コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第4回

2010年7月26日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「軽蔑」

ジェリーに扮したジャック・パランス(左)と カミーユ役のブリジット・バルドー
ジェリーに扮したジャック・パランス(左)と カミーユ役のブリジット・バルドー

話の住んでいる階と、映画の住んでいる階がちがう。それを無理やり梯子でつなぐとどうなるか。普通なら惨状を呈するだけだが、「軽蔑」は不思議な引力を生む。ここが謎だ。「軽蔑」を褒めそやす人は怪しいが、「軽蔑」を侮る人はやはり単細胞ではないか。

筋だけを追えば、話は俗っぽい。主な登場人物は、映画脚本家のポール(ミシェル・ピッコリ)、妻のカミーユ(ブリジット・バルドー)、映画製作者のジェリー(ジャック・パランス)の3人だ。舞台は、映画を撮影中のイタリア。ジェリーはポールに、映画の脚本直しを依頼する。金が欲しいポールはその仕事を引き受ける。カミーユはそんなポールを軽蔑し、あの俗物、と軽蔑していたはずのジェリーに身を投げ出そうとする。

なんだ、よくある三角関係じゃないか、といわれればそのとおりだ。が、「軽蔑」の観客は、筋だけを追うことができない。理由を述べよう。色彩設計や音響が素晴らしく、それと同時に、映画の関節から漏れる監督ゴダールの呻き声に耳をふさげなくなるからだ。

話と映画の住む階がちがうとはそういうことだ。ポールとジェリーの関係は、監督ゴダールと「軽蔑」の製作者ジョゼフ・E・レビンとの間柄を連想させるし、映画内映画の「オデュッセイア」にからめていうと、オデュッセウスとポセイドンの関係も想起させる。だがそんな読み換えも、映画の底から湧いてくるゴダールのオブセッションの前には霞んでしまう。はっきりいうが、彼は困った監督だ。豊かな才能に恵まれながら、抑えがたい妄想に苦しめられ、周囲を巻き添えにしないではいられない。「軽蔑」は面白い。だが「軽蔑」は、後年のゴダール映画に顕著な抑鬱感も、さまざまな箇所で水漏れさせている。

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軽蔑

NHK衛星第2 8月6日(金) 1:10〜2:54(5日深夜)

原題:Le Mepris
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール
撮影:ラウール・クタール
出演:ブリジット・バルドーミシェル・ピッコリジャック・パランス
1963年フランス映画/1時間42分

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「ウォンテッド」

主人公ウェズリー(ジェームズ・マカボイ)を誘惑する 美しき殺し屋フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)
主人公ウェズリー(ジェームズ・マカボイ)を誘惑する 美しき殺し屋フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)

信じがたいほど鋭いカーブを描いて、銃弾が標的を撃ち抜く。重傷を負った殺し屋がコンクリートの浴槽(回復風呂と呼ばれているようだ)に浸かると、傷がたちまち癒されていく。疾走する電車の屋根に立った殺し屋が、線路沿いにある建物の会議室を狙撃する。

気にしない、気にしない。頭のなかでつぶやきながら、私は「ウォンテッド」を見ていた。劇画が原作だから、というよりも、撮り方が設定とマッチしているのだ。この荒唐無稽は歓迎したい。邪道といえば邪道だが、なかなか楽しい邪道ではないか。

主人公のウェズリー(ジェームズ・マカボイ)は意気地なしの会社員だ。オフィスではデブの女上司に罵倒され、同僚に恋人を寝盗られている。だがある日、彼は酒場で絶世の美女に誘われる。フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)という美女は凄腕の殺し屋だ。フォックスはウェズリーにささやく。「殺されたあなたの父親は一流の仕事師だったのよ。復讐したかったら、組織にいらっしゃい」。

こんな女にこんなことをささやかれたら、大概の男はころりとなる。ウェズリーもフォックスに従った。秘密結社に入って激しい訓練を受け、腕利きの殺し屋をめざすのだ。嘘のようだが、説得力がある。先輩の殺し屋を演じるA・ジョリーの肉体に説得力があるからだ。あの長い手足が鞭のように躍ると、嘘がまことに見えてしまう。

監督のベクマンベトフは、旧ソ連(現在はカザフスタン)の出身だ。出世作は「ナイト・ウォッチ」だが、痛快度は「ウォンテッド」が上回る。無理を承知の暴走というか、少々の無茶をスピードと気合で押し切ってしまう度胸が貴重だ。暑気払いのサマームービーとしてはうってつけの一本だと思う。

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ウォンテッド

WOWOW 8月9日(月) 2:20〜4:10(8日深夜)

原題:Wanted
監督:ティムール・ベクマンベトフ
出演:ジェームズ・マカボイアンジェリーナ・ジョリーモーガン・フリーマン
2008年アメリカ映画/1時間50分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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