コラム:佐藤嘉風の観々楽々 - 第4回
2008年4月15日更新
第4回:「アイム・ノット・ゼア」
ボブ・ディランに対する愛を感じる
「風に吹かれて」や「ライク・ア・ローングストーン」など1960年代から数々の名曲を残し、66歳の今なお現役のトップミュージシャンであるボブ・ディラン。そんなフォーク、ロック界の“生ける伝説”ボブ・ディランの人生を映画化した作品「アイム・ノット・ゼア」の公開が4月26日から始まります。監督は、「ベルベット・ゴールドマイン」「エデンより彼方に」のトッド・ヘインズ。
世の中に対して常にセンセーショナルであり続けるディランの激動の人生を、この映画ではクリスチャン・ベール、ケイト・ブランシェット、リチャード・ギア、ヒース・レジャーなど6人の豪華キャストが演じています。なんと、この6人全員が全員、ボブ・ディランなのです。幅広く変化をみせてゆくボブ・ディランを、それぞれのキャストが、それぞれの時代や人格を背負って演じてゆくのです。特にケイト・ブランシェットは女性ながらに、極めて見事な演技を見せてくれました。1965年に発表されたアルバム「追憶のハイウェイ」のジャケットで見せるディランの鋭い眼差しを思わせる演技に驚きました。
当初僕は、ボブ・ディランほど偉大なミュージシャンの人生を、約2時間の映画作品に要約してしまう事自体が無謀なのではないか!と危惧しておりましたが、そんな不安はなんのその。時間軸のマトリックスが非常に美しく重なり合い見事に作品の中に分かりやすく、かつ濃密に、ディランの人生を凝縮させておりました。
ディランは、その歌詞にも見て取れる様に、言葉に対するこだわりの最も強いミュージシャンであり、この映画の中でもディランの放つ台詞の一つ一つに僕は心を奪われてしまいました。時折、彼の台詞を受け取るたびに、作品と自分の間で「対話」が起こりますし、葛藤が生まれます。しかし、その事を作り手が分かってくれているかのような、空白が劇中に幾つか存在しているのです。ちゃんと見る側の、脳みそに訴える部分と、心に訴える部分と、身体に訴える部分を分けてくれているので、こちら側のスイッチの切り替えがスムーズに行えました。まさに五感を刺激されている感じです。
また劇中では沢山のボブ・ディランの曲を聴く事が出来ます。知っている曲も知らなかった曲でも、映画の中でリアルタイムにディランの音楽の魅力を感じる事が出来るので最高です。
ボブ・ディラン本人のレコードからの音源以外にも、沢山の曲が映画では流れますが、どれも素晴らしいです。音のミックスというか、イコライジングが非常に効果的で、抜群のセンス。時に攻撃的、時に懐古的にサウンドを縦横無尽に使いこなしていて、こういった細部へのこだわりに作り手のディランに対する愛を感じてしまうのです。
ミュージシャンはもちろんの事、その他のもの作りをしている全ての人々は必須!必ずや観て欲しいし、もちろんそれ以外の方も、お薦めします。
筆者紹介
佐藤嘉風(さとう・よしのり)。81年生まれ。神奈川県逗子市在住のシンガーソングライター。 地元、湘南を中心として積極的にライブ活動を展開中。07年4月ミニアルバム「SUGAR」、10月フルアルバム「流々淡々」リリース。 好きな映画は「スタンド・バイ・ミー」「ニライカナイからの手紙」など。公式サイトはこちら。