コラム:佐藤嘉風の観々楽々 - 第10回
2008年10月15日更新
第10回:「天国はまだ遠く」
一人きりで見た帰り道、心地よい静寂がお供してくれるはず
無機質な都会での生活。仕事も人間関係も恋愛もうまくいかず行き詰まっているOLの千鶴。全てを捨て去り、行き着いた山奥の民宿で死のうとしてみるものの失敗。その後、ひとり民宿を営む青年田村と、田舎での有機的な生活を送り、山や海、自然溢れる景色に触れるうちに、生きる事への喜びを覚えてゆく。そんな、現代人にとって心の栄養となるような映画がこの秋公開されます。
タイトルは「天国はまだ遠く」。原作は瀬尾まいこの同タイトルの小説。監督は「青空のゆくえ」(05)や「夜のピクニック」(06)を手がけた長澤雅彦。主演は「夜のピクニック」で長澤監督とタッグを組んだ加藤ローサと、なんとチュートリアルの徳井義実が担っています。
まず驚いたのは、僕のような素人野郎にも分かるほどの構図の美しさ。とてもフォトジェニックで、どのカットにも監督の映像への愛情が感じられました。日本の景色が持つ色彩の美しさや、秋という季節の優雅さが見事に表現されています。こういう事って、とても繊細さが要求されるし、撮ろうと思ってすぐ撮れるようなものではないと思います。しかし、その情景への愛情こそがこの映画の核であって、何よりも僕たちの無意識へ訴えかけるところなんだと感じました。
何もかもが便利性のために犠牲となっている都会での生活や、携帯メールなどによって簡易化してしまった他人とのコミュニケーション。豊かになるはずが、心はどんどんとないがしろになってゆき、いつしか疲れ果ててしまっている。そんな憂鬱な経験を多くの現代人がしている事でしょう。とかく、若者の自殺も多いと聞きますし、自殺者総数は厚生労働省の調べでも毎年約3万人というストレス大国において、この様な映画はとても観る価値があるし、重要な役割を持っている気がします。
主役を担う2人が、とても美男美女である事や、ファッションがいちいちオシャレだったり、とても自殺志願者とは思えない肌艶の美しさが、最初は腑に落ちないところではありました。しかし、そこが刺激の少ない田舎での生活に花を咲かせていたし、「都会」と「田舎」という相反する生活の対比があるからこその面白さを、映画を観終わった後に沸々と感じさせてくれました。
感性を大切にしてあげる事。決して「仕事だから」とか「ここは田舎だから」とか、そういった環境のせいにして、感性を犠牲にさせないこと。それこそが自分らしいライフスタイルを構築する上では大切なんだなと思いました。
もう一つ、この映画の良い所はBGMが最小限に抑えられているところ。最後に流れる熊木杏里の「こと」という楽曲がシンプルに活きています。間を大切にしているから、静寂が苦しくない。
僕のお薦めとしては、是非一人きりでこの作品を見に行って頂きたいですね。帰り道、心地よい静寂がお供してくれるでしょう。
筆者紹介
佐藤嘉風(さとう・よしのり)。81年生まれ。神奈川県逗子市在住のシンガーソングライター。 地元、湘南を中心として積極的にライブ活動を展開中。07年4月ミニアルバム「SUGAR」、10月フルアルバム「流々淡々」リリース。 好きな映画は「スタンド・バイ・ミー」「ニライカナイからの手紙」など。公式サイトはこちら。