9月くらいからですね。夏休みが明けたらインターンの季節という感じです。
久保田:日本だとインターンっていくつかパターンがあるじゃないですか。ひとつは「採用直結パターン」。2つ目は会社の紹介やプロモーションに近い「職業体験パターン」。これは、インターンだけど扱いはお客さんに近い感じで、1dayインターンとか。3つ目は、とことん雑用をやらされる「インターンという名前のアルバイトパターン」。
三谷:そうですね。
久保田:ハリウッドもこの3パターンなんですか?
三谷:ハリウッドだと、1と3を組み合わせたようなパターンですね。優秀な人がいれば欲しいけど、それまではタダ働きできる人を探してる、という感じで。
久保田:なんかズルくないですか、それ?
三谷:そうなんですよね、インターンを迎える会社のほうに都合がいいというか。
久保田:インターンをやる期間とかも決まってるの?
三谷:だいたいどの会社でも共通して3つのクールがあって、「秋から冬」「冬から春」「夏の間」という感じです。
久保田:日本だと特に「インターンという名のバイトパターン」は、もう来なくていいって言われるまでシフト入れられるじゃないですか。まぁ「シフト」って言ってる時点でバイトなんだけど(笑)。
三谷:完全にそうですね(笑)。
久保田:インターンとバイトの違いは、「こいつデキるな」って思われるとレベルの高い仕事がやらせてもらえるところだよね。そんな感じで、「2年間インターンしてました」みたいな人もいるけど、ハリウッドは3クールって決まってるんですね。
三谷:基本的には3クールなんですが、1クールやった結果、仕事ぶりが良くて、その人自身もその会社に残りたいとなると、次のクールも同じところでインターンすることもあります。でも結局、上のポジションに上がれるかどうかは、ポジションの空きがあるかどうか次第です。
久保田:なるほどね。
三谷:で、インターンをやるメリットの話ですが。まずは「業界経験が積める」というのがあります。こういうところでインターンとして仕事の経験を積んだという実績がつくれる。
久保田:はいはい。
三谷:3クールを同じ業種や会社にするのもアリですし、違ったことをする戦略もありますよね。たとえば、1クール目はエージェントの会社、2クール目はスタジオ、3クール目は制作会社、みたいにインターン先を変えることで、「いろいろな仕事ができます」というアピール材料にすることもできるわけです。
久保田:そこらへんは、将来的に映画業界のどの業種としてやりたいか次第って感じだね。
三谷:そうですね。あとは、お金が出るインターンもあったりはしますし、お金は出ないけれど学校の単位がもらえるインターンは多くあります。
久保田:自分たちの時代にはなかったけど、今は日本でもそういう制度はあるみたいだね。
三谷:やっぱり今の時代、「タダで働かせちゃダメでしょ」って風潮があるので、有料にするか単位が取得できるような仕組みになってます。とは言え、無償で働く人たちを業界側が利用しているという実情はあります。
久保田:やっぱりそういう面はあるんだね。
三谷:あとは、ネットワークができるのは大きなメリットですよね。たとえば、FOXのSearchlight Pictures(サーチライト・ピクチャーズ:FOXでおもにインディ映画を扱う。2020年にFox Searchlight Picturesから社名変更)は、インターン先としてはイケてる人が行くようなところで、ネットワークも広がりやすかったり、箔もつく感じだったりして、仕事につながりやすい部分もあるみたいです。
三谷:で、インターン募集は、いろいろな会社が募集要項をつくって各大学に送っていくというのがメインなんですが、募集時期になると毎日のようにメーリングリストとかで送られてきます。
久保田:はいはい。
三谷:アメリカの映画業界で仕事を探していくためには、わりと皆がアクセスする「UTA(ユナイテッドタレントエージェンシー)」というところがありまして。そこがインターン募集の要綱をまとめていて、学生はそれを見て、気に入ったところに応募をする感じなのですが、今日はそのリストを久保田さんにもみてもらいたいなと。
久保田:うわ。当たり前だけど全部英語だ(笑)。
三谷:これ、ちょっとずつ読んでみると、「何これ?」っていうのがあると思うんです。たとえば「must receive school credit」って書いてあったりするんですが…。
久保田:あるある。直訳すると「学校の単位を取得する必要があります」だけど…。
三谷:要するに「お金は払いません、無給です」という意味なんです。
久保田:へー! あ、「The position is unpaid(このポジションは無給です)」って書いてあるところもある。
三谷:そう書いてくれているところはまだ親切で、「must receive school credit」としか書いてないのもあるんですよ。
久保田:すごいな…。
三谷:あとは、とても有名な個人につくインターンというのもあったりします。
久保田:へ~。
三谷:そういうインターン先では、その人の個人的な用事――「この服をクリーニングに出してきて」とか「このプレゼントを友人の誰々に届けて」とか――を頼まれることがあって。そういうのがありそうなインターンの募集要項には「must have a car(車が必要です)」と書いてあることが多いです。
久保田:それはもう、インターンに見せかけたパシリじゃないですか(笑)。
三谷:そういう個人で名を上げている人の生活がつぶさに見られるという意味では、一応、インターンではあります(笑)。
久保田:そんなパシリみたいなインターンでも、やっぱり映画業界で働きたい人が多いから成立しちゃうのかな。
三谷:そうですね。「無給でもやります」という人はやっぱり多いので、そこにつけこまれている部分はありますね。ただ、もちろんインターンを大事にしてくれる会社もあります。たとえば、インターン向けに会社の偉い人と一緒にランチをしながら質疑応答ができたり、電話応対の練習をさせてくれたり、教育的なことをしてくれるところもあります。
久保田:他には、気をつけたほうがいい募集要項の文言ってありますか?
三谷:たとえば「must have a thick skin」って書いてある募集があったりするんですが。
久保田:「太い皮」?
三谷:これは「厚い皮」、つまり、「神経が図太くなきゃダメ」ということです。すごくストレスフルな環境だから、心の弱い人は応募しないほうがいいよ、ってことです。
久保田:オフィシャルにパワハラ会社ですって言ってるようなものじゃん、すごいな(笑)。
三谷:そうですね。「high speed stressful environment(仕事のペースがとても早くて、ストレスフルな環境です)」って書いてあるところもあります。
久保田:それ、応募する人いるの(笑)!?
三谷:そこで耐えられるというのが勲章になって、採用につながったりすることもあるみたいですね。
久保田:「こいつはタフだから使える」みたいな。
三谷:そうです。もし、アメリカの映画業界のインターンに応募する人がいたら、このあたりのニュアンスは知っておくといいと思います(笑)。
久保田:すごいなぁ。勉強になりました。
三谷:まぁ、ハリウッドのインターンには無給であるとかの問題もあったりはしますが、インターンってその人自身の仕事の姿勢が問われる場でもあるとは思うんですよね。
久保田:それはそうね。ただのコピー取りでもどんな資料なのか、それとなく中身を見て勉強したり。
三谷:そうそう。やっぱりそういう人がハリウッドでも上に行く人の成功パターンだったりもしますし。
久保田:とは言っても、「high speed stressful environment」な会社には自分からは行きたくないね(笑)。
三谷:そうですね(笑)。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#58 シーズン到来!アメリカ映画業界の「インターンシップ事情」)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari