「狼は天使の匂い」「影の軍隊」 : 芝山幹郎 テレビもあるよ

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コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第3回

2010年7月13日更新

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「狼は天使の匂い」

封切り時に見たとき、私は原作者デビッド・グーディスの名前を知らなかった。親しんでいたのは脚本家セバスチャン・ジャプリゾの名前のほうだ。70年代のジャプリゾは、「寝台車の殺人者」や「シンデレラの罠」といった推理小説で人気のあった作家だ。もちろんグーディスも、そのころの私が無知だっただけで、実際はジャプリゾに劣らず評価されていた。「潜行者」「ナイトフォール」「華麗なる大泥棒」といった映画の原作者、というだけでも、彼の位置は理解できるはずだ。

それはともかく、「狼は天使の匂い」の奇妙な味は、公開後40年経っても変わらない。最大の理由は、俳優たちの陰翳が濃いことだろう。ジャン・ルイ・トランティニャンは猫背の上半身に貼りついた白いシャツが印象的だった。アルド・レイは首の太さが、レア・マッサリは眠そうな眼が、そしてロバート・ライアンは口数の少ない父性と哀愁が忘れられない。ギャングの首領チャーリーに扮したライアンは、映画公開後わずか1年で、癌のために死去してしまった。

あのころの犯罪映画の常で、筋はところどころはっきりとしない。トランティニャンが演じるトニーはジプシーの殺人者に追われているのだが、逃亡のさなか、ギャングの金に手をつけ、彼らの隠れ家に拉致されてしまう。舞台はモントリオールの郊外。ギャングたちは、ひそかに大きなヤマを狙っている。

というわけで、会話は全篇フランス語で終始する。トニーはチャーリーに親しみを覚える。そう、小さな子供が年上の少年に対して覚えるあこがれに似た感情だ。そんな彼らが実行する犯罪は果たして成功するのか。語りの欠点は少なくないが、この映画は時代の心情と不思議に響き合っていた。

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狼は天使の匂い

NHK衛星第2 7月15日(木) 0:41~2:58

原題:La course du lievre a travers les champs
監督・脚本:ルネ・クレマン
出演:ロバート・ライアンジャン=ルイ・トランティニャン
1972年フランス=イタリア合作/1時間39分

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「影の軍隊」

レジスタンスの闘士ジェルビエに扮したリノ・バンチュラ(左) レジスタンスの闘士ジェルビエに扮したリノ・バンチュラ(左) Photo:Album/アフロ [拡大画像]

レジスタンス映画、と聞いてわれわれが連想するのはどんな場面だろうか。隠密な行動、寡黙な態度、意表をつく奇襲。どれも当たってはいるが、そこに劇的な匂いを加えると、レジスタンスはレジスタンスではなくなる。

ジャン=ピエール・メルビルの名作「影の軍隊」を見ると、レジスタンス活動のきびしさや恐ろしさがひしひしと伝わってくる。端的に言い換えるとこうだ。彼らの行動には、ドラマはあってもメロドラマがない。彼らの映画には、緊迫した場面はあってもアクション場面がない。一貫して存在するのは、息の詰まりそうな緊張だ。灰青色の画面が鉛色の沈黙に満たされていく、と言い直そうか。

背景はビシー政権時代のフランスだ。西暦でいうなら1940年代の前半。意外に聞こえるかもしれないが、レジスタンスに挺身するゲリラは、当時まったくの少数派だった。名前を隠し、住所を隠し、絶えざる恐怖にさらされながら彼らは戦う。主人公のジェルビエ(リノ・バンチュラ)にも死の影は濃い。開巻早々、彼はゲシュタポの建物から決死の逃亡を図る。映画の中盤でも終盤でも、ジェルビエの身辺には危険の匂いが立ち込めつづける。彼だけではない。同志に扮するポール・ムーリスシモーヌ・シニョレやジャン=ピエール・カッセルの顔にも、ほんのわずかな希望と、絶望に近い諦念が刻み込まれている。

監督のJ=P・メルビルは、彼らの緊張と困難の日々を針先で縫い止めるように画面に定着させていく。映画は徹底して苦い。理容室の壁に張られたビシー政権のポスターや、路上に置き捨てられた帽子や、男の首に巻きつけられたタオルが、映画を見終えたあとも脳髄の奥にからみついている。

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影の軍隊

NHK衛星第2 7月28日(水) 0:45〜3:11

原題:L'armée des ombres
監督・脚本:ジャン=ピエール・メルビル
出演:リノ・バンチュラポール・ムーリスシモーヌ・シニョレ
1969年フランス映画/2時間20分

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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