コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第52回

2013年8月28日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男」

2008年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞。 伊政界の帝王アンドレオッティの半生を映画化
2008年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞。 伊政界の帝王アンドレオッティの半生を映画化

ジュリオ・アンドレオッティのような政治家はほかにいたのだろうか。寡聞にして、私は知らない。血の粛清だけなら、思い出す名はいくつかある。不倒翁と呼ばれた政治家の名前も皆無ではない。

アンドレオッティは双方を兼ねた。彼は1919年に生まれて2013年まで生きた。その間、19回入閣し、7期にわたって3度首相をつとめている。そして、一説によると236人の死亡事件に関与したといわれる。

そんな「魔王」の人生が、彼の存命中に映画化された。映画が公開されたときは90歳近かったが、完全に影響力を失っていたわけではない。リスクはなかったのか。

パオロ・ソレンティーノは30代の若さで「イル・ディーヴォ」を監督した。主役を演じたトニ・セルビッロは恐るべき仏頂面の演技で全篇を貫いた。つまり、野心や奸智といった言葉は浮かんできても、幸福や喜びといった言葉はまったく思いつかない。いや、これは屈折したデッドパン・コメディではないかという疑いさえ兆してくる。

本当は怖い話なのだ。義憤を感じる人がいてもおかしくない話なのだ。

が、私はそんな感情を覚えなかった。むしろ、催眠術をかけられたような気分になった。「権力とはだれも治したがらない病だ」という台詞とか「弱さには途方もない代償がついてまわる」とかいった台詞には、奇妙なリアリズムさえ感じられる。

しかも映画全体が不思議にアンバランスな印象を帯びている。端正な画面と静けさを誇張した演技の同居も理由のひとつなのだろうが、悪人ばかりが出てきて「闇から闇へ」の行動を変奏する映画は、イタリアの特産物なのかもしれない。あるいは、「アウトレイジ」の音声を消すと、この映画に近づくのか。

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イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男

WOWOWシネマ 9月21日(土) 08:30~10:30

原題:Il divo: La spettacolare vita di Giulio Andreotti
監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ
製作:フランチェスカ・シーマニコラ・ジュリアーノアンドレア・オキピンティ
撮影:ルカ・ビガッツィ
出演:トニ・セルビッロ、カルロ・ブチロッソ、アンナ・ボナイウートフラビオ・ブッチ、マッシモ・ポポリツィオ、アルド・ラッリ
2008年イタリア=フランス合作/1時間58分

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「ビッグ・ボーイズ しあわせの鳥を探して」

ウィルソン、マーティン、ブラックの芸達者3人で描く 奇怪な情熱にとり憑かれた男たちの珍行動
ウィルソン、マーティン、ブラックの芸達者3人で描く 奇怪な情熱にとり憑かれた男たちの珍行動

バーダーという言葉がある。私も初めて聞いたが、バードウォッチャーと呼び替えると叱られるらしい。もっと熱心で、もっと能動的で、さらにいうならもっと偏執的な愛鳥家。鳥の当たり年がやってくると、彼らは狂ったように全米を駆けめぐる。作り話かと思ったが、どうやら実話のようだ。

それがコンテストになる。1年にどれほど多くの種類を見たか。写真を撮る必要はない。見た鳥の名前を自己申告すればよい。多い年には700前後の観察例が報告される。ズルをする人は……たまにいるかもしれない。

「ビッグ・ボーイズ」には主に3人のバーダーが出てくる。前年までの記録保持者ボスティック(オーウェン・ウィルソン)。妻に逃げられた労働者ハリス(ジャック・ブラック)。大企業のCEOプライスラー(スティーブ・マーティン)。ボスティックは、なにかというと人の上に立ちたがる嫌味な男だ。ハリスは、熱意過剰で間抜けだ。プライスラーは、正直なのか狡猾なのかわからない。3人に共通するのは、なにがなんでも鳥を見るぞ、というオブセッションに衝き動かされていることだ。金を費やし、時間をかけ、体力を使い、情熱を燃やす。めざすは新記録の達成だ。

鳥を追って、彼らは頻繁に移動する。オレゴン、ワイオミング、テキサスあたりはもちろん、アリューシャン列島のアッツ島にまで足を伸ばす。千島列島はすぐそこだ。アンカレッジからは週に1便しか飛行機が出ない。

というわけで、画面はつねに変化する。つねに異なった風景が映し出される。いわばロードムービーの変種だ。加えて、奇怪な情熱にとり憑かれた男たちの珍行動。これは笑える。映画の原題は簡潔に「ビッグ・イヤー」。アンジェリカ・ヒューストンダイアン・ウィーストロザムンド・パイクらが、控え目な芝居で脇を固めている。

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ビッグ・ボーイズ しあわせの鳥を探して

WOWOWシネマ 9月28日(土) 04:30~06:15

原題:The Big Year
監督:デビッド・フランケル
脚本:ハワード・フランクリン
製作:カーティス・ハンソンカレン・ローゼンフェルトスチュアート・コーンフェルド
出演:ジャック・ブラックスティーブ・マーティンオーウェン・ウィルソンブライアン・デネヒーアンジェリカ・ヒューストンダイアン・ウィーストロザムンド・パイク
2011年アメリカ映画/1時間41分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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