コラム:下から目線のハリウッド - 第14回

2021年7月30日更新

下から目線のハリウッド

ハリウッドの若手に健康で文化的な生活を! 業界の賃金事情とは!?

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、映画業界の若手の賃金。驚きの給与水準からリアルな生活のキビしさまで実体験をもとに語ります。


三谷:だいぶ前の業界ニュースなんですが、2020年9月にアメリカの映画業界で働く若手の人たち――業界に入ったばかりの人たちの時給が24ドルに上がりました、というニュースがあったんですが、今回はその話をしたいなと。

久保田:なるほど。業界の賃金の話だ。

三谷:このニュースを取り上げたのは、アメリカのエンターテイメント産業専門の業界紙「バラエティ(Variety)」というメディアでして。「ユナイテッド・タレント・エージェンシー(United Talent Agency=UTA)」というエージェントの大手が、最低時給を22ドルに設定して、そこで働く人たちは平均して時給24ドルを稼げているというニュースだったんです。

久保田:これは業界的には大きいニュースだったんですか?

三谷:これはもう画期的なニュースでした。私もハリウッドで映画の仕事に関わっていた時はそうだったんですが、だいたい月換算で2000ドルもらえるかどうか、という水準だったんです。

久保田:今だと1ドル110円くらいですよね(2021年7月27日現在)。円ドルのレートは変わるものですけど、2000ドルだとおよそ20万円ちょっとくらいですよね。ちなみにどのくらい働いて月2000ドルだったんですか?

三谷:1日に10時間以上は働いている感じですかね。私がインターンをしていたときは朝9時から、夜8時とか9時くらいまで働いてたので。

久保田:休みはあるんですか?

三谷:土日は休みです。

久保田:じゃあ、平日5日、1カ月で20日間働くとして……。

三谷:日給100ドルですね。だいたい1万円くらい。

久保田:ということは時給だと10ドルくらいか。すごい、2倍以上も上がってる。

三谷:そうなんです。逆に言うとそれまでは「この金額じゃ普通に生活するのは難しいでしょ」っていう水準だったわけです。

久保田:「月20万円」「時給1000円くらい」って、日本の感覚だと「全然生活できるじゃん」って感じですけど、日本とアメリカでは物価が全然違いますからね。アメリカで時給1000円以下って相当厳しいでしょ。家賃なんかは日本の3倍くらいするんじゃないの?

三谷:シリコンバレーのあるサンフランシスコだと、ワンルームのちょっと狭めの部屋でも家賃30万円とかありますからね。ロサンゼルスはそこまでではないにしても、日本の2倍以上はかかると思います。

久保田:だから、日本で家賃6~7万円くらいの部屋でも、10万円台半ばから後半になるってことだよね。

三谷:だから月に20万円って、普通に生活できる水準じゃ全然ないんですよ。それがどういう問題を引き起こしていたかと言うと、「その給与水準でなんとかなる人」でないと映画業界で働いていけないという状況がありまして。

久保田:それは、どんなにひもじくても耐えられる人ってこと?

三谷:まぁそう言えなくもないですけれど(笑)。むしろその逆で、もともとお金がある人だったり最初から業界にコネクションがあったりして、あまり経済的な心配をしなくていい人しか業界に入れない構造になっていて、業界でも問題視されていたんです。

久保田:なるほどね。

三谷:それに対して、アメリカを代表するエンタメ企業のひとつが是正を打ち出したわけなので、これはもう画期的なニュースだったんです。

久保田:それは素晴らしいね。時給24ドルになるってことは、1日10時間働いたとして240ドル(およそ24000円前後)。それで1カ月20日間働いたとすると、4800ドル。

三谷:ですね。頑張って働いたら5000ドルになるくらい。

久保田:それなら家賃払って、食事も……。でも食事も日本の2倍くらいするんだよね?

三谷:そのくらいはしますが、なんとか暮らしていける水準です。食事の相場で言うと、たとえばラーメン1杯が1300~2000円くらいの感じですね。

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三谷:このニュースは個人的にすごく嬉しいことで、やっぱり自分の留学時代を思い出すんですよ。私は学生として2年間の留学をしたんですけれど、その後は、学生ビザで1年間働ける制度――OPT(=Optional Practical Trainingの略。学生ビザで就学している学生が専攻した分野と関連のある職種で、企業研修を行える制度)を活用して現場で働かせてもらったんです。

久保田:インターンとかアシスタントみたいな感じだ。

三谷:そうですそうです。私の場合、最初の半年は、ある監督の映画の撮影にアシスタントに運良く誘っていただけて、その監督も優しい方だったので月3000ドルで働けていました。

久保田:相場から言うとちょっと高めにしてくれたんだ。

三谷:当時は物価とか家賃も今ほどは高くはなかったので、月3000ドルあれば、ラクではないですけれど暮らしていけたんです。でも、残りの半年間がけっこうキツくて、週3日勤務、1日100ドルで働いていたんです。

久保田:週3勤務ってことは月で12日勤務として1200ドル!? それじゃやっていけないでしょ、公園とかで寝てたの?

三谷:さすがにそこまでではなかったですけれど(笑)。でも、超ギリギリの生活でした。最初の半年で月3000ドルもらっていたので少し貯金をつくれていたんですが、後半はそれを切り崩しながらやっていった感じでしたね。

久保田:それはなかなか過酷だね…。だって、結局その1年間で均すと、月に2000ドルちょっとでしょ? 日本の物価に照らし合わせてみると、月10万円で1年間暮らしているようなものだもんね。

三谷:そうですね。そのとき、「あ、資本主義ってこういうことなんだ」って痛感しました。やっぱりお金がないとどんどん生活が苦しくなる仕組みになっているんですよね。たとえば、アメリカって健康保険がそれなりに高くて、当時の自分の稼ぎでは保険料を負担することもままならなくて、その1年間は健康保険なしで過ごさざるを得なかったんですよ。だからちょっと高めの熱が出ても、病院には行かないで市販の薬でなんとかやり過ごすみたいな。

久保田:それって本当にダメそうなときはヤバイよね?

三谷:まさにおっしゃるとおりで、OPT後半のある日、ストレスも重なってか、突然、耳が聞こえなくなる状態になったことがありまして。口座の残金はほとんどないけど、背に腹は代えられないから病院に行くことにしたんです。でも、そこで簡単な問診されて「様子を見ましょう」と言われて、薬も処方されなかった診察だけで500ドルを請求されて……。

久保田:うわー……月1200ドルのときだから、稼ぎの半分近くが吹っ飛んだわけだ。

三谷:正直、そのときは「もう終わった」と思いましたね(笑)。そんなこともありつつ、「アメリカはお金がないと暮らしていけない社会なんだ」ってことが、これでもかというくらい身に沁みました。

久保田:そう考えるとやっぱり日本の国民皆保険ってすごい制度だよね。程度にもよるけど1000円とか2000円で診察受けられるし。それ聞くと日本から離れたくなくなるね(笑)。

三谷:そうですね~。住む環境としてのアメリカって、日本と比べるとどうしても不便でストレスフルなことが多くて。だから、「アメリカで働くことの妥当性ってどこまであるんだろう」とか「そこまでしてここで働くのか、お前は?」って自問自答を何度もしましたね。

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久保田:これって、業界の入口に立っているまだ何の肩書きもついていない「インターン」とか「アシスタント」と呼ばれるような若手の状況が変わったよって話ですよね。三谷さんはヒエラルキー的にはまだ下の方かもしれないけれど「プロデューサー」なわけじゃないですか。

三谷:そうですね。

久保田:その過酷だった、まだ業界的には何者でもないって時期はもう抜け出した感じなの?

三谷:そうですね。紆余曲折はありながらもその荒波は抜け出た感じです。

久保田:「抜けたな」って実感することとかはあった?

三谷:インターンとかアシスタントって本当に雑用なので、プリンターに紙を補充したり、お客さんにコーヒーやお水を出したりといった仕事があるんです。私もそのOPTの期間にそういう仕事をしていたんですけれど、その5年後に今の仕事でインターンとして働かせてもらっていた会社に打ち合わせに行く機会があったんですね。

久保田:おー、なんかドラマチック。

三谷:そのときに、自分がインターンとしてやっていたことを、別の人が自分にしてくれたんです。会議室への案内だったり、コーヒーを出してくれたり。そのときに「あ、ひとつその荒波は抜け出したんだな」って思いました。

久保田:それはなかなか感慨深いね~。

三谷:もしかしたら、そのときインターンやっていた人も、同じように生活はラクじゃないかもしれないので、UTAみたいに時給を上げる風潮が業界全体に広がったらいいなと思いますね。でも、その一歩としてはとてもいい兆しだと思うので、こういうところから映画業界で働こうって思う人が増えてくれると嬉しいですね。

久保田:そうね。今回の話をまとめると「やっぱり国民皆保険はありがたい」ってことですね。

三谷:そこですか(笑)。

この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#16 ハリウッドの若手に「健康で文化的な生活」を! 日本より過酷な現場に見直しの兆し!?)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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