コラム:芝山幹郎 娯楽映画 ロスト&ファウンド - 第1回
2014年4月11日更新
ああ面白かった、だけでもかまわないが、話の筋やスターの華やかさだけで映画を見た気になってしまうのは寂しい。よほど出来の悪い作り手は別にして、映画作家は、先人が残した豊かな遺産やさまざまなたくらみを、作品のなかにしっかり練り込もうとしている。
それを見逃すのは、本当にもったいない。よくできた娯楽映画は、知恵と工夫がぎっしり詰まった鉱脈だ。その鉱脈は、地表に露出している部分だけでなく、深い場所に眠る地底の王国ともつながっている。さあ、その王国を探しにいこうではないか。映画はもっともっと楽しめるはずだ。
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第1回:「ワールズ・エンド」と負け惜しみのおかしさ
連絡口の多い映画
「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」(13)が面白い。期待していたとおり、というより、期待を上回る面白さが含まれている。話が面白いだけでなく連絡口の多い映画なのだ。電車に喩えれば、いろいろな線に乗り換えることができる駅。
跨線橋で結ばれていたり、地下道でつながっていたり、いったん外に出て少し歩いてみたり……その寄り道や回り道が私には楽しい。これがある、あれもあるのか、という感覚を味わいたければ、繰り返して見るのが一番だろう。さまざまな場面や人脈に、連絡口のヒントが隠れている。ひとつ見つかれば、かならず別の連絡口も見つかる。そして、つぎの駅もまた、ほかの線につながっている。
話を急ぐ前に、映画の設定を説明しておこう。舞台は、ロンドンの北にあるニュートンヘイブンという架空の町。表題のワールズ・エンドとはその町にあるパブの名前だ。
1990年の6月、そんな町で5人の馬鹿な若者が12軒のパブをすべてハシゴしようとした。特別の理由はない。1軒の店で、ひとりがビールを1パイント。達成すればひとりが合計12パイント(約7リットル)というわけで、まあできない相談ではない。だが、計画は挫折した。仲間のひとりがへべれけになっては仕方がない。
要するに、馬鹿なガキなら一度は思いつくアイディアだ。私も若いころ、東京やニューヨークやダブリンで、似たような愚行に挑んだことがある。翌日は完全な二日酔いだった。
それはともかく。
20年後の2010年、かつてガキ大将だったゲイリー(サイモン・ペッグ)は、この暴挙に再挑戦しようとする。彼は昔の仲間に声をかける。自動車ディーラーのピーター(エディ・マーサン)、建設業者のスティーブン(パディ・コンシダイン)、不動産屋のオリバー(マーティン・フリーマン)、さらには弁護士のアンディ(ニック・フロスト)。
4人は、ちょっと退屈そうな堅気の生活を送っているが、苗字がキングのゲイリーだけは、けっこう大変な人生だ。定職はなく、アルコール依存症の治療をつづけ、20年前の車をスープアップしてカセット(!)をガンガン鳴らし、Tシャツの上に羽織った20年前と同じロングコートの裾を風にひるがえしている。要するに、幼稚なまま。
ペッグはいまや国際的なスターだが、彼と行動をともにする4人の顔ぶれが面白い。
マーサンは「思秋期」(11)で妻を虐待していたプチブル男だ。コンシダインは「思秋期」の監督だが、役者としては「ボーン・アルティメイタム」(07)で主人公ボーンが接触を試みた新聞記者を思い出すのが手っ取り早い。ショルダーバッグを肩から下げ、携帯でボーンと連絡を取りつづけながら、逃げるように駅の雑踏を歩きまわっていたあの中年男だ。
フリーマンはTVシリーズ「The Office」(01~03。リッキー・ジャーベイスがなんともおかしい)や「シャーロック」(10~。ベネディクト・カンバーバッチを巧みに立てている)のワトソン役でお馴染みだが、最近は「ホビット」シリーズ(12~)の主役としてすっかり名前が知れ渡った。
そして極めつきが、ペッグの盟友というべきフロスト。ジョン・ベルーシ、ジョン・キャンディ、ジャック・ブラックといった「速いデブ」を私は好んでいるのだが、フロストもこの系譜に属する。若いころにラグビー選手だったこともあって、彼の走りやタックルはいつ見ても楽しめる。「ワールズ・エンド」でも、一時期の若山富三郎を髣髴させる身の軽さでたっぷりと笑わせてくれた。
彼とペッグが初めてコンビを組んだTVシリーズ「Spaced 俺たちルームシェアリング」(99と01)のDVDは絶版になって久しいが、「ショーン・オブ・ザ・デッド」(04)、「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」(07)、「宇宙人ポール」(11)などは簡単に見ることができる。「アタック・ザ・ブロック」(11)のフロストも記憶に残る。