コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第34回

2012年2月22日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「現金に体を張れ」

キューブリックのハリウッド進出第1作。 写真はジョニーに扮した名優スターリング・ヘイドン
キューブリックのハリウッド進出第1作。 写真はジョニーに扮した名優スターリング・ヘイドン

キューブリックの高笑いが聞こえる。

見れば見るほど、そんな気がしてくる。

初めて見たときは、コンパクトでタイトな作りに惚れ惚れした。つぎに見たときは、時制の意図的な混乱や横移動のキャメラがスリリングだった。3度目に見たときは、B級俳優をそろえた男たちの渋い面構えに眼を奪われた。そして、4回目に見たときは……。

現金に体を張れ」は、一見したところ典型的なハイスト・ムービー(強盗映画)だ。刑務所を出て間もない中年男ジョニー(スターリング・ヘイドン)が犯行計画を立てる。競馬場で騒ぎを起こし、その間に金庫の200万ドルを頂いてしまおうというのだ。ジョニーは4人の仲間をつのる。レスラーや狙撃手も雇って準備を整える。仲間には、馬券売場の窓口係ジョージ(イライシャ・クック)も混じっている。ここがボトルネックだ。彼らの計画はジョージの妻シェリー(マリー・ウィンザー)に漏れ、妻の愛人(ビンス・エドワーズ)が不穏な動きをはじめる。

映画好きならだれもが知っている筋書だが、つい紹介したくなってしまった。原作はライオネル・ホワイトで、台詞を書いたのはあのジム・トンプソンだ。撮影当時27歳だったキューブリックは、わずか24日でこの映画を撮っている。予算は、50年代のハリウッドでも破格に低い35万ドル。

そうした悪条件を、キューブリックはまったく苦にしなかった。チェスの達人(10代のころ、街頭チェスで小銭を稼いでいた)にふさわしく、緻密かつ自在に駒を動かし、挙句は無慈悲なまでに盤上から駒を払ってしまうその手際。高笑いが聞こえる、と冒頭に記したのはこの流儀を見てしまったからだ。後年しばしば指摘された恐るべき才気やぞっとするような冷たさは、青年のころからすでに宿っていたと見るべきだろう。
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現金に体を張れ

WOWOW 3月10日(土) 08:00~09:25

原題:The Killing
監督・脚本:スタンリー・キューブリック
台詞:ジム・トンプソン
原作:ライオネル・ホワイト
撮影:ルシアン・バラード
出演:スターリング・ヘイドンコリーン・グレイ、ビンス・エドワーズ、マリー・ウィンザージェイ・C・フリッペン
1956年アメリカ映画/1時間25分

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「甘い生活」

マストロヤンニ(左)とアヌーク・エーメ。 フェリーニとマストロヤンニのコンビ第1作
マストロヤンニ(左)とアヌーク・エーメ。 フェリーニとマストロヤンニのコンビ第1作

夜明けは目覚めのときではない。

夜明けは夜の底だ。

真夜中よりも夜明けが疲れる。疲れと虚しさと、なにもかもがどうでもよいような気分に浸されて、よろよろと街を歩いた覚えのある人は、けっして少なくないはずだ。

甘い生活」は、この感覚に満ちている。エネルギーが壮大なら疲れも壮大、という真実がこれほど具体的に描かれている映画も珍しい。1960年という公開年を考慮すると、その印象はますます強い。

ローマに住む主人公のマルチェロ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、ゴシップ誌のコラムニストだ。ベネト通りのカフェを根城にし、仲間の記者やパパラッツィと、毎晩のように夜の底へ降りていく。

仕事だ、という言い訳はあっても、彼の肉体は下降を求めている。美しい女に出会い、豊満な女優に惑わされ、裕福でデカダンな人々のパーティにまぎれこみ、老いた父親と久々に再会し……マルチェロはなぜか階段を下りることが多い。階段を上る場面もいくつかあるのだが、上ったあとは必ずといってよいほど下りる場面が出てくる。そして彼が迎えるのは、またしても疲れ切った夜明け。

長まわしのミディアムショットをゆったりしたカットでつなぎつつ、監督のフェリーニは、マルチェロの下降を画面に刻み込んでいく。スポーツカーと人間が通りで入り乱れる場面、角を曲がって停まったバスに記者たちが殺到する場面、パーティに疲れた人々が夜明けの松林を抜けて波打ち際に近づいていく場面。記憶に残るシーンをいくつも直立させつつ、この映画は「甘い生活」などどこにもないという当然の事実を観客の眼の前に突きつける。すると、観客も気づく。その事実は、ひとりひとりが身体で知る以外にないことに。
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甘い生活

BSプレミアム 3月8日(木) 13:00~15:55

原題:La Dolce Vita
監督・脚本:フェデリコ・フェリーニ
共同脚本:トゥリオ・ピネッリエンニオ・フライアーノブルネッロ・ロンディ
撮影:オテロ・マルテッリ
音楽:ニーノ・ロータ
出演:マルチェロ・マストロヤンニアニタ・エクバーグアヌーク・エーメ
1960年イタリア=フランス合作/1時間55分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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